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35話 アルコールミッション②


「アッ…アキンド…さん?」


「おや?あんたらがあたしの従兄弟の知り合いかい?」



男はニヤリと笑みを見せる。

服装は着物、腰から膝下まで白い前掛けを下げているが、顔はもうアキンド、アキルドとそっくり…いや瓜二つだ。



「アキンドって…確かイノチくんの…」


「うっ…うん。で…でも従兄弟って…」



驚くミコトとタケルを見て、男は笑いながらトトトッと近づいてきた。



「あんた方、あのイノチさんのお仲間かい?」


「えっ…?イノチくんのことを知ってるんですか?」


「当たり前ですよ!従兄弟のアキンドが命を救われたんですから。我が一族の家訓は"受けた音は末世まで"!これこそがカルモウ家を成り上がらせた真髄ですからね。」



拳を堅く握りしめてそう告げる男に、ミコトもタケルも少し引き気味だ。


男は咳払いをすると、気を取り直して口を開く。



「ッオホン…そう言えば自己紹介がまだでしたね。あたしはセガク=カルモウ。アキンドたちの父の弟の息子。あれらとは従兄弟に当たります。」



丁寧に頭を下げるセガク。



「どうも…僕はタケルで、こっちは…」


「…ミコトです。」



頭を下げる二人を見てニコリと笑ったセガクは、手をパンパンッと叩いて店員に合図をする。



「ここではなんですから奥へどうぞ。」



タケルとミコトはそれに従って店員についていった。





「さてと…それで今日はどんな御用でしょう。」



座布団に座るタケルとミコトを前に、セガクは腰を下ろしながらそう問いかけた。



「実は、僕らはあるお酒を手に入れたくてここに来たんです。」


「ほう…酒ですか!いいですねぇ!うちはけっこうな酒類のものを取り扱ってますよ!蒸留酒は国内も然りですが、国外のもの…わたしのおすすめはリシアの15年ものですかな!」



セガクは楽しげに話し始めた。

彼の言うとおり、タカハはお酒で有名な街だ。


特に蒸留酒の種類は豊富で、様々な穀物を発酵させて作られるお酒ががたくさん市場に出回っているほどだ。


しかし、楽しげに話すセガクをタケルが言葉で遮った。



「…セガクさん、実は僕たちが欲しいのは普通のお酒じゃないんです。」


「普通の酒じゃない…ですとな?」



その言葉に顔をしかめるセガク。

ミコトが言葉を被せる。



「セガクさん…『八塩折酒』をご存知ですか?」


「『八塩折酒』…!!」



セガクの顔がより深刻なものになる。

顔を見合わせるタケルとミコトに対して、セガクが静かに口を開いた。



「あの酒を…まさか飲むだけとは言いますまいな…。」


「そのご様子だと…ご存知なのですね。その酒が何に使うものなのかを。」


「当たり前ですよ!!」



突然、机を叩いて声を荒げるセガク。

しかし、驚いた顔をしているミコトに気づいて咳払いをする。



「あれは悪魔の酒ですよ。あんなものはない方がいいんです。」


「悪魔の…酒ですか。」


「そうです!あれのせいで北の村は滅んでしまったのだから!」



タケルはその言葉を聞いて胸に痛みを感じた。


北の村…

自分の贖罪…


今でも目を閉じれば村人たちの断末魔が聞こえてくる。

泣き叫ぶ声が頭を離れない。


苦しそうに顔を歪ませるタケルの代わりに、ミコトがセガクに問いかけた。



「その事件のことは私たちも存じ上げています。だけど…だからこそ北の村の人々のためにも…この街のためにも、その元凶を倒したいと思っているんです!」



ミコトの言葉を聞いて、セガクは悩むようにあごに手を置いた。



「…わかっております。今のはあたしの失言です…申し訳なかった。アキンドからはあなた方には絶対に協力しろとの手紙をもらってますからね。協力はさせてもらうつもりですのでご安心を。」



ミコトはその言葉にホッと胸を撫で下ろすが、セガクは未だ悩んだ様子で話を続ける。



「しかし、それには問題がありましてなぁ…」


「問題ですか?」


「はい…『八塩折酒』はその製法が独特でしてね。材料は揃ってるんだが作れるやつがいないんです。」


「作れる人が…まったく…?誰もですか?」



ミコトの問いにセガクは大きくため息をつく。



「…正確には"いるけど作りたがらない"んですよ。」


「なぜですか?」


「だって、自分の作る酒が悪魔の酒で人を殺すなんて知ったら、そりゃ作りたくなくなりますよ。しかも北の村が本当に滅んじまったんですから…」


「…確かにそうですね。でも、その方しか『八塩折酒』を作れないんですよね?」


「…まぁ…そうですね。」



腑に落ちないといった表情を浮かべているセガクに対して、ミコトは立ち上がりテーブルに手をついて身を乗り出した。



「ぜひその方を紹介してもらえますか!?」



セガクは再び大きくため息をつくと、コクリとうなずいた。





「タケルくん…大丈夫?」



ゼガクが準備のために席を外している間、ミコトはタケルに声をかけた。


話の途中から顔を青くし、時折苦しげな表情を浮かべていた彼は、何かを悩んでいるように見えた。



「え…あっ…あぁ!だっ…大丈夫だよ!ごめんごめん。」


「本当に?顔色が真っ青だよ。調子悪いなら私が一人で行ってくるよ。」



ミコトの言葉にタケルは苦笑いする。



「…ありがとう。本当に大丈夫だから。」


「そう?それならいいけど…キツかったらちゃんと言ってね。」



タケルはその言葉に手で応えた。


しかし、ミコトの直感は正しかった。

タケルは現に悩んでいる。


北の村が滅んだ理由は確実に自分だし、その罪を自分なりに理解して背負っているつもりだった。


だが、セガクの言葉とあの表情を見て、本当に背負っている"つもり"だったことを思い知らされた。


『八岐大蛇』を倒し、北の村の人々に報いたい。

その気持ちは変わらない。


しかし、その前にやることがあるのでは…


タケルの中にはそれが頭の中をぐるぐると回っていたのだ。



「お待たせいたしました。それでは行きましょう。」



準備を終えたセガクが戻ってきてそう告げる。

立ち上がるミコトの横で、タケルは座ったまま動かない。



「タケルくん…?どうしたの…」



その瞬間、タケルはセガクに対して正座し頭を下げた。



「セガクさん!すみません!」


「いっ…いったいどうしたんです!」



セガクは突然のことに驚きを隠せない。

ミコトもその横で驚いた顔を浮かべている。



「僕はあなたに…あなたに話さなければならないことがあるんです。」


「話さないとならんこと…ですか。」


「はい。とても大切なことだと…やっと覚悟が決まったんです。」



セガクはタケルの言葉を聞くと座り込み、小さく声をかけた。



「そうですか…あたしも実はね、あなたの様子を見ていてなんとなくそうなんじゃないかと思ってたんです。でも、それを言うのはあたしじゃないですよ。今から行く酒職人へ行ってやってください。」



セガクの優しい声にタケルは顔を上げる。



「北の村の件で1番苦しんだのは彼らですから。まずは行きましょう。行って彼らと話すことが大切ですよ。」



タケルはその言葉に無言でうなずいた。

セガクはそれを見ると「それではこちらへ」と促すように部屋を後にする。



「タケルくん…」


「…ごめんね、ミコト。みっともないところを見せちゃったかな。でも、やっぱりそこからスタートしないと行けないみたい…」



ミコトに向いたその目には覚悟を決めた瞳が浮かぶ。

その奥には贖罪を背負い、苦しんでいる色も見える。


ミコトはタケルに笑いかけると、その手を引いた。



「大丈夫。私もいるから…」



二人はセガクの後を追うのであった。

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