33話 話を聞かないか?
「…ちゃん!ケンちゃん!!」
「…うっ…うぅ」
ミノタウロスの声にケンタウロスは意識を取り戻した。
静かに目を開けると大量の涙を目に浮かべ、ぐちゃぐちゃな顔のミノタが見える。
前足の膝をついてケンタウロスは起き上がった。
「…痛てててて、顔がめっちゃ腫れてる。くそっ…ミノタ、いったいどうなったんだ?」
「うぅ…ケンちゃんはあの桃色髪の女にボコボコにされたんだミノ。」
ミノタウロスはそう言ってイノチたちを指差した。
「そっ…そうだった!!あのやろう…!!」
ケンタウロスは悔しげにミノタウロスが指差す方に顔を向ける。
「おっ!あいつ、気づいたみたいだな。」
「あら、そうみたいね。」
「ふわぁ〜退屈だったよぉ♪」
「ふん!」
イノチたちは二人に気づくと、ゆっくり歩み寄っていく。
フレデリカだけは不満気に腕を組んでいるが…
身構えるケンタウロスとミノタウロスに対して、イノチは笑いながら声をかけた。
「いやぁ、すまんすまん。うちのがやり過ぎちゃって…」
「やっ…!やり過ぎどころじゃねぇだろ!こいつ、全然話を聞かねぇじゃんかよ!!いったいてめぇら、なんなんだよ!!」
「ハハハハ…まぁまぁ…」
頬をさすりながら声を荒げるケンタウロス。
横ではミノタウロスが怯えた目に涙を浮かべてこちらを見ている。
イノチは頭をかきながら彼をなだめるように話を続ける。
「少し落ち着いてさ…俺は話がしたいんですよ。」
「話…だと?」
(おっ…意外にも食いついた… ちょっと俺が考えてた状況とは違うんだけど、まぁいいか。)
「そうそう話です。お二人は誇り高き神獣さまでしょ?」
「…ほほう!やっとわかったか!!そうさ、俺らは誇り高き神獣さまだぜ!」
調子に乗るケンタウロスの言葉に、エレナとフレデリカの雰囲気がピリッと変わる。
それに気づいたイノチは、二人に落ち着けと視線を送りつつ話を続ける。
「その誇り高き神獣さまに頼みがあるんだよ。聞いてくれません?」
「頼みだぁ?そうだなぁ…聞いてやってもいいが条件はあるぜ。」
「条件…ですか…?それは…?」
さっきのことをもう忘れたのか…
調子乗り出したケンタウロスは腕を組んで偉そうにしている。
そして、ニヤニヤと頬を赤らめていやらしい視線をチラチラさせながらこう告げた。
「それはだな!後ろの二人を俺の嫁にくれ!」
「俺はそっちのロリッ子だミノ!!」
その瞬間、拳が三つ飛んできた。
・
「…はっ!」
「…んあっ!」
「よ〜目覚めました?」
気づけば、目の前でイノチが手をひらひらさせて小さく笑っている。
二人にはその笑顔が怖かった。
「どうする?」
イノチは一言だけそう告げる。
しかし、ケンタウロスとミノタウロスは、たった一言だけのその言葉に異様に恐怖心を煽られた。
挙動不審になっている二人を見て、イノチはため息をついて口を開く。
「簡潔に言うとさ…俺たちに協力して欲しいんだよ。」
「きょっ…協力だっ…だと?」
「ケンちゃん…こっ…怖…怖いミノ。」
先ほどのお灸がだいぶ聞いているようだ。
確かにボコボコにされた挙句に、突然殴られて意識を失うなんて経験したくないし、考えたくもない。
「悪かったよ…そんなに怖がらせるつもりはなかったんだけどな。」
「そっ…そいつら凶暴過ぎるだろ!嫁にくれって言っただけで殴るとかよ!」
「そっ…そうだミノ!!あんまりミノ!!」
(それもそうだけど…めっちゃいやらしい目で見てたのも悪いと思うけどな…)
そう思い苦笑いしつつ、イノチは二人に問いかける。
「まぁその件は置いといてさ。話だけでも聞いてくれないかな。」
「話…つってもなぁ…」
「う〜んだミノ。」
悩む二人。
しかし、突然エレナたちが声を荒げる。
「BOSS!まどろっこしいわ!そんな奴ら、もう一回食らわせて従わせたらいいのよ!!」
「そうですわ!わたくし、まだ殴り足りないですし…」
「僕も僕も♪気持ち悪い牛さんは成敗しないとねぇ♪」
イノチの後ろで指を鳴らす三人に、ケンタウロスとミノタウロスは抱き合って戦慄している。
「やめとけって。平和的に解決できた方がいいだろ?」
イノチは三人に抑えるよう伝えて、ケンタウロスたちに向き直る。
「で、どうする?」
「きっ…聞く聞く!話してくれ!!」
ミノタウロスと抱き合いながら、ケンタウロスはそう叫んだ。その言葉にミノタウロスも何度も首を縦に振っている。
それを見てイノチはニヤリと笑みを浮かべると、二人への依頼内容を話し始めた。
・
「おい!セイド!!どこだ!!」
アカニシが声を荒げて叫んでいる。
「ふわぁ〜なんすかぁ…副団長…」
寝ぼけた顔をした金髪のイケメンが、頭をかきながら一つの部屋から顔を出した。
イケメンなのだが…
ボサボサの髪と薄く生えた無精髭が、それを台無しにした感じ。
そんなセイドがアカニシの前に背中を丸くして立っている。
「てめぇ、また寝てたのかよ…」
「すんません。昨日遅かったんですよ…ふわぁ〜」
「ちっ…!」
大きく舌打ちするアカニシを特に気にすることもなく、セイドはヘラヘラと笑っている。
「さっさと準備しろ!いくぞ!」
「いっ…行くぞって、どっ…どこへっすか!?」
手招いて歩き出すアカニシにセイドは少し焦ったような素振りを見せる。
「この前わ世話になった奴らが『ラビリスの大空洞』に入っていったと報告があった。今からそこに向かうぞ。この前の借りを返す。」
「えぇ〜!!俺は借りてなんかないっすよぉ!ハーデとメテルを連れてきゃいいでしょ!?」
その言葉にアカニシはイラ立って振り返る。
「あいつじゃ役にたたねぇんだよ!このことは団長にも許可取ってあるんだ。てめぇがバックレようとしたら罰もやっていいってよ!!」
「げげぇ〜!!そりゃないっすよぉ!!」
「さっさと支度しろよ!10分後に出発だからな!」
アカニシはそう言うと先に歩いていってしまった。
「ちぇっ…めんどくせぇなぁ…あっでもそうか…」
頭をかいて不貞腐れたようにつぶやくセイドだったが、ふと何かを思いついたようにニヤリと笑う。
「いい事思いついたぜ!さっさと準備しねぇとなぁ!」
セイドはそうつぶやくと、部屋へと急いで戻っていった。




