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25話 トヌスのカウンセリング


「ほら、食えよ。」



トヌスは目の前に置かれた料理をヘスネビに差し出した。


今、二人がいるのは『ガムルの沈黙亭』。


まだまだ朝は深く、街は眠りについているが、トヌスはヘスネビを連れてこの店を訪れた。

この時間帯なら人気もないし、ガムルは仕込みで起きているはずと思ったからだ。


そして、ガムルは事情を話すと、二人を快く受け入れてくれたのだ。



「食えよ。腹減ってんだろ?」


「…」



ヘスネビはうつむいたまま、何も話さない。

その様子を見たトヌスは大きくため息をつく。



「ガムルの旦那が作った飯だぞ。食わねぇと…わかってんだろ!?」



ヘスネビはハッとして、小刻みに震え始めた。

チラリとカウンターに目を向ければ、ガムルが仕込みを終えたのか、腕を組んでこちらを睨んでいるように見える。



「ひっ!わっ…わかった!食べる!食べます!!」



焦ったように手を動かし始めたヘスネビは、目の前の料理を片っ端から口に詰め込んでいった。


トヌスがカウンターの方へ目を向ければ、ガムルが腕を組んだまま親指を立てている。


クスッと笑うとトヌスは改めてヘスネビに声をかけた。



「それ食ったら、今度はスネク商会へ行くぞ。」


「ふわぁ…!?うっ…ブハェヘッ!!…ゴホッゴホッ!」



思いもよらない言葉に、ヘスネビは口の中身を吹き出してしまう。


咳き込みながらチラリとガムルを見ると、吹き出したことに怒っているように見える。



「てっ…てめぇ!何言い出すかと思えば!!おかげで飯を吹き出しちまったじゃねぇか!!」


「おぉ…悪りぃ。そんなに驚くとは思っていなかったからな。」



イスにもたれかかり、小さく笑みをこぼすトヌスに、ヘスネビは声を荒げる。



「なんで商会に行かなくちゃなんねぇんだ!!俺は縁切られて追い出された身なんだぞ!?」


「だからだよ。」



そう告げるトヌスの表情は真剣そのものだった。

ヘスネビは言葉にできず、なんとも言えない表情を浮かべたまま黙り込む。



「お前にとって、スネク商会ってその程度のものだったのか?」


「…うっ」


「お前は本当にこれでいいんだな?」


「そっ…そんな…そんなこと…」



真剣な眼差しでそう語りかけてくるトヌスの言葉に、ヘスネビは悔しげな表情を浮かべ始める。



「このままだと、"最低な野郎"というレッテルを貼られたままだぜ?スネク商会の中では、ヘスネビっていう最低な野郎がいた。その事実しか残らねぇぜ?」


「わかってる…そんなこと…わかってんだ…」


「確かに悪いことはしたのかもしれねぇし、縁切られても仕方はねぇ。だけどよ、そう思ってんならなんであそこにいた?なんでもっと遠くの街に行かなかった?」


「そっ…それは…」



トヌスは小さく息を吐くと、体を前のめりにヘスネビの顔を覗き込んだ。



「答えは簡単だ。お前は迷ってんだよ。きっぱりあきらめるか、それとももう一度商会に戻るのか、心がどちらに進んでいいかわからずに迷ってんだ。」


「…うぅ…ちくしょう。あぁ、そうだよ!俺は迷ってんだ!今の会長…ボア会長には恩がある!だが、こんなことしちまって、もう合わせる顔がねぇ!!どうしたら…くそっ…なんで奴の口車になんか…」



ヘスネビの目からは大きな涙の粒が、これでもかというくらい湧き出してきた。


彼は、それを何度も何度もぬぐいながら想いを綴っていく。



「…俺は商会で幹部になったことで、少し調子に乗り過ぎてたんだ。商会を大きくして会長を喜ばせたい、その一心でやってたつもりが、店からとったみかじめを自分の懐に入れるようになっちまった。そして、それをオオクラに知られちまった。」


「…」


「奴に脅され、口車に乗せられた。会長にバラされたくなかったら言われた通りにやれと…言うことを聞いていれば、商会は大きくなって会長を喜ばせられるぞ、とな。」



トヌスは無言で耳を傾けている。



「それからはでっかいみかじめ料を設定して、いろんな店からできる限り奪い取った。周りから何と言われようが、それは会長のためだと信じて。何も知らない会長は、俺の働きをよく褒めてくれたよ。それでまた、調子に乗っちまったんだろうな。」


「なんで会長はお前の悪事に気づかなかったんだ?いきなりみかじめが上がりゃ、おかしく思うだろ?普通は気づきそうなもんだが…」



ヘスネビは少し落ち着いたのか、涙を拭うと赤く腫れた目をトヌスに向けた。



「会長には、国からの施策だと伝えていたんだ。財務庁から…正確にはオオクラから受け取った嘘の文書を渡して…国のためだと聞いた会長はたいそう喜んでくれたよ。」


「なるほどな…」



うなずくトヌスに対して、ヘスネビは吹っ切れたような表情を浮かべていた。



「ふぅ…全部話したらなんかスッキリしたな。こんな話、会長の前じゃ言い訳にしかなんねぇから、ずっと言えずに苦しかったんだ。お前に言えて、気持ちの整理ができたのかもしれねぇ…」


「…そうか。それはよかったぜ。」



コップを手に取り、トヌスは水を飲み干した。

それを見ていたヘスネビは、トヌスに頭を下げる。



「あんたには本当に申し訳ないことをしたと思ってる。本来なら死んで詫びねぇといけねぇようなことをしたんだ。なのに、飯を食わせてもらった挙句、話まで聞いてもらっちまって…なんて言ったらいいのかわかんねぇけど、本当にすまなかった。」


「気にすんな。俺は生きてる。こうしてな…」


「そう言ってもらえると少しは気が楽だ。」



ヘスネビはゆっくりと立ち上がった。



「決めたぜ。俺はこの街を出る。トウトを出て別の街でやり直す。そして、いつか会長に再び詫びに来る…」


「そう…か。あ〜っと…それについてなんだが…」



想いにふけり、ヘスネビはうつむいていたが、歯切れ悪く何か言いたげにしているトヌスの言葉に顔を上げた。



「なんだ?どうしたんだ…はっきり言ってくれよ。」



訝しげな表情のヘスネビを見て、トヌスはため息をつく。



「いやぁな…せっかく決心をつけたとこ悪いんだけどよ。お前には、スネク商会に一緒に行ってもらわなくちゃなんねぇ。」


「なっ…!?なんでだ!今の俺の話を聞いてただろ?追い出された身だってのに、行けるわけねぇだろ!!」



驚き、声を荒げて問いかけてくるヘスネビに対して、トヌスは淡々と話を続けていく。



「今この国には、他国の奴らが入り込んできてやがんだ。そして、国を乗っ取ろうと画策してやがる。お前はある意味、その被害者でもあるんだよ。」


「他国の奴ら…?国を乗っ取るだぁ…?!」


「あぁ、そうだ。お前、フードを被った男か女かわからない奴を知ってるか?」


「フード…男…女…あぁ、キンシャ殿のことだな?会ったことはある。オオクラの側近だったからな。しかし、あの方が何なのだ?それに俺が被害者だというのはいったい…」


「あいつは、ジプト法国の差金だぜ。」



その瞬間、ヘスネビの顔に驚きの表情が浮かんだ。



「なっ…なんだと?ジプト法国の!?いったいどう言うことだ!」


「簡単なことだ。キンシャって野郎はオオクラやお前を利用して、この国を混乱に陥れようとしていたというわけだ。その先は推測だが、あのまま奴の思惑とおりにことが進んでたら、今頃この国はジプトのもんだったかもしれないな。」


「…なるほど。俺が"ある意味で被害者"と言うのはそういうことか。しかしなぜ、この国を乗っ取ろうとするんだ?目的はいったいなんなのだ。」


「さぁな、この国は地理的に優位な位置にあるらしいぜ。それと国同士の戦争…それくらいしか俺には浮ばねぇよ。」



トヌスは肩をすくめて鼻を鳴らす。



「ただな、そいつらからこの国を守るためには、みんなで協力しなくちゃなんねぇ。そして、それにはお前が必要だと俺は思ってるわけだ。」


「みんなで協力か…しかし、今の俺には何の力もない。知っての通り、商会だって追い出された身だ。何もできないと思うが…」



力なく告げるヘスネビに向かって、トヌスは笑みをこぼしながら告げた。



「別に何かして欲しいわけじゃねぇ。お前はついてくるだけでいいんだよ。」

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