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12話 温泉と貞操


『アソカ・ルデラ山』の麓に位置する商業の街『イセ』。


島国『ジパン』で一二を争う商業都市である『イセ』は、国内だけでなく様々な国からも多くの人が訪れる観光都市でもある。


それら多くの人々がこの都市を訪れる理由は、『アソカ・ルデラ山』で採れる鉱石であった。


純度の高い数多くの鉱石からは、さまざまな調度品やアクセサリーが造られており、それらは美しさ、上品さに加え、実用性の高さから、多くの人々に絶大な人気を誇っている。


それを観光資源として、商業都市『イセ』は大きく発展しているのである。


イノチたちは、そんな『イセ』のとある宿屋の前に来ていた。



「こちらがこの街で1番、お風呂が美しい宿屋でございます!」



アキンドが自慢げに紹介した宿屋。

名前は『美風呂亭びぶろてい』といい、わかりやすく言うと、かなり煌びやかな建物であった。


正門の屋根は黒いが、壁は赤く染まり、漆を塗り上げたように光沢を輝かせている。その先に見える建物も同様だ。壁は真っ赤っかで、黒い屋根の上には金色のシャチホコがこちらを建物を自慢するように見下ろしている。


周りの建物との調和など、一切考えていないそのデザイン性は、一際目を引くものであった。



「…まじかよ。なんかさ…建てた人のセンスを疑うよな。」


「そっ…そうね。」



イノチとエレナは建物の荘厳さに少し引き気味だが、アキンドはまったく逆である。


どうですか?と言わんばかりに満面の笑みを投げかけてくるのである。



「アキンドさん…本当にここなの?」


「もちろんですとも!私が手がけた宿屋です!」


「…あ…そうですか…」



建てた張本人が自分のセンスに疑問すら感じずグイグイと来ることに、イノチとエレナはさらに顔を引きつらせた。



「まっ…まぁ、せっかく紹介してもらったんだ…ここにしようか。」


「…でも、お金足りるの?」


「…そこが問題だな。」



イノチは携帯を取り出して、所持金を確認する。


1500ゴールド…


画面の表示を見てイノチはため息をついた。ビッグベアというモンスターを倒したことで、少しのゴールドを入手していたのだが、この世界の相場はまったくわからない。



「アキンドさん…ちなみにこの宿屋って高いんじゃないです?俺ら手持ちは1000ゴールドくらいしかないですけど…」


「何をおっしゃいますか!!命の恩人からお金など取るはずもないでしょう!先ほども言いましたが、ここは私の宿屋ですからお代は入りませんし、最高級のお部屋を準備します!!」


「…いいんですか?」


「もちろん!!」



鼻息荒く豪語するアキンドに、やはり少し引き気味のイノチであったが、後ろで小さく「やった!」と喜ぶ声も聞こえたため、とりあえずこの宿屋で応じるのであった。



その後、そのまま部屋に案内された。


相変わらずというか予想通りというか…内装もまた煌びやかである。


外観と同様に和風のデザインで、15畳ほどの広さがあり、畳が一面に張られている。窓側は板張りで、小さな椅子と机が置かれており、まるで高級な日本旅館の様相だ。


畳には金粉が交えてあるのか、部屋の明かりを浴びてキラキラと輝きを発している。



「…中もまた…ものすごいな…」



今まで"高級"という言葉から程遠い生活をしてきたイノチにとって、これほどの旅館に泊まることは、嬉しさよりも恐れ多さの方が勝ってしまう。


しかし…



「うわぁ〜!窓の景色、すごぉく綺麗よ!あっ、BOSS!これ見てよ!高級そうな掛け軸ね!こっちには…これ、リシア帝国で有名なスイーツ職人アマトのお饅頭よ!すっごぉぉぉい!!」



目の前では先ほどとは違い、大いにはしゃぐエレナの姿があった。

目をキラキラさせて、物珍しげに見て回る様子に、イノチは少し笑みをこぼす。



「お喜びいただけて何よりです。ここは一般には公開していない部屋でして、要人専用で我が宿で一番ランクが高いお部屋ですから。」


「えっ!?そんな部屋に俺たちが泊まっていいんですか!?」


「何をおっしゃいますか!恩人は要人と同じですよ。部屋は1日押さえておりますから、本日はゆっくりお過ごし下さい。」


「わかりました…お言葉に甘えさせていただきます。」


「私は仕事に戻りますので、これにて。何かあれば使用人は申し付けください。」



アキンドがそう言って頭を下げ、後ろの仲居たちもそれに合わせて頭を下げた。


イノチとエレナも釣られて頭を下げると、アキンドが顔を上げて二人に声をかけた。



「お風呂はいつでも入れますよ。」



その言葉に、エレナがものすごく嬉しそうに反応していた。





「あ"ぁ"ぁ"〜」



肩までお湯に浸かり、イノチは温泉といえばといった定番の声を上げた。


カポーンッ


"ししおどし"の音が、疲れた気持ちを洗い流してくれるように、心地よく感じる。



「温泉なんて、いつぶりだろう…」



手にすくったお湯で顔を流すと、イノチはつぶやいた。体感型のゲームとはいえ、ここまでリアルに感じられることに、イノチは本当に驚いている。



「…それにしても、やっぱりアキンドさんを助けること自体がクエストで、これが報酬ってことでいいのかな。フルダイブ式ゲームだと、普通の携帯ゲームとは報酬の設定が違うんだろうか。」



そうつぶやきながら空を見上げると、太陽が沈む前の最後のあいさつをするように、オレンジの強い輝きを放っている。


それとは反対に目を向ければ、高くそびえ立つ『アソカ・ルデラ山』を境にして、夜が顔を出すように空を紺色に染め上げているのだ。


オレンジと紺の調和が、なんとも不思議な感覚をイノチに感じさせた。



「まぁ…とりあえず、まずは簡易的でもいいから、拠点にできるところを探さないとな。」



そう言いながら、広い湯船で体をゆっくり伸ばして、イノチは楽な態勢になる。



「ゔゔゔ〜」


「BOSS!?温泉は楽しんでる?!」



気持ち良さげな声を上げつつ、目を閉じてゆっくりしていると、どこからともなく聞き覚えのある大きな声が聞こえてきた。



「エッ…エレナ!?おまっ…覗くなよ!!」



声の方に目を向けると、男湯と女湯を隔てている竹でできた柵の上から、肩から上だけを出したエレナがこっちを見ているのだ。



「いいじゃない、減るもんじゃないし。」


「そういう問題じゃないだろ!!お前には貞操というもんがないのか!!」


「テイソウ?」



股間を隠しながら、大声をあげるイノチにエレナは首を傾げている。



「いいから女湯に戻りなさい!!!」


「そんなに怒らなくてもいいじゃない…まぁいいけど。」



イノチの指示に、エレナは理解できないといったように、女湯へと顔を引っ込めた。

イノチはそれを確認すると、大きくため息を吐き出して、気を取り直すように再び湯船に浸かる。



「…ったく、少しは女らしくしろよな…しかし、よく考えると部屋はひとつしか借りてないよな…てことは、エレナと二人で寝るのか。」



イノチの頭に変な考えがよぎる。


浴衣姿のエレナ…

隙間からうかがえる白い太もも…

はだけた胸元…


真ん中にひとつだけ敷かれた布団…



「いやいや!さすがに布団は別だろうからな!ないって…ないない…ハハハ」



そんなことを考えていると、鼻から温かいものが流れていることに気づいた。


触って確認すると、指には赤いものがついていて滴り落ちる。



「はっ…鼻血…」



のぼせたわけでもないのに…

そう言えば、女の子と同じ部屋で寝ることなんて今の今まで一度もない…


期待と不安が心を支配する中、イノチはそそくさと露天風呂を後にする。



「BOSS…!?あのさ…あ…れ…?」



エレナがふざけて再び男湯を覗くと、イノチの姿はどこにもなかった。

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