11話 取り外せません
アキンドの馬車に揺られ、イノチとエレナは『イセ』の街を目指す。
「…なんか後ろめたいわ…」
「いまさら気にしても仕方ないだろ?忘れようぜ!」
馬車の中でエレナは大きくため息をついた。イノチは携帯をいじりながら、エレナに顔を向けることなくそれに答える。
「…BOSSってお気楽で良いわね。ところでさっきから何を見てるの?」
「…ん?あぁ…これ?さっきのガチャ結果も含めて、手に入れたアイテムの詳細を確認してたんだ。どんなアイテムかわからないと、いざという時に使えないだろ?」
「…ふ〜ん。そういうところはまめなのね…で、なんかわかったの?」
その問いに、イノチは「そうだな…」と携帯でなにか操作をすると、その画面をエレナの目の前にかざした。
「重要なのはまずこれ…『ポーション』ね。」
「…それって回復系のアイテムでしょ?」
「そう…これが二つ。だけど、何をどれくらい回復するのかはわかんないんだよなぁ…で、次な。」
イノチは再び、携帯を操作する。
「次はこれ、『強化薬(武器)』。名前のとおり、武器を強化するアイテムだな…これも二つ…」
そう言いながらイノチの説明は続き、現在所持しているアイテムは以下のとおりである。
『ロングソード(N)』×2
『木の盾(N)』
『魔導の杖(N)』
『木の杖(N)』
『魔導のローブ(N)』
『疾風のブーツ(R)』
『グレンダガー(SR)』
『ハンドコントローラー(SR)』
『強化薬』
『強化薬(武器)』×2
『ポーション』×2
『希少石(SR)』
「ざっとこんな感じだね。ちなみに『ハンドコントローラー(SR)』は俺が選んだ職業である『エンジニア』専用アイテムみたい。」
「整理してみてみると、SRが三つも出てるのね…BOSSって運が良いほうなのね。」
エレナは少し感心したように画面を確認している。
「正確にはSRが二つで、URが一つだ!」
「…はいはい…そうでしたね。」
えっへんと胸を張り、鼻を伸ばすイノチに対して、エレナの反応は冷めたものだ。
イノチは気を取り直して話を続ける。
「…コホン。とりあえず、この『ハンドコントローラー』は俺が装備してみるよ。プレイヤー専用武器でもあるみたいだからな。」
「…専用ってことは、BOSSしか装備できないの?」
「そういうこと。でも、なかなか珍しい設定だよな…プレイヤー専用って…」
そう話しながらイノチが念じると、手元にお目当てのアイテムが現れた。
タクティカルグローブのような形状で、手の甲の部分には小さな機械のような物が付いている。『Z』という文字が描かれたその機械からは、それぞれの指へ細い線が繋がれている状態だ。
「へへへ…それじゃ、さっそく装備してみよう。」
そう嬉しそうに言いながら、イノチは右手にそれをはめ込んだ。
すると、装備した瞬間にハンドコントローラーは右手に溶け込むように姿を消し、『Z』の文字だけがイノチの右手の甲に残っている。
「あれれ…消えちゃった…」
右手をいろいろと触りながら確認するが、取り外し方はわからない。そのうちに『Z』の文字も消えてしまった。
イノチが頭を悩ませている横で、エレナは携帯を手に取り、アイテムの詳細表示を確認して驚きの声を上げた。
「BOSS…!その装備品って、一度つけたら外せませんって書いてあるわよ…」
「なっ…!?…嘘だろ?」
エレナから携帯を受け取り、画面を確認するが、確かに備考欄には『取り外し不可』と記載があった。
「マジで言ってんのかよ…呪いの装備じゃあるまいし。はぁ…ちゃんと確認してから装備するべきだったなぁ…やっちまった。」
「冷静な判断ができないようじゃ、BOSSもまだまだね…まぁ、SRなんだし、装備して悪いことはないんじゃないの?とりあえず何ができるアイテムなのかしら。」
頭を抱えるイノチに、エレナはご愁傷様というように慰めの言葉をかける。そして、その性能に興味があるのか、使ってみるように促した。
「ちぇっ…他人事だと思って…んと、なになに?使うには魔力を通してください…だとさ。」
イノチはエレナの言葉にぼやきつつも、携帯で使い方を確認する。
「なら、さっそく使ってみましょうよ!」
「へいへい…」
意外にも興味津々なエレナに対して、外すことができない装備への落胆からか、イノチはやる気のない返事を返して、魔力を右手に通すようイメージをする。
しかし…
「…あれ?使えてんのかこれ?」
「何にも起きないわね…」
「げぇ…勘弁してくれよ…取り外せない上に、動かないとか…どんな装備だよ!あとで絶対、運営にクレーム入れてやる!!」
イノチはプンスカと腕を組んで怒りを露わにする。それを見ていたエレナは、笑みを口角に浮かべて口元をピクピクさせていたが、耐えようにも耐え切れずに、必死に堪えるように口を押さえて後ろを向いた。
「くそっ…あとで覚えとけよ!」
「クククッ…ごめん…ごめんってば…プププ…」
笑っているエレナにイノチは怫然としていたが、御者台からアキンドが声をかけていることに気がついた。
「イノチさま、エレナさま。『イセ』の街が見えて参りましたよ。」
「ほんとですか?!」
アキンドの言葉に、二人は馬車の荷台から顔を出した。
いつの間にか木しか見えなかった森からは抜けていて、眼前に広がる広大な平原には気持ちの良い風が吹いていく。その平原に続く道の先に、山の麓に悠然と腰を据えている大きな街が伺えた。
「ほえ〜めちゃめちゃ壮大だなぁ!!」
「きれいな景色…」
「そうでしょうそうでしょう!『イセ』の街は、我が国『ジパン』では一二を争うほど大きな街で、特に商業が盛んです。商人ならば、ここに拠点を構えることは商売をする上で、非常に大きなステータスとなるほどなのです。」
目の前の光景に感嘆の声を上げる二人に対して、アキンドは自慢げに話をする。
そんなアキンドにイノチは、ひとつ質問を投げかけた。
「アキンドさん、あの山は?」
「あれですか?あれは『アソカ・ルデラ山』と言って、この国一番の標高を誇る鉱山です。あの山から採れる鉱石を加工して、武器や防具、調度品などが製造され、『イセ』の街から国中へと運ばれていくんです。」
「へぇ…」
アキンドの説明を聞いて、イノチは再びその山を見上げた。大きな広がりを見せる裾と、雲を突き抜けるほどのその頭は、雄大さを物語っている。
「お二人は『イセ』のどちらまで行かれるのですか?言っていただければ、目的地までお送りいたしますよ。」
アキンドは二人に問いかける。
「…とりあえず宿屋に行きたいと思ってます。」
「そう!広いお風呂がある宿屋です!!」
「…いや、そこは別に必須ではないが…はい…すみません…」
食い気味に話に割り込んできたエレナに、イノチは冷えた視線を向けるが、エレナの表情を見て押し黙った。
「なるほど!それであれば、私が良い宿をオススメしても構いませんかな?『イセ』には50軒以上の宿屋がありますから、ひとつひとつ選ぶのは大変かと。」
「それは助かります。アキンドさんなら信用できるので。」
「もちろん、お風呂付きよ!!」
「お前なぁ…」
アキンドは二人のやりとりを見て、声をあげて笑った。その声は晴れやかな空へと響き渡るのであった。




