52話 御用だ!
オオクラは何が起こったのか、理解できずにいた。
目の前では、王が怒りの形相で自分に説明を迫ってくる。
「オオクラよ!今のはどういうことだ!!」
「え…?いや…今のは…その…」
「オオクラ殿!我々にも説明を!!」
横から外交庁国政部隊長シャシイも迫ってきている。
青ざめた顔で後退りするオオクラ。
その場にいる幹部たちの冷ややかな目が、彼に向けられていた。
(なんだ、これは…!何が起きているのだ!)
現状が理解できない。
奴らの死刑が執行されて、それで終わりだったのに。
奴らは死に、証拠はすべて消えるはずだったのに。
刑が執行される直前に、自分の声が大きく轟いたと思えば、民衆の怒号と、自分に向けられる怒りの視線。
オオクラは、悲痛の表情を浮かべていた。
・
王が手を上げると、絞首台にいる兵士は足場を外すレバーに手をかけた。
振り下ろされる合図を見守っていた次の瞬間、絞首台の上にいる女の首飾りから大きな声がこだました。
それは、イノチが『エンターキー』を押下した直後のことだ。
兵士はその大きさに我慢できず耳をふさぐ。
『…王があの罪人の死刑を考え直せと言っておる。』
『それはそれは…』
『ここに来て、迷うとは…まったくめんどくさいお方よ。…他に奴に被せる罪はないか?』
『あるにはありますが…』
『そうか…なら、全部かけろ。』
『仰せのままに…ところで…』
・・・
『はぁ…良い香りだ。…ん?これは"アマト"のスイーツではないか。なになに…ほう、ヘスネビが…奴もたまには役に立つな。しかし、あいつもバカな奴だ…『トヌス』だったか?たかが仲間一人のために、自らの命を投げ出すとはな。ククク…まぁ、そのおかげであの商人を殺した罪も、奴に被せることができたのだがな。バカといえばあの商人もだ。俺に従っておけば殺されずに済んだものを…』
その声はエレナの首飾りからだけでなく、周囲にある建物、強いて言えば街中の建物から鳴り響いた。
街のありとあらゆるところで、オオクラの言葉が発信されていったのである。
それを聞いた民衆は、驚き、言葉を失っていた。
そして、静寂が訪れた後には、どよめきが沸き起こる。
「あの声はオオクラ様よね?」
「え…あの罪人が殺したんじゃないのか?」
「今の話って…商人を殺したのはオオクラ様ってこと?」
「ヘスネビって、スネク商会の奴じゃねぇか?」
混乱する民衆。
すると今度は、そのタイミングを見越したように、一つの声が国の幹部たちへと向けられる。
「どういうことだ!国は、無実の人を処刑しようとしていたのか!?」
それに続くようにこちらでも。
「犯人はオオクラなのか!!!ちゃんと説明しろ!!俺たちは彼らに祈りまでしたんだぞ!」
ところどころで飛び交う声に、少しずつ民衆が反応し始める。
気づけば、それは強大な怒号となった。
民衆は、まるで一つの生き物のように声を合わせ、見物台にいる王たちへ説明を求めた。
その声を背に、ズカズカと歩み寄る王の迫力に、オオクラは尻もちをついてその場に座り込む。
「オオクラ!貴様、私を欺いたのか!?罪のない者に罪を被せ、私に処刑させようと…そう目論んだのか!」
「めっ…!滅相も…ごっ…ございません!私が王を欺くなど…なぜそんなことを!!」
「しかし、あの声はお前のものではないか!しかも、私をめんどくさいなどど…」
「違います!王よ!これは何かの間違い…誰かが私を陥れようとしているのです!あの声はそいつが偽造して…」
「声を模倣するような魔法はこの世にはない!!そのような道具もだ!!」
「…うっ!」
オオクラは言葉につまる。
「先の話が本当なら、『タカハ』の商人を殺したのはあなたということになりますな!オオクラ殿!」
今度はシャシイがオオクラを問い詰める。
「あれがあなたの声かどうかも含めて、詳しく話をお聞かせ願おうではないか!」
シャシイが、そう告げてオオクラに詰め寄る。
他の幹部たちも、ジリジリと距離を縮めていく中、オオクラは尻餅をついたまま、後ろに下がり声を上げた。
「…くっ!キンシャ!キンシャ、どこにいる!?」
「…ここに。」
「なっ…!貴様、何者だ!」
オオクラの呼び声に応えて、突然姿を現したキンシャに対して、シャシイは驚きつつも腰から剣を抜いて威嚇する。
他の幹部たちも王を守ろうと前に出る。
「おやおや、そんな物騒なもの…しまってください。」
「だまれ!お前の後ろの男には話がある!かばい立てする気なら容赦はせんぞ!」
「…フフ。」
口元で笑みをこぼすキンシャに対して、シャシイが訝しげな表情を浮かべたその時だった。
「あんたの相手はこのあたしよ!!」
突然、エレナが現れ、後ろからキンシャに対してダガー振り抜いた。
フード付きのローブが真っ二つに裂かれる。
が、それを難なくかわしたキンシャは、いつの間にか別の場所へ立っていた。
現れたのは長髪の黒髪に、横長の目つきの顔だった。
目の下には菱形の入れ墨があり、顔は面長。
中性的な顔立ちのキンシャは、笑いながらエレナへと話しかける。
「不意打ちなんて卑怯よ。」
「あらそう。残念だけど、あたしの辞書にはそんな言葉ないのよ。」
睨むエレナと笑うキンシャ。
一触即発かと思われた二人だが、キンシャは興が冷めたというように、大きくため息をついて口を開く。
「ここであなたと戦っても、私にはなんの得もないわ。なので、残念だけどここらでお暇させてもらいます。」
「はぁ…?逃がすわけないじゃない。」
「おっ…おい!キンシャ…何を言って…私を守れ!」
キンシャはオオクラを一瞥するが、興味なさそうな表情を浮かべ、その言葉を無視する。
そして、エレナに向き直ると、大きな笑みを向けた。
「フフ…また会えたらその時は…」
「させないわ!!」
逃がすまいとエレナが飛びかかった瞬間、煙幕が巻き起こり、見物台の上は何も見えなくなってしまう。
「王をお守りしろ!!」
シャシイが叫ぶと、幹部たちは王をかばいながら、その場を離れていく。
そんな中で、エレナは一人ダガーを振り抜き、手応えの無さに悔しさを滲ませつつ、こっそり逃げようとしていたオオクラの襟を掴み上げた。
「この際だからあんたでいいわ。覚悟しなさいよ…」
「ヒィィィィ!!ごめんなさい!ごめんなさいぃぃぃ!」
必死に謝るオオクラを、エレナは引きずるように引っ張り、見物台を後にしたのであった。
・
「フフ…もう少しここで楽しみたかったけど残念。やっぱりあれは録音機だったのね…しかも、遠隔の再生機能付きで…。それに街中に拡声器まで設置しているなんて…。あぁ…このスキル持ちにあってみたい。」
キンシャは遠くに見える王城を背に、街の中を走り抜けていく。
その顔には愉悦が浮かんでいて、頬を赤く染めている。
「ジパン国…まぁまぁ楽しめたわ。とりあえず、ジプトに帰ろうかしらね。」
嬉しそうに笑いながら、路地を曲がり、そのまま森の方へと向かっていると、突然投げナイフが飛んできた。
「誰!」
それをかわして、塀の上に飛び乗ると、ナイフが飛んできた方に視線を向ける。
すると見知らぬ傭兵が姿を現した。
「よう…お前か、今回の騒動を裏で糸引いてたやつは。」
「さて…なんのことでしょう。」
傭兵はクスリと笑う。
「城の中に変な気配があるとは思ってたが、まさかプレイヤーだったとはな!」
「なっ…?!…そうかあなたも…」
キンシャは少し驚きつつ、あごに手を置いてうなずいた。
そして、ニヤリと笑うと傭兵に声をかける。
「あなたはこの国を拠点とするプレイヤーですね。どうです?私と手を組みませんか?もうすぐランク戦が始まるでしょう?」
その言葉に傭兵はさらに笑みを深めて言い放った。
「あいにくだが…この国はぜぇ〜んぶ、俺のもんだ!お前にゃやらねぇよ!」
その瞬間、ゲンサイはキンシャに飛びかかった。




