49話 処刑前夜
「BOSSって意外に腹黒なんだなぁ…」
大きな盾を背負ったアレックスは、大きなため息をついた。
その横には、先ほどの傭兵が一緒に歩いている。
「エレナさんやフレデリカさんが言ってのは、こういうことだったんだなぁ。」
アレックスは出発する前に言っていた、エレナたちの言葉を思い返す。
『アレックス、よく覚えておきなさい。あたしたちのBOSSは変わり者だからね。』
『そうですわ。頭は悪くないけど、ところどころ抜けてるから、気をつけるのですわ!』
『それに、意外と腹黒かったりするから気をつけるのよ。』
ウォタとゼンは後ろで笑っていたが、エレナたちのあの顔は本気だったと、アレックスは思う。
「お嬢…あれでさ。」
再びため息をつくアレックスに、隣の傭兵が声をかけた。
彼が指差す方を見ると、そこには闇夜に静かに佇む倉庫があった。
「あそこにみんながいるんだね。おじさんの仲間はどうするの?」
「あっしが説得します。おそらく…みんなヘスネビは嫌いですから、大丈夫だと思いやす。」
そう話しながら扉の前までくると、傭兵はドアを叩いて少し待つ。
すると、中から野太い声が小さく聞こえてきた。
「山…」
「川…」
「海…」
「雲となり雨…」
相手に合わせて、傭兵が答えていく様子を、アレックスはじっと見つめていた。
答え終わると扉が開いて、髭面の男が顔を現す。
「…おい、そいつはだれだ?」
「お嬢は敵じゃねぇ、落ち着け。それよりも、みんなに話がある…」
「話だと…」
「あぁ、ヘスネビの野郎についてだ。」
傭兵の言葉に髭面の男は考えるように黙ったが、少しして口を開き、あごで入るように指示を出す。
「入れ…」
・ ・
「みんな♪大丈夫?」
「アッ…アレックス嬢!どうしてここに!?」
「ウフフ♪助けにきたんだよぉ♪」
嬉しそうに笑うアレックス。
縛られて転がっているロドは驚いて声を上げる。
すると、アレックスの後ろから、傭兵が一人姿を現した。
「お嬢!後ろに!危ねぇ!!」
焦るロドに対して、アレックスはクスクスと笑っている。
「大丈夫だよ♪おじさんたちはみんな友達になってくれたんだぁ♪」
「とっ…友達…って、いったい…」
訳がわからず呆然としているロドを尻目に、傭兵たちがロドたちの縄を解いていく。
「いったいどういうことなんだ…」
自由になり、立ち上がるロドたち。
アレックスはそんな彼らに、楽しげに声をかけた。
「みんなにはやってもらいたいことがあるんだ!!」
「やってもらいたいこと…?」
その言葉にロドたちは首を傾げる。
「そうだよ♪トヌスさんとエレナさんを助けるために大切なことだから、みんなお願いね♪」
にっこりと笑い、可愛らしく片手をあげるアレックス。
その後ろに並ぶ傭兵たち。
その異様さに、ロドたちは顔を見合わせるのであった。
◆
王城の監獄。
オオクラとキンシャが、その通路を歩いていく。
「飛んで火に入る…とはまさにこのことだな。」
オオクラはそう言って、いやらしい笑みを浮かべる。
「王もたいそうご立腹であるそうだ。しかし…まさか透明化して侵入してくるとは驚いたな。お主がいなければ危ないところであった。礼を言うぞ。」
「それには及びませんよ。透明化は私の方で解いておりますので、今は普通に姿は確認できます。」
オオクラは満足そうにうなずいた。
そのまま二人は一つの牢屋の前に来ると、中にいるエレナに声をかける。
「お前か…」
見下げるオオクラを、エレナは一瞥する。
「おおよそ予想はついているが、一応聞いておこう。お前の目的はなんだ?」
「…」
「答えぬなら拷問しても良いのだが…」
「…その時は大いに暴れさせてもらうわ。」
「ふん。まぁよいさ、明日になればお前たちは処刑されるのだからな。もう一つ聞く…これはなんだ?」
オオクラはそう言うと、エレナが持っていた石を取り出した。
「ただの石よ…」
「ほう…」
それを聞いたオオクラは、キンシャに目で合図する。
キンシャはうなずくと、エレナはと話しかけた。
「これは録音機でしょう?中身は聞けないけれど、おそらくオオクラ様の声が録音されているのではないですか?」
エレナの表情が曇る。
それを見てキンシャはニヤリと笑みをこぼした。
「間違いないようですね。」
「そうだな…しかし、なぜだ?お前と隣の罪人…何か繋がりがあるのか?」
「…別に。」
エレナは少し動揺した素振りで、顔を背けた。
オオクラは小さく笑みをこぼす。
「隠すのが苦手だな。ククク…他にも仲間はいるのだろうが、今更どうしようもないだろうからなぁ。まぁ明日、その顔を拝んでやるとするよ。」
オオクラは最後に大きく笑うと、隣の牢屋にも顔を向ける。
「お前も…せいぜい明日を楽しみにしておくがいい!ハハハハハ!!」
オオクラは笑いながら、闇へと消えていく。
その後ろにキンシャを付き従えて。
「姉御!エレナの姉御!」
「…久しぶりね、小悪党。」
二人が去った後、牢屋越しからトヌスがエレナへと声をかける。
「いったい、なんでこんなことに…!」
「あんたの部下たちが、あんたを助けたいってあたしたちに助けを求めてきたのよ。BOSSが助けようって言うから、この街まで来たわけ。」
「イノチもか!?あいつら、余計なことをして!イノチや姉御たちまで巻き込むなんて!」
「そんだけ、あんたのことを慕ってるってことでしょ。許してやんなさい。」
その言葉に顔は見えないが、トヌスが鼻をすする音が聞こえた。
「しかし…姉御まで捕まっちまって…いったいどうしたらいいんだ!」
「まぁ、今さらここで悩んだって仕方ないでしょ!あたしはゆっくりさせてもらうわよ。」
「あっ…姉御…なんでそんなに余裕が…明日死ぬかもしれないんだぞ!?」
「BOSSを信じてるからね。」
「イノチを…!?」
それ以降、エレナの牢からは寝息が聞こえてきた。
本当に眠ってしまったらしい。
トヌスはため息をついて、牢屋の窓から空を見上げる。
綺麗な月が真っ暗な夜空に浮かんでいるのが見えた。
・
オオクラと別れたキンシャは、自室に入ると持っていた石をテーブルに転がした。
それをジッと見据える瞳には、疑念の色が浮かんでいる。
(まさかこの世界に、録音機が存在するなんて…。ただの小石にしか見えないのに…)
再び拾い上げて眺めてみても、やはり小石にしか見えない。
触感、硬さなど全てが石なのに、目を凝らすと異様な魔力をまとっているのがわかる。
(これを作った人物は、おそらくだけど…)
キンシャは石を再び、テーブルに置く。
窓の外を見れば、大きな月が煌々と王城、そしてトウトの街を照らしていた。
明日、公開処刑が行われる。
 




