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43話 参上!


「うぇぇぇ…この世界にもあーいうのっているんだな。」



イノチは、嫌なものを見るようにヘスネビへ視線を向けつつ、コーヒーをすすっている。

もちろん、エレナは炭酸水、アレックスはオレンジジュースと、各々が飲みたいと思っていたドリンクが、テーブルには置いてある。


これらはヘスネビが姿を現す少し前に、店主のガムルが持ってきてくれたものだ。

ガムルはそのまま騒ぎの方へ行ってしまったが…



「いるに決まってるじゃない。あーいう連中はどこに行ってもいるものよ。」



エレナはそういって、ストローで炭酸水を吸い上げる。



「あの人たち、誰なんですかね♪」


「蛇みたいな奴はわかんないけど、やられているのはトヌスの仲間だよな。」



アレックスもオレンジジュースのコップを両手で持ち、チマチマと嬉しそうに飲みながら、ヘスネビの方を見ている。。


すると、ヘスネビの挑発に乗りかけた男を、店主が間に入って静止したのだ。

そして、わめくヘスネビに向かって、顔色を変えることなく、近くにあった看板を指さしたのだ。



『店内ではお静かにお願いします。はい/いいえ』



「おいおい、あれも『はい/いいえ』付きの看板だぞ。」


「このタイミングでもやるわけ?相手も怒るんじゃない?」



エレナの言う通り、ヘスネビは激怒した。



「ガムル、てめぇ!バカにしてんのか!?無口なのは知ってるが、自分の置かれている状況もわからんくらい盲目しやがったか!」



ヘスネビは横にあったイスを蹴って、そう吐き捨てた。



「ククククク!ほんと、笑わせてくれるぜ!いったい誰のおかげでこの店が経営できてると思ってんだ!俺ら、スネク商会がその気になりゃ、こんな店すぐにでも締め上げちまうぞ!!」


「……」



そこまで言われても、ガムルはずっと看板を指差したままだ。

その態度に、さらに激怒したヘスネビは、声を大きく張り上げた。



「てんめぇぇぇぇ…!おい、お前ら!こいつら、店ごとぶっ潰しちまえ!!」




それを聞いていたエレナが、イノチへ小さく声をかける。



「ねぇ、BOSS?ちょっとやばめの雰囲気じゃない?」


「確かにな…目をつけられんのも嫌だし…こっそり逃げるか。」


「そうじゃないでしょ!助けてあげないの?」


「俺らはトヌスを助けにきたんだぞ。あんまり余計な事して、ジパン国軍の心象を損ねたくないんだよ。あいつらもそれはわかってると思うけど…」


「そうだけど…でも、見過ごすのも気が引けるわ…」


「僕もです…お店潰されちゃったら、もうこのクマさんランチも食べられないし…」



アレックスまでもがエレナに同調する。

イノチは頭をかいて大きなため息をつくと、二人にこう告げた。



「わかった。助けよう…その代わり、顔がバレない方法でな。」



そう言って『ハンドコントローラー』を発動したイノチに対して、エレナがニヤッと笑った。



「大丈夫よ。今回はBOSSの力を借りなくても、変装できる良いものがあるから!」


「良いもの?」



その言葉に、イノチは首を傾げた。





「後悔しやがれ!」



醜悪な笑みを浮かべ、後ろで笑うヘスネビ。

前には取り巻きの男たちが、それぞれの得物を片手にジリジリと詰め寄ってくる。


店の中にいた客たちは、危険を察知してすでに外へ逃げ出していた。


ガムルはその場からは動かず、腕をまくり上げる。



「てめぇら!やっちまえ!!」



ヘスネビがそう声をかけ、一番前にいた男が剣をガムルに振り下ろした。


ガムルが素手でそれを受けようとしたその時、



ガキィィィィンッ



乾いた金属音があたりに響き渡る。

突然現れた漆黒のタワーシールドが、自分の剣を受け止めていることに驚く取り巻きの男。


その大きな盾の後ろから、可愛らしい声が聞こえてくる。



「体はおっきいのに、攻撃が軽いなぁ〜。おじさん、そんなに強くないね♪」


「なっ…なんだと!?てめぇ、誰だ!」



男は剣を弾かれて後退りした。

ヘスネビを含む他の取り巻きたちも、突然のことに足を止め、驚いた表情を浮かべている。



「へへへへぇ〜、誰だと聞かれたらねぇ〜♪」


「「「「………!!?」」」」



盾の後ろから現れたのは、可愛らしい洋服を身にまとった熊であった。

ヘスネビたちはさらに驚いたが、今度はヘスネビの前にいた男が、突然、吹き飛ばされる。



「なっ…今度はなんだ?!」



焦ったヘスネビが横に目を向けると、そこには細身の白い太ももが見えるほどに短い黒スカートを履いた鹿女が立っていた。



「だっ…誰だ!てめぇらは!!」



その問いかけに、先に口を開いたのは熊の方である。



「誰だ誰だと聞かれたら!」



そう言いながらポーズを決める。

それに合わせるように、今度は鹿女がポーズをしながら、口を開いた。


「名乗るが世の常、人の常!」



続けて、小さな熊がポーズする。



「轟く咆哮!熊!」



鹿女も同様だ。



「駆け抜けるひづめ!鹿!」



そして、口上もクライマックスを迎える。



「森林を統べる獣王、熊鹿姉妹!参上!!」



二人は背中を合わせ、まるでどこぞやの美少女戦士のような決めポーズをとったのである。


エレナとアレックスは思う。



ーーー決まった…



と。


同時に、遠目に見ていたイノチはこう思った。



ーーーアレックスが馬の被り物じゃなくてよかった…



と。



何故か無言でガムルが拍手しているが、呆然としていたヘスネビたちは、その音で思い出したように声を荒げた。



「いっ…意味わからんが、おっ…お前ら、やっちまえ!!」



取り巻きたちも少しやる気を削がれたようだが、二人に向かって飛びかかる。


アレックス…否、熊少女が前に立ち、漆黒の盾を構えると、男たちの攻撃を一人で受け止める。

イノチもガムルもそれには驚いたが、一番驚いているのは男たち本人だ。


こんな小さな体のどこに、そんな力があるのか。

ギリギリとそれぞれの得物を押し込もうとしても、ビクともしないのだ。


そうしていると、熊少女が楽しげの口を開く。



「そろそろ、行っくよぉぉぉぉぉ♪♪♪」



そうこぼした瞬間、盾を一瞬だけふっと下に沈ませた。



「「「「……!!?」」」」



男たちはバランスを崩して、前に倒れ込みそうになるが、その瞬間を狙って熊少女が盾を一気に上へと押し上げる。



「そぉぉぉぉぉぉれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」



ものすごい衝撃とともに、数人の男たちが宙に打ち上げられる。

それを待ってましたとばかりに、今度は鹿女が駆け出した。


宙を舞う男たちに対して、疾風の如き速さで、手刀をたたき込んでいく。


一人…また一人と意識を失った巨体が床へと降り注いでいくのを、ヘスネビは呆然と見つめていた。


最後の一人が落ちると、熊少女と鹿女はヘスネビへと顔を向ける。



「…あなたも、ヤる?」



鹿の顔をした女が、首を傾げて無表情でそう告げる様は、ホラーに近いだろう。



「くそぉぉぉ!おっ…覚えてろよ!!!」



チンピラのテンプレゼリフを吐き捨てて、ヘスネビは一目散に逃げ出したのであった。



「エッ…エレナの姉御、助かりました。」



トヌスの仲間である男が、鹿女に近づいていき、声をかける。

すると、鹿女は一言だけ最後のセリフを決める。



「誰のことかは分からないな…では我々はこれで!」



そう言い残して、鹿女と熊少女は店の外に出て行ってしまったのである。


イノチは思った。



ーーーうわぁ…なりきってるよ。寒っ…


と。

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