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42話 はい/いいえ


カウンターに立ち、腕を組む男がこちらを睨んでいる。


太い腕、がっちりとした胸板、はち切れそうになったシャツ。上半身だけ見ても、男の体格の良さがうかがえる。


腕の太さなんか、エレナのウエストくらいありそうだ。


目つきは鋭い…というか悪いと言った方が合っている。

頬には大きな傷跡があり、顔を覆うモジャモジャのひげは"熊"を連想させる。


彼がその店主だろうか…


遠くからでもわかる迫力に、ごくりと喉を鳴らしつつ迷っているイノチ。


すると、こっちへ来いとでも言っているかのような仕草で、男があごで合図を送ってきた。



「あれが店主みたいだな…」


「そうみたいね。」



ゆっくりと男の元へと近づいていくイノチの後を、エレナとアレックスも追う。

男の前まで来ると、体格の良さと背丈の大きさがより感じられた。


イノチはカウンター越しに男を見上げて声をかける。



「あっ…あの…『ランチを人数分』…」


「……」



店主と思われる男はイノチを見下ろしながら、無言のまま1番端の壁際にあるテーブルを指差した。

真横の壁には鹿と熊の頭の剥製が飾られている。



「あっ…あそこに座れって…こと?」



男は大きくうなずいた。

三人はその指示に従い、指定のテーブルに腰掛ける。



「なんか感じの悪い店主ね…」


「あ…あぁ、確かにな。」


「フフフ、でも、すごい大きい人だね♪僕、熊型モンスターかと思っちゃった♪」


「それ、あたしもわかるわ!ビックベアよね!」



そんな他愛もない話をしていると、その店主がテーブルに近づいてくる。その太い腕には、曲芸のように3つのプレートをバランス良く載せている。


そして、イノチたちのテーブルの前に立つと、それぞれの前にそのプレートを丁寧に置き始めた。



「うわぁ♪クマさんの顔があるよ♪」



アレックスが歓喜の声を上げる。

そのプレート見れば、ハンバーグやポテトフライのほか、真ん中にクマの顔を形取ったピラフのような料理が盛り付けてあった。



「俺らのは…これはステーキか?」



イノチの目の前には、鉄板の上で心地よい音を立て、食欲をそそる香りを漂わせる肉厚のステーキが置かれている。

付け合わせに人参とコーン、そしてこれはマッシュポテトだろうか。


イノチの問いに表情を変えず、店主がカウンターの上を指差す。


見ればメニューが書かれている。



『本日のランチ:カイドウ牛のステーキ』



それを見てイノチは納得した。

店主は続けて、テーブルの端にある可愛らしいポップを指し示す。



『セットのドリンクは食後にしますか?はい/いいえ』



その可愛らしさに少し戸惑いつつ、三人とも『はい』を指差す。

アレックスだけは喜んでいるが…


店主は続けて、その下を指し示した。



『御用の際は右の呼び鈴で。はい/いいえ』



三人とも『はい』を指差したのを確認すると、店主は最後にカウンター横を指差して、戻っていった。


その先には水の入ったガラスケースと、その横にコップが重ねて並べてあった。



「お水はセルフってことですね♪」


「そうだな…ちょっと取ってくるよ。」


「いえいえ♪ここは僕が取ってきます♪BOSSは座っててください♪」



そう言ってアレックスはカウンターまで走っていく。

それを見送ると、イノチはエレナへ話しかける。



「独特なシステムの店だな…」


「そっ…そうね。『ガムルの沈黙亭』って、もしかしてあの店主がガムルなのかしらね。」


「あの沈黙感は、おそらくそうだろうな。しかし、この最後の『御用の際は右の呼び鈴で』の『いいえ』って、選ぶ奴いるのかな。選んだらどうなるんだろ…」


「さぁ…あー見えて、ユーモアのあるお茶目な店主なのかもね。」


「おっ…お待たせしました!」



何か焦った様子で、アレックスがコップを3つ持ってきた。

なんだか冷や汗をかいていて、チラチラと店主を見ている。



「どうしたんだ、アレックス?」


「あの店主になんかされたの!?」



エレナがイスを鳴らして立ち上がる。



「ちっ…違うんです!水を取りに行ったら、あの店主さんにクッキーを渡されまして…喜んで食べてたらジッと見つめてくるもんだから、つい焦って逃げてきちゃいました。」


「「クッキー?」」


「はい…可愛らしいクマの形のクッキーです。でも、とても美味しかったです♪」


「そっ…そうか。まぁ、何もされてないならいいけど…とりあえず、冷める前に料理をいただこうか。」


「そうね…トヌスの部下たちも、もうすぐ来るだろうし。」


「ですね♪いただきまぁぁぁす♪」



嬉しそうに食べ始めるアレックスを見て、イノチはちらりと店主に視線を向ける。


こちらに気にすることなく、カウンターで作業をする店主に。





「はぁぁぁ!食べたわぁ!」


「お前、そんなに食ってよくお腹壊さないな。」


「BOSSみたいに、やわじゃないからね!」



偉そうに腕を組むエレナの目の前には、ステーキ用の鉄板が5枚と、ライスの皿が7皿ほど積み上げられていた。



「エレナさん♪すごぉぉぉく食べるんですね♪」


「えっ…えぇ、そうね…すごいでしょう!」



笑顔を向け、純粋に尊敬の眼差しを送ってくるアレックスに対して、エレナは複雑な思いで返事をする。


イノチはやれやれと肩を上げつつ、呼び鈴を鳴らして食後のドリンクを店主へ注文した。


何も言わずに奥へと入っていく店主を見送りつつ、



(あれ?何飲むか言ってない気がするけど…)



と、イノチが疑問に思っていると、突然、店のスイングドアが大きな音を立てて開いた。

同時に男が一人、近くのテーブルやイスの上へと飛び込んできた。


イノチたちを含め、店にいた数人こ客たちが、なんの騒ぎかと目を向ける。



「お…おい!大丈夫か!」



別の男が転がった男に駆け寄って、その体を抱き上げると同時に、甲高い笑い声が響いてきた。



「ケケケケ!相変わらず弱っちい野郎どもだな!!」


「ヘスネビ!てめぇ、何しやがる!」


「わめくなわめくな…弱者ども。俺はよ、お前らみたいなのが、平然と俺らの街を歩いてんのが気に食わねぇんだ!だから殴った!それだけだろうが!!」



赤いラインの入った縦長のハットを被り、貴族のように小綺麗な服を身にまとうヘスネビと呼ばれたその男は、蛇のような鋭い目つきを向けて、二人を見下すように吐き捨てた。


手に持つ杖をクルクルと回すヘスネビの後ろでは、取り巻きのような奴らが笑みを浮かべている。



「いきなり殴られる筋合いなんかねぇぞ!」


「何言ってやがる!人殺しの仲間なんて、殴られて当然だろうが!それで済んでるだけマシだと思えよなぁ!ククククク!」



何も言えずに、ただ腰を落としたまま悔しそうな表情をうかべている男に対して、ヘスネビは嫌味ったらしく話を続ける。



「てめぇらの頭、捕まったんだろ?気の毒になぁ…しかしまぁ、仕方ねえよなぁ!『タカハ』の街で商人殺しちまったんだからよぉ!!キキキキキ!」


「俺らは…頭は、そんなことしねぇ!!」


「どうだかなぁ!!チンピラの言うことは信用ならねぇからなぁ!どうせ金にでも困って安易に殺っちまったんだろ?!てめぇらみたいなやつらの頭だ!おつむも悪いに決まってる!カカカカカカ!!」


「くっ…言わせておけば…!!」



ヘスナビの挑発に我慢しきれず、男がヘスネビに飛びかかろうとした瞬間、目の前に太い腕が現れ、立ち止まる。



「ガムルの親父…!止めんなよ!!」


「……」



片手を広げ、ヘスネビと男の間に無言で立つ店主。

対して、ヘスネビはニヤリと笑みを浮かべ、蔑んだ表情でガムルを見据える。



「ガムルよぉ…焼きが回ったなぁ!あのお前が、こんな小汚え店なんかで落ち着いちまうなんてよぉ!カカカカカカ!」



ヘスネビの言葉に、取り巻きたちも大声で笑っている。

しかし、ガムルと呼ばれた店主は気にする様子もなく、無言である看板を指さした。



「あん…なんだぁ?」



ヘスナビが看板に目を向ける。

そこには、こう書かれていた。



『店内ではお静かにお願いします。はい/いいえ』

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