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37話 ガチャのためなら


夜遅くに館の中をキョロキョロと動く人影がある。


その人影は壁に背を預け、ゆっくりと歩いている。

その割には息遣いは荒く、どこか緊張しているようにも見えた。


忍足のまま進み、ある部屋のドアの前で立ち止まると、キョロキョロとあたりを警戒して、細く開いたドアからするりと部屋へ入り込んでいく。



真っ暗な部屋の中、その人影はテーブルの角に足をぶつけ、小さく悲鳴をあげる。

彼は痛みを我慢しつつ、そのまま手探りで進み、スタンドランプをひとつ灯した。


小さな明かりが、部屋一面に光と闇のグラデーションを作り出す。



「ふう…なんとかこれたな。」



イノチはそういうと、ソファにどさっと座り込む。



「ったく、メイさんまでも俺のこと監視してさ。俺は悪いことなんかひとつもしてないのに!そりゃあ、たしかに『黄金石』に目はくらんだが…」



むすっとした顔を浮かべ、背もたれに頭を預けるイノチ。

夜もだいぶ更けており、皆寝静まっている時間だ。



「しかし、帰ってきてすぐに作っておいて正解だったな、ここ。」



部屋の広さは10畳ほど。

応接室のように、中央には背の低いテーブルが一つと4つのソファがある。


その一つに座るイノチは、ため息をついて部屋の中を見渡した。


壁に並ぶ本棚、窓際に置かれた背もたれの大きな回転椅子と少し大きめのデスク。その上で小さく灯るスタンドランプが、部屋の壁に大きな影を生んでいる。



「頭の中のイメージで装飾を施してみたけど、やっぱり細かく作るのは難しいなぁ…」



視線の先には、観葉植物と絵画がある。

観葉植物はなんとなくそれらしくなってはいるが、壁に掛かる絵画は、抽象画のようで何の絵かまったくわからない。


いったいイノチはどこにいるのだろうか。


答えは…実はこの部屋、イノチが皆に内緒でこっそり作った隠し部屋なのだ。


『館』というオブジェクトに対して、『解析』と『開発』を駆使して、誰にもバレない部屋をイノチは作っていたのである。


ちなみに窓はダミーだ。

景色は雰囲気を作るための画像で、もちろん外からもただの壁にしか見えない。



「どこに作るか、そこが一番難しかったよな…って、こんなことしてる場合じゃなかった!」



しみじみとそう思い返していたが、イノチはふとやるべきことに気づいて立ち上がる。


移動して、ソファの後ろにある暖炉の前に立つと、その中に手を入れる。



「え〜っと…たしかこの辺に…あった!」



ガコッと音がして、暖炉の奥の壁が細く開いた。



「我ながら用意周到だな…」



笑みを浮かべ、イノチはもう一度あたりをキョロキョロ見回し、異常がないことを確認すると、その扉を開いて中へと入っていった。





せまく短い螺旋階段を降りきると、小部屋にたどり着く。


壁には剣や盾、鎧などが掛けられており、戸棚やテーブル、椅子なども用意されている。


イノチは棚のひとつから何やら袋を取り出すと、それをテーブルの上に置いた。



「ククク…あの回収された『黄金石』がニセモノだとは、誰も気づくまい!ハッハッハッ!!」



大きな笑い声を上げるイノチ。


彼がなんのことを言っているのかというと…

先日『超上級ダンジョン』をクリアした後に、ミコトに没収されたあの『黄金石』。


実はあれ、イノチが『開発』というスキルに気づいた時、こっそり作っていたニセモノなのだ。


常日頃、エレナたちからマークされていたイノチは、いかにバレずにガチャを回すか、それをいつも考えていた。

そしてある時、この世界にログインした時のことを思い出したのだ。


案内役の天使アリエルから渡された『黄金石』。

あれは現物だった。


この世界で『黄金石』を手に入れるには、モンスターを狩るのが1番早い。その際、ドロップした『黄金石』は、すぐにアイテムボックスへと送られる仕組みになっている。


基本的にドロップアイテムはすべて、アイテムボックスで保管されるというわけだ。


だが、ポーションや装備などはアイテムボックスから取り出して実物化できる。それなら『黄金石』にもそれが可能であることは道理であろう。


それを思い出したイノチは、すぐさま『黄金石』をアイテムボックスから取り出して実物化し、自室に隠していたのである。


普通はアイテムボックス内で管理する方が便利である。

その便利な方法を、わざわざ選ばない者はいない。


その盲点を突くための行動であった。


そして、ダンジョン内で『開発』のスキルに気づいた時、イノチの頭の中でこの計画が完成した。


ウォタの目をこっそりと盗んで、ニセモノの『黄金石』を自分のアイテムボックスに作り出し、ミコトたちにそれを没収させる。


イノチは意図的に、自分が"『黄金石』を持たず、ガチャが引けない"ことをみんなの頭に植えつけたのだ。

そして、誰にもバレない自分専用のガチャ部屋を作り、そこに本物の『黄金石』を隠せば計画は完了だ。



「ミコトは"あれ"を俺に無断で使うことはないだろうから、ニセモノだとバレることはない…俺って悪の組織の素質あるんじゃね?!」



高笑いするイノチの顔には、たしかに悪の組織の幹部のようにいやらしい笑みが浮かんでいる。


本当にここまでする必要があったのだろうか。


否、ガチャに命をかけるイノチにとって、いかに安全安心にガチャを行えるよう様々な角度から検討・検証を行い、それ実行していくことは、呼吸をすることと同義なのだ。


仕事をしていた時も、バレないようにガチャを引くために、常に様々な手段を考え、それらを実行してきた。


そして、それらはすべてバレることなく完遂している。


最終的に、会社では仕事さえこなしておけば文句を言われることはないと気づき、仕事をしながらガチャを引く荒技を編み出したのだが…



「さっそくですが…ガチャパーリーと洒落込んじゃいますかねぇ!!ガチャガチャ!」



笑いながら舌なめずりするイノチ。

冷蔵庫から取り出したドリンクをテーブルに置くと、いつものフレーズを口にする。


右手が白くまばゆい光を放ち出し、目の前にガチャウィンドウが現れた。


あいかわらずその画面には、『ノーマルガチャ』、『プレミアムガチャ』の2種類のアイコンが表示されていて、その下のスライドでは、排出される職業と装備のラインナップが定期的に横移動している。


しかし、イノチは迷わず画面を右へスクロールさせた。

実は今回の目的はすでに決まっているのだ。



「いいねぇいいねぇ…ククク!!」



両手をさすりながら、イノチが目を向ける画面には『職業選択式ガチャ』と表示されたアイコンがある。


これは最近になって実装された『ガチャ』である。

詳細を読めばわかるが、どうやら『ランク戦』前の特別キャンペーンのようであった。


イノチがそのアイコンをタップすると、今度は職業名の一覧が表示される。



「剣士、狩人、騎士、戦士、剣闘士、拳闘士、盗賊、槍術士、弓術士、魔法士、魔術士、魔法剣士、暗殺士、付与魔術師、召喚師、調教師、鍛治職人…思ってたよりけっこうあるんだな。だけど、今回選ぶのは…」



『職業』を一通り確認したイノチは、目的の職業のところまで迷いなくスクロールしていく。


そして、一つの『職業』の前でのその手を止めた。



「いろいろ考えたけど…今の俺にはこれが必要だよな。」



『盾士』


イノチの瞳にはその二文字が、映し出されていた。

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