苦い水
「あれ、もう帰るの」
君が眠たそうにこちらを向きながらベッドから声掛ける。
「うん。もう始発走ってるし。」
終電を逃して彼の家に転がり込むのは何回目だろうか。もう開け慣れた冷蔵庫には昨日の飲みかけのペットボトルが入っている。
キャップを開け、一口喉に流し込む。アルコールで脱水状態だった体に染み渡るような感覚が気持ちいい。
「この水、貰っていくね。」
「ああ。うん。送らなくていいの?」
そう言いながらベッドから起き上がる気のない君。一度でも送ってくれたことはあっただろうか。
「いいよ、まだ早いし、寝てな。」
送ってよ。なんて言えない私の素直じゃないところ。もっと上手に甘えられたら、彼女にしてくれたのかな。
そんなこともないか。
「また、飲もうね。」
君がはにかみながら言う。私は靴を履きながら、そうだね、と返す。
本当は、帰りたくなかった。ずっとそばにいて欲しかった。
「帰りたくないな」
つい口から漏れたその言葉に意味はないけれど、君はそれを望んでないよね。
ほんと、あと1缶くらい付き合って欲しかったな。あと1缶を繰り返したかった。
私の苦手な銀色の缶のビールを開けるときの指、飲むときの口。昨日の情事では私の中を触って、私に口付けていたのに。もうその指も口も私に興味ないみたい。君と触れ合ったせいで、私の飲んでいたビールはただの苦い水になってしまったのに。
「酔っちゃった」
この言葉を免罪符に君に触れた。君に愛してると伝える。
「酔いすぎ」
いつもそう言いながらも優しくキスしてくれるのは、私の恋心を冗談だと思ってるからでしょ。
それでも5%の缶ビールで酔わないことくらいわかってるんだから、私の言葉の5%くらいは信じてくれたって良かったのに。
指を絡ませながら天井を見る。目を瞑る。声を出す。
「じゃあ、またね。」
玄関を出るとき、本当は引き止めて欲しかった。いかないでって。でもそんなこと、君はしてくれない。私を好きになるまででいいから一緒にいたかったよ。
出会いを間違えたか、順序を間違えたか。
ドアを閉める時に君が振った右手の中の缶ビールのピチャピチャとした音が聞こえた。
酔いが醒めても、私はあなたの横で寝ていたかった。そんな関係になりたかった。