表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

魔法召しませ

豪雪師匠の名前

作者: 黒森 冬炎

「行くぞ、弟子よ」

「はい、師匠!」


 私達は、互いに名前を呼んだことはない。

 弟子入りの初日から、互いに一度も名乗らなかった。

 魔法使いにとって、名前は大切なのだろう。

 これが普通なのだ。


 と、思っていた。


 3大陸魔法会議に初めて同行が許されたとき、他の魔法使い達は、互いに名前で呼びあっていた。

 師匠は、そこでも、ニックネームで呼ばれるだけ。

 ブリザードが得意技の極北に住む魔法使い、二つ名前を「豪雪」と呼ぶ。

 一瞬名前なのかと思ったが、


「いや、違うよ」


 と、呼び掛けてきた別の魔法使いに笑われた。



 当然私は「豪雪の弟子」。名前を聞かれもしなかった。



 豪雪師匠は、極北に住む。弟子の私も共に住む。私が使う魔法も、師匠と同じブリザード。

 もうずっと、雪と氷に囲まれて暮らして来た。けれども、私は、初めから豪雪人間だったわけではない。


 そもそも私は、南国の生まれだ。火山がしばしば噴火する、小さな島の出身である。

 私の魔法が発現したのは、噴火から逃げる時だった。




 その日は、避難警報が発令されたとき、家から離れて遊んでいた。火山の辺りで拾える、ゴツゴツだけど、ガラスみたいな表面をした不思議な石を探していた。

 つまり、子供の考えなしの行動だ。


 私は、活発な少女らしく、赤い髪を短く切って火山の山腹をサンダルがけでうろついていた。袖の無い緑色のワンピースから、日に焼けた細い手足をにょきにょきだして、独り石探しに夢中であった。


 観測所から警報が鳴ったあと、村に居たなら余裕で避難できた時間を走った。転ぶこともなく身軽に駆け降ったが、間に合わない。真っ赤な岩が飛び出してきた。


「ひゃあ~」


 防衛本能により、ブリザードが私を安全圏へと運んだ。

 避難船へと乗り込んでいた島民達は、突然の吹雪によろめいた。経験したことのない災害である。

 港へ向かう路はパニックだ。



 噴火には慣れていて、粛々と行列していたのに。両親も、私は列の何処かにいるものと安心していた。

 それが、突然見たこともない白く冷たい渦巻きに乗って、悠然と港に降り立ったのだ。


 私は、上空から両親を容易く見つけ、目の前に降りたのだから、彼らの驚きは相当なものだっただろう。

 幼さ故に、そんな配慮は出来なかった。

 それどころか、真っ白になってよろめく島民に、声をあげて笑ってしまった。



 島民も、知識としての吹雪は知っていた。魔法使いの存在も理解していた。

 そして、私と言うブリザードを目撃した。


「すまんが、島では面倒見きれん」


 ブリザード事件の後で、島の代表が、中央魔法協議会の連絡先を家に持ってきた。

 その場で、適切な施設へ送られる事が決まった。



 ただ、ブリザード被害が小さかった事もあり、危険な性格だとは思われずにすんだ。真っ白によろめく島民を笑ってしまった事は、子供らしさと見逃されて、然程問題視されなくてよかった。


「ごめんね、家では魔法を教えてあげられない」

「元気で暮らすんだよ」

「魔法が制御出来るようになったら、すぐに帰っておいで」


 両親とは、存命中、ずっと手紙や贈り物をやり取りした。遠くはあるが、たまには里帰りもした。

 私が修行を始めた後に生まれた弟や、その家族とも、それなりに交流した。


 中央魔法協議会の紹介で預けられた先が、極北の豪雪師匠である。師匠と私は、うまがあった。得難い出会いに感謝する。



 ある年のこと、故郷に未曾有の大噴火がおこった。予想より早く激しい噴火に、島民の避難が追い付かない。

 ニュース速報で事態を知った私は、思いきって救助に向かった。


 私には、転移魔法は使えない。しかし、ブリザードに乗った移動は、かなりのスピードである。その頃には、幼いあの日と違い、周囲に被害を出さずに移動出来た。

 自分の足にだけ纏わせて、飛んで行けるのだ。



 故郷に到着すると、巨大な岩や真っ赤に焼けた岩を吹雪で押し戻す。同時に、軽い吹雪で、人々を巻き上げて船に乗せる。多少の寒さは我慢してもらおう。

 それから、船に追い風を送る。あまり冷やすとエンジンが止まるので、気をつけた。


 後に帰島がすんでから、私は島から表彰された。

 もう、私を知る人は殆んどいないのだけれど、島の誇りと言って貰えた。時々、島の親戚を訪ねていたのが良かったのだろう。得体の知れない魔法使いに、吹雪を見舞わされた、とは思われずに済んだ。



 さらに嬉しかったのは、師匠から誉められた事だ。

 制御も判断も完璧で、人的被害を零に押さえたことが、魔法使いとして評価されたのである。



「褒美になんでもひとつ、教えてやろう」

「それじゃ、師匠の名前を教えて下さい」

「豪雪だ。知ってるだろう?」


 師匠は不思議そうな顔をする。


「いえ、人間としての名前です。二つ名じゃなく」

「えっ」


 師匠は虚を突かれたように、動きを止めた。


「やっ、忘れた」


 どうやら、本気のようだった。

 あまりに呼ばれなさすぎて、記憶の彼方に消し飛んだらしい。師匠は、もう二千年の時を生きている。

 私もいずれそうなるのだろう。私も千数百年は生きてきた。実際、近頃は自分の名前があやふやになってきている。

お読みくださりありがとうございます


冬の童話祭2021、投稿3作品目です

他の2作品も、よろしければ合わせてご覧ください


『冬の谷間』

(吹雪の中、歌を頼りに人家を探す)

『魔法使いの就職』

(魔法以外には何も出来ない青年の仕事探し)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 自分が名付けをする立場になると、うんうん唸りながらものすごく考え込む名前。それが自分の名前となると、わりとみなさん、結構ラフに扱っているような気がします。 とんでもないキラキラネームやあだ…
[一言] 呼ばれなさ過ぎてご自分の名前を忘れてしまうだなんて、師匠、有能なはずなのにおちゃめさんで笑えました。 でもそうですね、名前というのはそれが誰であるのか区別するために用いるものであって、二つ名…
[良い点] 2つ名の方で長く呼ばれ続けた結果、今となっては本人にも本名は定かではない。 実にストイックでカッコいいです。 魔法使いの界隈でも極めた領域に到達している感がありますね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ