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王子系男子はそろそろ善良な仮面を外したい

作者: 彩葉

スクールラブのつもりで執筆しておりますが、恋愛未満です。


 昔から目立つ事が大の苦手だった。

しかし幸か不幸か、俺の容姿は人より少しばかり良いらしい。


──川口(かわぐち)君って優しいし格好いいよね!


──わかる! 爽やかな王子様ってカンジだよね。


──勉強も出来るし、サッカー部でも期待の新人らしいよ。


──マジで!? やっぱイケメンってズルいわ~。川口が彼氏だったら最高じゃね!?



 時折聞こえてくる黄色い声は聞こえないふりでやり過ごす。

嫌でも目立ってしまうおかげで、いつしか「善良な」仮面を被って過ごすようになってしまった。


 どうせ目立ってしまうなら、せめて悪目立ちしないように。

幻滅されて嫌われないように──


 常に周りに気を遣い、人目を気にし続けた結果が()()である。



「あ、あの! 川口大地(だいち)君! 入学式で初めて見た時からずっと好きでした! 良かったら私と付き合って下さいっ!」


「ありがとう。気持ちはとても嬉しいよ。……でもごめんね。悪いけど俺は今、誰とも付き合う気はないんだ」


 自業自得とはいえ今更この仮面を外す事など出来る筈もない。

「君には俺なんかよりずっと相応しい人が居ると思うな」などと名前すら知らない女子生徒相手に白々しく続ければ、彼女は真っ赤な顔を伏せて足早に去っていった。


 罪悪感は多いにあるが、中途半端な対応をして変に期待させる訳にもいかない。

対応に間違いは無かった筈だと自分に言い聞かせながら薄暗い校舎裏に一人佇む。

大体高校に上がってまだ三ヶ月だというのに、もう告白五件目ってどういう事だろうか。


 チクリ


 にわかに胸が痛み出す。

告白される度に胸の奥に残る小さな傷が「忘れるな」と言わんばかりに疼くのだ。





 中学の時、初めて彼女が出来た。


──ねぇ、川口君。良かったら私と付き合わない?


 彼女は学年一の美人といわれる、正に高嶺の花という言葉が似合う子だった。

スッとした立ち振舞いに、柔らかな亜麻色の髪。

同い年とは思えない程大人びた表情。

俺には勿体ない位に綺麗な子だった。


 しかし俺は付き合い始めてすぐに彼女の「綺麗に取り繕われた」仮面に気付いてしまったのだ。




「ねぇ大地。二組の佐間って知ってる? あのちょっとオタクっぽい天パの人なんだけど」


「あぁ、知ってるけど……」


 オタクと天然パーマの因果関係は分からないが、少し失礼な言い方ではないだろうか。

いつもの事ながら悪気は無いようなので下手に指摘も出来ない。

彼女は形の良い眉をひそめて内緒話をするように声もひそめた。


「彼にね。昨日の放課後、告白されたの」


「え、そうなのかい!?」


「あ、勿論断ったから安心してね。大体彼と()()()付き合う訳ないし。ほんと何で告って来たんだか。意味わからないわよね」


「……」


 その時だ。

俺の中で明確な違和感を覚えたのは。


「えっと、それってつまり……?」


「だってそうでしょ? 私が大地と付き合ってるのって有名なのにわざわざ告白してくるなんて……佐間ってヒト、ちょっと自信過剰すぎじゃない?」


 確かに俺達が付き合っている事は有名だった。

「美男美女」だのとからかわれる事も多く、個人的には居心地の悪い思いも結構したものだ。

それはさておき──


「……彼氏がいるって知ってても、どうしても好きだって思いを伝えたかったんじゃないのかな。だから、」


「やだ、もー、大地ったら。キモい事言うのやめてよね」


 ツンッとわざとらしく拗ねたようにそっぽを向く彼女の仕草に、俺は好意的な感情を抱けなかった。

口にしかけた「勇気を出した彼をそんな風に言うのは止めなよ」という言葉の行き場は何処にもない。


「……キミは……どうして俺に告白してくれたんだい?」


「あら何よ急に、恥ずかしいわね。……そうねぇ。優しいし格好いいから、かしら?」


 その言葉に少しだけホッとしたのも束の間だった。


「それに大地って背も高いし、落ち着いてて大人っぽいでしょう? ふふ、他の男子ってみんな子供っぽくて。私と釣り合う男子ってうちの学年じゃ大地くらいなものよ」


 何だ、それ。


 俺と付き合ってるのって、自分と釣り合いが取れると判断したからって理由だけなのか?

もし俺以上に相応しいと思える奴が他にいたら、そいつの方に声をかけていたのか?

彼女にとっての恋人は、別に「川口大地()」じゃなくても良かったって事か?


 俺はこの時初めて、彼女から一度も「好き」だと言われた事がなかった事に気が付いた。

そしてこのやり取りが決定打となり、何となくギクシャクしてしまった俺達はその後すぐに別れてしまったのだった。





 今にして思えば、元彼女は常に「綺麗すぎる」仮面を被っていた。

平常時は勿論、笑う時も、わざとらしく拗ねてみせる時も、怒っている時でさえ。

まるでいつどの角度から写真を撮られても良いような、完璧な表情が作られていた。


 それらは全て彼女なりの努力の結晶だったのかもしれないが、俺には何だか人目を気にしてばかりの自分自身と重なるようで、酷く虚しいものに思えてしまったのだ。

自分は「善人の仮面」を外す勇気がないくせに彼女の「綺麗に取り繕われた仮面」は嫌だったなんて、随分と勝手な話である。




「はぁ……」


 誰かに告白される度に元カノの事を思い出してしまうのは、別に未練があるからとかではない。

この人は本当に俺の事が好きなのだろうか? と俺が勝手に疑心暗鬼になってしまうだけなのだ。


 大体、よく知りもしないで好きだの惚れただのと言われても信じられる筈がない。

もし本当の俺がこんな面倒くさい性格の女々しい男だと知られたら幻滅されるに決まっている。


「…………帰るか……」


 流石にもう部活以外で残っている生徒はいないだろう。

今は上手く笑える気がしないし、誰にも会いたくない気分だ。


 薄暗い校舎裏は酷くもの悲しい。

さて帰ろうと歩き出した途端、よく通る高い声が響き渡った。


「あ、あ、あ~~~、うん゛んっ。……あ~あ~あ~~~」


「!」


 少し驚いた。

どうやら誰かの発声練習が始まったらしい。

声はこの女子生徒一人分しか聞こえないし、合唱部か何かの自主練だろうか?


「んんっ…………も~い~くつ寝~る~と~♪ お~正~が~~つ…………いや、ないわ……」


「……っ」


 危ない、危うく吹き出す所だった。

もう七月なのに、何故その曲を選んでしまったんだ。

歌い出した本人も途中から「ない」と気付いた辺りがじわじわくる。


 何となく足を止めて耳をすませば、声は校舎の二階から聞こえてくるのが分かった。

丁度俺の真上の窓が半分程開いているし、多分あの教室に声の主がいるのだろう。


「あー、あー。……ん~……いっち年せーいになった~ら♪ いっち年生~になった~ら♪ とっもだっちひゃっく人…………いやいらないわ。めんどくさっ」


「っく……」


 駄目だ、この声の主面白い。

発声練習が面倒になったのか、声の主は今度は真面目に課題曲と思われる歌を歌い始めた。

特別上手いという感じではないものの、不思議と聞き入ってしまう穏やかな歌声だ。

落ち着いた声がのびのびと辺りに響き渡る。


 ところが──


「Tomorrow~、Tomorr……んー……Tomorrow~……はぁ……」


 どうやら苦手な部分に差し掛かったらしい。

音がグッと上がる所で変に裏返ってしまうようだ。

恐らくこの苦手克服の為の練習なのだろう。


 何度も同じ部分を繰り返している内に、声色から苛立ちが感じられるようになっていく。

顔も知らない女子生徒が音を外す度に首を傾げながら歌う様子が頭に浮かんだ。


「ふふ」


 何だか微笑ましい。

胸の内で頑張れとエールを送っていると、ふいにガラリと窓が開く音がした。


「「あ」」


 まさか声の主が窓から顔を出すとは思わなかった。

それはもう誤魔化しようが無いほどバッチリと両者の目が合ってしまう。


 しかも声の主は想像だにしなかった派手めな子だった。

クルクル巻かれた明るい茶髪にマスカラバッチリのつり目がちな目。

人を見た目で判断したくはないが、正直かなり意外である。


 彼女としてもまさか窓の外に人が居て、しかも自分の方を見上げているとは思わなかったのだろう。

目を見張ったまま微妙な顔で固まっている。


 少し悪い事をしちゃったかな──

そう思うと同時に申し訳無さげに苦笑すれば、我に返った彼女は俺を刺すように睨み付けてきた。

え、怖い。


「何、アンタ。盗み聞きしといて何ヘラヘラしてんのよ。下手だからって馬鹿にしてんの?」


「あぁ、いや、すまない。悪気は無かったんだよ。たまたま近くにいたら歌声が聞こえてきてさ」


「はぁ!? もしかしてずっと聞いてた訳!?」


 あくまでも馬鹿にしたつもりはないと伝えたかったのだが、逆効果だったらしい。

よくよく考えてみればあの発声練習を聞いてしまった事は伏せておくべきだった。


「最っ悪なんだけど」


「えぇと……ごめんよ」


 ここまで正面切って嫌悪感を向けられる事はそう無いので、内心冷や汗ものである。

変に彼女の怒りを買って後々面倒な事になったら一大事だ。

ここは平謝りで乗りきるしかない。

再度頭を下げる俺を見下ろし、彼女は「はぁっ」と強いため息を吐く。


「……まぁ、窓開けっぱだったアタシも悪いし、そこまで謝んなくて良いよ」


「そうかい? ありがとう」


 良かった、話の分かるタイプのギャルだったようだ。

安堵感を誤魔化すように微笑めば、彼女は何故か眉根を寄せた。


「アンタ川口だよね。有名人」


「ハハ……有名かは分からないけど、川口だよ。君は?」


「………………大和田(おおわだ)


 渋々と名乗る彼女は不機嫌さを隠しもしない。

負の感情は全部出していくスタイルなのだろうか。

俺とは真逆の性格である。


「えっと……よろしく、大和田さん」


「別によろしくしなくていい。アタシアンタ苦手だし、アンタもアタシみたいの苦手っしょ」


「ハハ、手厳しいね」


 思わぬ切り返しにゾッとする。

確かに女子……特に派手な子は苦手である。

だがそれを悟られるような態度を表に出した覚えは過去を振り返ってみても一度もない。

大和田さんは険しい表情のまま窓枠に頬杖をついた。


「……アンタさぁ、何で自分が悪く言われてんのに笑ってられんのよ」


「え、いや、別に悪くは言われてないだろ? 残念ながら苦手とは言われてしまったけどね」


「心にもない事を……さっきだってそう。アンタ、アタシが怒ってたから謝っただけで、特に悪いとか思ってなかったでしょ」


……うーん、鋭い。

一応、本当に悪かったと思っていた部分もあるんだけどなぁ。

あげくの果てには「アンタの笑顔、爽やかすぎて胡散臭い」と追い討ちをかけられてしまった。

もはや苦笑いしか出来ない。


 ここまで言われても怒らない俺に呆れ果てたのか、大和田さんは苛立たしく髪をかき上げるとあからさまに話題を変えた。


「そういやさ。Tomorrowの部分はさておき……ぶっちゃけアタシの歌、どうだった?」


「とても良かったよ。足を止めて聞き入ってしまった位にね」


「…………あっそ」


 つくづく俺の返答はお気に召さないらしい。

「お世辞言われたくて聞いたんじゃないっつの」と吐き捨てられてしまい、どこまで信用が無いんだと流石に凹む。


「えぇっと……俺ってそんなに胡散臭いかい?」


「……」


 言い過ぎた自覚はあるのか、大和田さんは僅かに視線をさ迷わせた後、ふて腐れたように口を開いた。


「……なんていうか、アンタは別に悪くないよ。……ただ、『良い人してます』感が強くてアタシが勝手に苦手なだけ。何考えてるか分かんなすぎて、未知の生物みたいでさ」


「俺はUMAか何かかな?」


 軽口を叩きながらも頭の中は大混乱である。

必死に隠していた情けない素顔を見透かされてしまったようなバツの悪さだ。

陰で「八方美人」みたいな事を囁かれた事はあれど、まさか面と向かって俺の「善良な」仮面部分を指摘される日が来るとは思わなかった。



 俺の心境など露知らず、大和田さんは「アタシがひねくれ者だから、そう感じるだけかもだけどー」と空を見上げている。


「……大和田さんは正直な人だね」


「はぁ? 何でそうなんの? ひねくれ者っつってんじゃん」


「そうかな?……だとしても、羨ましいよ」


 言い方はキツいけど、たぶん彼女は人の本質を見抜ける人だ。

相手をちゃんと見ているからこそ、仮面の違和感に気付いてしまうのだろう。

内面を隠したい人からすれば脅威ともいえる勘の良さだが、不思議と嫌悪感はない。


「キミみたいに思ってる事をハッキリ言えたら、俺も少しは胡散臭くなくなるかな?」


「あ~も~、悪かったって! しつこいっつーの」


 荒々しい口調で謝った大和田さんは「じゃーねっ」と顔を引っ込めてしまう。

流れるような窓を閉める動作を止めるべく、俺は柄にもなく大声を上げた。


「あのさ!」


「……?」


 窓を閉める動きは止まり、怪訝丸出しの顔がこちらを見下ろしている。

女子に声をかけて鬱陶しがられるなんて初めてかもしれない。

彼女の拒絶に負けてなるものかと、俺は満面の笑顔を向けた。


「えーっと……またね、大和田さん!」


「……は?」


「また明日!」


 大和田さんは一瞬だけポカンとした後、「あー……はいはい、また明……来週ね」とヒラヒラ片手を振って今度こそ窓を閉めてしまった。

しまった、今日は金曜で土日は休みじゃないか……


 ちょっと恥ずかしいミスに頬を掻いていると、窓越しでフッと笑っている大和田さんと目が合った。

彼女の口が大きく『アホ』と動いている。


 あれだけズケズケ物を言ってくる子だ。

俺に興味も無いようだし、こちらとしても遠慮しないで話せるようになるかもしれない。


 友達になれたらいいな──

それで、少しは素の自分を出せるようになれたら最高だ──


 そんな淡い期待を胸に抱き、俺も今度こそ校舎裏を立ち去ったのだった。





 その約一年後、俺が彼女に酷く格好悪い告白をして付き合うようになるのはまた別の話である。




<あとがき>


最後までお読み頂き誠にありがとうございます。


実は川口と大和田は同作者の別連載に出てくる登場人物で、本作は脇役である彼らの出会いのお話です。


本当は全三話の連載にする予定でしたが、冗長すぎるので止めました。

仲良くなってく過程全カットて……(衝撃)



<裏話(蛇足)>


川口は「自分は良い奴ぶってる」と思い込んでる普通に良い奴です。

ネガティブっぽいですが、周りには一切その気を感じさせない気遣いに長けた男です。

漫画的表現が付くとしたら笑う度にキラキラエフェクトがかかる……そんなイメージです。



元カノは悪い子ではありませんが、美人と持て囃されて来たが故の高飛車感が出てしまう子でした。

まだ中学生でしたし、成長するにつれ周りへの気遣いが出来るようになる事でしょう。


ちなみに彼女は本当に川口が好きでした。

照れ隠しに並べた言葉が仇になったようです(若さ故のすれ違い的な)

連載の方では名前も登場してます。



大和田は大和田で仮面を被っています。

「素っ気なくて」「不機嫌に見える」仮面です。

仮面の下は面倒見の良い姉御肌な顔が隠れています。


連載の方は別ジャンル(青春ホラー)なのでここにはリンクは貼りません。

ご了承下さい。


<最後に>


ここまでお付き合い下さりありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[一言] 単体でも充分楽しめると思いながらも、美味しすぎる補足が堪りません……(尊) 元カノのあの子も、妬いて欲しかっただけなんだろうなぁ…… 誤解されたくなくて相手を貶めたのもあったのかもしれない。…
[良い点] 気取らないでいられる相手に出会えたってことなんでしょうね。幸せなことだなぁと思いました。 [一言] 端役として出てきた子を主人公にって私もよくしてしまいます。端役でも大事な主人公ですもの。…
[良い点] リクエスト、応えてくださってありがとうございます! 大和田さんの正直で人の本質をつくところに、川口くんはひかれたのですね。 でも、川口くんのきもち、分かるなあ。 気遣いができるのは、素晴ら…
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