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欲するは菊の花なり

作者: まつ

何が私に救いをくれるのか。

私はいつでも不幸を主張している。赤子の如く泣き続けているのだ、醜く、赤黒く、血を帯びている。流れ出てきた塩水の類はいかなる相手にも見せないし、それ故だろうが誰にも解されない。脆弱な子羊の難解で独りよがりな記録を君に読んでほしい。


 田舎の小さな一般的な家庭に私は生まれた。父は自営業、祖父の事業を継いでいる。母は、それこそ現在は仕事をしているが、子育てに尽力して家事に精を出していた。私は張り裂けんばかりの産声をあげ市内の病院にて誕生し、両親の愛を受けながらすくすくと育ってきた。

 幼稚園に上がった私は何とも惨めであった。相手に強く出られず、それでいて誰かに虐げられているのを潔しとできないのである。したがって幼稚園時代を私は女子と過ごし、男子との関わりは希薄なものであった。ドッジボールや追いかけっこ、かくれんぼに鬼ごっこと様々に誘われたが、私は仲の良い女子がいない限り男子のその遊びの和に入っていかなかった。逆に私がやっていたことというのはやはりままごとだったり折り紙だったりと、おとなしかった。そんな男子嫌いの私だからといって外の遊びは好きで、女子といえども活発な子も多かったから外でも多く遊んでいた。また様々な物に興味を持っていたため、一人の時は石なんかを集めて満足していたこともあった。

 当時私は男が怖かった。暴力的であり、これは今もそうなのだが、横暴で身勝手で距離が近すぎて、大嫌いだ。まあこの年の女子は確かにジェンダー的に傲慢な者も多い。「男子のくせに」みたいな決まり文句に私は何度も飽き飽きしてはいたが、おとなしく控えめな人柄上、女子との関わりの方がよっぽど楽だった。

 だがここで大事件を起こす。夜中に雪が降り積もり、園内が白一色に染まったある日、一人の男子に雪合戦に誘われたのだ。普段の私なら断っていたが、目の前の羽毛のような雪を見て心が舞い上がったか、承諾した。血も凍りつくような寒さに身震いしながらも、掌ですくった雪を力いっぱい押し固め、相手に投げる。男子ばかりのこの状況で意外にも私はこの状況を楽しんでいて、そこから大変長い時間遊び続ける。服が雪玉により濡れ、寒さも極まってきて私は一旦内へと戻るとその場の者に告げ帰っていこうとするが、私の降伏を知らない伏兵がいて、彼らに攻撃される。降伏の旨を伝えようとしても中々遠くにいて声が届かない。遂に怒りを露わにして、私はポケットに入っていたゴツゴツとした大石を投げつけた。昨日見つけた、とっておきの石であった。見事に伏兵の一人の頭部に直撃し病院送りとなった。私は涙した、彼を傷つけたからではない何かのためにだ。私自身分からない、だが何か強く感情を露わにした後、泣いてしまうのが大抵のことであった。今後こういうことでよく泣いてしまうのだ。どうしようもなくただひっそりと、声を押し殺して。

 このころ私は初恋をする。彼女は二人いる私の幼馴染の一人になるが、生涯結ばれることはなかった。私は今後多くの恋愛をするが、これは恋愛と呼べるかどうか正直疑問だ。しかし彼女に抱いた熱は本物であったと認めている。今となっては遠くの地に引っ越してしまって、その素性も定かではない。だが彼女と過ごした日々もまた楽しかった。今再び結ばれんと思うわけではないが、再開できることならそうしたいものだ。

 幼年の大きな出来事は小学校三年生のころへと飛ぶ。ここで私に人生何人目かの彼女ができる。ルは転校してきた人であったと記憶している。どこか幼さの残るその可愛さに満ち溢れた彼女に恋をした。彼女と地域のウォークラリーに参加した時、私の手を突然握ってきて、とても大胆な人だった。そうして毎週のごとく彼女と遊び、永遠とも思える愛を語った。ルはいつも笑っていて、無邪気だった。しかし終わりは唐突であった。長い年月が経ち私の彼女への愛の炎は弱くなっていった。共に過ごすのに嫌気がさしてきて、自ら振った。残酷な結末に彼女の啞然とした表情を今も脳裏に映すことができる。だがこれは否定のしようもない真実だった。

その後私はいよいよ人に暴力をふるうことはせず、むしろ周りには腫物があふれている感覚で人との緩衝を避けていった。そうして人間たる者慈愛に満ち溢れていなくてはならないと、誰も傷つけないようにとふるまっていた。いや、結局は争う勇気も強さも持ち併せていなかっただけなのだろう。体は細く(今なおそうだが)、腕力もない。私の闘争心は口頭でのみ発揮せられた。

 中学に上がり、私は己のある才能に気づく。定期試験がある度に私は他の者より比較的勉学に優れていると自負し始める、そうして周りを見下していく。生涯の大きな恥の一つだ。  

さて、私は部活動を選択し活動していくが、どんどん絶望していく。バスケットボールとはドリブルとパスを利用しながら相手ゴールへ運び、シュートをきめることで得点する。フロントコートとバックコートを絶え間なく往来する。私は体力の限界もそうであるが、技術的に苦労した。私以外の者は小学生時代からミニバスというバスケットチームに所属していたのだ。私は剣道を一時期やっていたことがあったがバスケは全くの初心者であって、周りの人が当たり前にこなせる練習も私には全くもってなせる業ではなかった。いや大体私はこの部活を所望していない。確かに私は言った「バスケに興味はあるんだよね、でも辛そうだ」とは。しかし顧問にこれを密告せられ、そのまま挨拶しに連れていかれた。したがってけしてやる気に満ち溢れていたわけでもないし、炎天の元行う血反吐を吐くが如き練習に精を出すつもりもなかった。しかしやりがいは感じていたから、真っ向からこの部活を嫌っていたわけではない、一つ上の先輩がいたころは楽しくやっていた。彼らの引退と後輩の到来に私は殺された。

 私のこのころの性質は自分の信念に忠実に生き、傲慢にして正義感を溢れさせ、断片的な誠実さを持っていた。その私の信念の中には礼儀を重んじる一面がある。目上の人間に使うのは敬語であり、挨拶は積極的にすべきであると考えていた。一方私を殺した愚公は挙げた信念にすべて違反していた。私はこの虫酸の走る環境で、技術の乏しさ故に罵られ生きていくことになった。耐え難く、間もなく不登校になる。学校に味方はいないのだよ、休む者にもたらされる慈悲はない。両親も同様、むしろ地獄になんとかして送り込もうと画策する。そうして私は感じる、私に味方などいないと。私が辛いときに味方として寄り添ってくれる最後の希望は両親であると考えていた、刻苦している私に寄り添い助けてくれるのは結局母の愛と父の壁の如き守りだと信頼していた。愚かな信頼だ。結局彼らと話すこともなく、私は苦しみ続けた。しかし転機は訪れる。

 彼女はリ。華奢で背の小さなその女はダンスが好きで、合唱部であり頭がよく、何しろ私の好きな顔立ちをしていた。彼女と付き合い始め私の日常は変わった。リとは好きなゲームが同じでありよくその話をした。掃除が終わり帰りのHRまでの準備のわずかな時間、さっさと用意を終わらせ彼女の元へ行き他愛のない会話をする。それだけが楽しみで、毎日を生きていけたし、彼女も笑顔だった。しかしこれは私の致命的な性質による幻想であった。

 私は元来人の気持ちを解せられない。「察して」とか「ねえ」と嬉々として言われても全くわからないのだ。相手に任せきったこの一言に準じて自身のとらえた考えを抱いたまま話を聞いていても、私の持っているものではいずれ矛盾が生じる。「当ててみてよ」と言われ答えるも「違うよ。鈍いな。」などと言われ興が覚める。つまり相手の考えを正しく読み取ることができない。万人に当たり前であるように聞こえるかもしれないがそうではない、たいていそれでみな会話しているのだ、気付いていないだけで。

 リに直接聞いたわけではない、だが彼女の気持ちを考えていなかったことは確かであり、其れゆえだろう、付き合い始めて一月で別れた。口伝えできいたこの所の本音はいつだって厳しいものだった。

 ますます私の脆く欠けた心は傷ついていった。父と母は私を異常とした、何とも切なかった。受験勉強に追い込まれる日々で私は母の言動に逆らった。理不尽極まりない要求と短絡的思考に満ち満ちた言葉に憤り反抗した。父とは些細なすれ違いが殴り合いになっていった。これを以て彼らは私を狂っていると決めつけた、私にはどこの家庭にも起こりうる自然的現象だと思っていたのだが、違うのだろうか。以降私は両親に感謝といった、誰しもが両親に抱く明るい感情を一切持たなくなった。

 どこまで行っても私を理解はしてくれないだろう。精神が弱いだとかいうのだろう。そういう君はさっさとこの本を今日の昼ごはんの足しにする方がよい。だがもしこの気持ちを理解できる、あるいは聞きたいという者であるならば、もう少し付き合ってほしい。

 私の心の性質はいつも脆弱で、理想への執着が甚だしい。気に留めないことも私には重くのしかかってきて、押しつぶされる寸前まで追い込まれる。そういう時数多の言い訳を思いつくが、その反論も自動的に生成され防衛機制も働かない。逃走欲があふれ、臆病になっていく。だがこの苦しみを人に話したところで一蹴されるのだ。誰にこの苦しみがわかってもらえよう、助けは誰からも出てこない。九月、今私は重要な時期にいて、一刻の猶予もないのにこうして小説になり切れない小説を書いている。そうして現在から逃げ、自分で心を保護している。誰か私を見てくれ、努力を惜しまずやってきた私を見てくれ、褒めてくれ、寂しいのだ。私のか細い声を聞いておくれ。そういう友がいてくれたならと考える。

今日私の願うところは、夢をみてゆっくり眠りにつきたいといったところだろう。では、生きていくのがつらい同志よ、明日に怯えることのない日が来ることを願って。おやすみ。


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