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ダブルビジョン  作者: 深瀬優賀
Double World(ダブる世界)
3/32

第二話 平凡な日常に憧れるほど切迫してない

興味を持っていただきありがとうございます。

「それじゃあ行ってくる」

「ええ、いってらっしゃい。柄の悪い人に絡まれないよう気をつけなさいよ?あんた無能なんだから」

「はいはい、わかってるよ」


現在は高校入学前という時期。最近の日課は家から公園まで走り、公園で竹刀を振ることである。


玄関を出ると、「あっ……」という声がしたので目をやる。


見ると、黒髪の美少女が。彼女の名は柳葉燕。良い家の分家の出身らしく、ついでに言うと薄野満月の幼馴染だそうだ。


あちらの俺に幼馴染はいなかったため、実感がわかない。


見舞いにも来たりしてくれていたらしいが、こうやって顔を合わせるたび、やや気まずそうで苦しそうな顔をされる。


「よう、おはようさん」

「っ……。おはよう」

「それじゃあ」


それだけ言って走り出す。目指すは近くの公園。距離にして500メートルくらい。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢


退院して家に帰った俺が真っ先に確認したのは、分岐点探し。文明の発展は俺がいた世界と同じくらいなのに、例のスタンドもどきが存在するというのが少し気になったためだ。


ざっくり言うと、どうしてこんな世界になっているのかが気になった。


歴史の教科書を見る限り、基本的な事柄はこちらの世界と同じ。分岐点は巨大隕石群『開拓者(フロンティア)』の襲来である。


ちょうど百年前の出来事で、その隕石に付着していた未知のウイルスがこの世の生物を進化させた。蜂はより強い毒と社会性を電気ウナギは発電量と耐電性をと言う風に、その生物の特異性を強化するような進化を促し、人間の場合は、それが魂あるいは脳に作用したらしい。


また、いくつかのダンジョンと呼ばれるものも生み出され、そこには異常進化した生物がウヨウヨいるとかなんとかである。


覚えのある設定だった。有り体に言うと、一度読んだことのある物語の設定に酷似していた。ざっくり言うと、スタンドみたいな奴を一人一つ持つ世界で、主人公が厄介事に巻き込まれ、悪の組織などと戦う物語である。ちなみに僕が死んだと思われる時点で、未完結であった。挙句、読んだのがかなり前だったため、主要キャラのビジュアルと、ざっくりした能力しか覚えていない。


例の能力は『幽象(アバター)』と呼称され、基本的に一人一つの能力を持つ。そして薄野満月はいわゆる無能者。幽象を発現しなかったらしい。恐らく、柳葉燕に関する情報でチラリと出ていた無能力者の幼馴染とイコールなのだろう。


♢♢♢♢♢♢♢♢


「まあ、それでも国内最高峰の学校に合格してるんだからすげぇよな……」


試験が足切り無しで、筆記、運動、異能の三歩柱の合計点での評価だったらしく、筆記と運動で高得点をとり、異能の0をカバーしたんだとか。



体格の変わった体を自分に馴染ませるため、コントロールの精度を上げるための日課を開始する。


「だいぶ馴染んだな……」


この肉体はあちらの薄野満月より高性能らしい。瞬発力も動体視力も体幹も反応速度もかなり高性能だ。


ならば、借り物の力とはいえ、この肉体があれば何かに辿り着けるかもしれない。


その後も、思いつく限りのトレーニングをこなし、一息ついた頃、こんなふうに声をかけられた。


「よう、無能。無駄な努力に精が出るな」

「…………」


目をやると、なんか、俺DQNでございといった感じの3人組が。


「おいコラ無視すんな」


黙って引き返すと肩に手を置かれ、止められた。


「いや、頭の悪そうな人たちと目を合わせたらダメだって教えられてるので」

「舐めてんのか?」


そんなわけないじゃないか。面倒臭がってるだけだ。


「そういえば無能のくせに二空学園に合格したんだってな」


立ち去ろうとすると、そんなことを言われた。ざっくり言うと、旧帝大の高校版と思ってくれればいい。数字がつくのは研究機関だった名残だそうだ。


「いくら積んだ?それともお前の幼馴染が頑張って誑し込んだのか?上層部を。美人だものなぁ?」

「…………………」


後ろから聞こえる声に動作が止まる。何が面白いのかゲラゲラと笑う奴らの声を聞きつつ自分の内心の変化に気づく。


「(ああ、ムカつくな)」


基本的に俺は平和主義の平等主義を自称しており、その通りの人格ではある。好悪はあるにしろ、どんな外道も聖人も「そういうもの」として捉えて、飲み込み、その生き方に口出しはしないし、こちらが否定されようとどうでもいい。


ただ、今回は違った。奴らが否定したのは『薄野満月』の努力であり、俺ではない。挙句彼にとって大切であろう存在も貶めた。


脳の構造自体は据え置きだからかは知らないが、どうでもいい存在のはずなのに、暴力衝動が湧き上がる。


世界の解像度が上がった気がした。


「……………………潰すか——」


竹刀を振り返り様に降り、こめかみを叩いて一人落とす。


「テメェ、やる気か?」

「無能無能と馬鹿の一つ覚えみたいに口にして絡んでくるけどさぁ……」


気圧されつつもムカついたといった雰囲気の残り二人に努めて冷静にこう言った。


「お前ら能力の有無以外で『薄野満月』に勝ってる点があるのかよ?」

「…………………」

「挙句、『薄野満月』の幼馴染に勝てる要素が一つでもあるのかよ?無闇な侮辱は安さを露見させるよ?弱い犬がキャンキャン吠えるのとさほど変わらん」

「殺す!!」


相手から殺気がダダ漏れる。俺は、口角が上がっていく自分を自覚しつつ竹刀を構えようとして……


分霜(わかちじも)


涼やかな声音を耳にして反射的に一歩引く。


それと同時くらいに、俺と、相手二人の間に、隔てるような氷の一線が引かれた。


「そのくらいにしておいた方が身のためよ?」


声の主、柳葉燕は背後に黒龍を背負いながらそう続けた。


「やべぇ、柳葉だ!?」

「ずらかるぞ!」


そう言って残り一人を背負って逃げていく二人。


顔見知りである以上、俺は逃げるわけにもいかなくなり、固まる。


黒龍を消し(ついでに氷も消えた)、こちらに近づいてきた柳葉は、こちらを値踏みするような目で見ている。


「うん、怪我はなさそうね」

「ああ、する前にあんたが止めてくれたからな。ありがとう」

「…………どういたしまして」


お互い黙り込む。会話が続かない。

お互い目を逸らして黙り込む。


しばらくして、柳葉が口を開いた。


「ねぇ、満月」

「うん?」

「あの日、車に引かれたのってもしかして、私が—————」


——ピリリリリリリリリリリリリリリ


「「っ!?」」


二人揃ってその場で跳ね上がる。鳴っているのは俺の携帯であった。


「すまない!」


そう言いつつ電話に出ると、母親の怒号。


「あんた、部屋のゴミ片付けてまとめとけって言ったでしょ?あと30分で引き取りが来るじゃない!」

「わかった、すぐ戻る」


切って柳葉に一言。


「すまん、今すぐ帰らなきゃならなくなった」

「っ、うん、がんばってね?」

「ああ」


竹刀を背負って、俺は家まで走った。

回収には間に合った。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


「はぁ……」


ベッドに仰向けに倒れ込んで、柳葉燕はため息をつく。


「やっぱり私のせいなのかしら……」


悩みの種は、私の幼馴染のこと。中学の卒業式の際、私は彼に告白された。


それを、私は断った。

しばらく恋にうつつを抜かす間がないと判断したのが理由の一つ。

もう一つは、私と彼が比べられるのが嫌だったから。彼は無能力ではあるが、それ以外の面が秀でている。でも、無能力というだけで出来損ない扱い。私はコレでも優秀な能力者だ。幼馴染というのもあって、彼は私とよく比べられる。いつも疲れた表情をしている彼がこれ以上摩耗していくのが見ていられなかったため、距離を置こうと思ったのだ。


断った時の絶望したかのような表情は今も覚えている。それでも彼は、すまなかったと言って引き下がった。


その日の夕方、彼は車に引かれて救急搬送された。


私のせいで自殺しようとしたのではないかと私は思った。自殺するならそうすると彼は時々言っていたから。首吊り溺死が嫌で、睡眠薬が手に入らず、電車への飛び込みは賠償金がとんでもないことになるからという消去法だそうだが。 


その後目覚めた彼は変わってしまっていた。


ここ数日観察していてもわかる。前の彼は気弱で優しく、ほとんど怒らなかった。悪く言えば、ヘタレで主張がなかった。


でも、今の彼は普段は世界に興味無さげにしているのに、一線越えて切れた瞬間、敵を平気で殺しそうな雰囲気があった。正直、さっき介入した時、私には、眠っている虎が目を開けたようなイメージが浮かんだ。


そして、呼び方が変わった。前までは『燕』と呼んでくれていた彼だったが、顔を合わせると、『あんた』と呼ぶ。そして、何処か、知らない人を見るような目で私を見ていた。


変貌の理由は多分私が彼を袖にしたこと。


何処かそれを後悔している自分もいて、何処か昔に戻りたい自分もいて、でも、コレが正しいと私は思っていて……


自分がよくわからなかった。


取り敢えず、今の彼は危うい。和紙で包んだだけの刀のようなもの。触れかたによっては簡単に指が落ちる。


「出来る限りの経過観察がいるかな……」


あの変化の一因として、彼を見守ると、私は決めた。




お読みいただきありがとうございました。

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