第二十六話 半刻城の鶯
はい、いつも通り遅刻です。
柳葉燕は見た。滑り込んできたバスから降りてくる人影を。
「みんな、手筈通りにお願い。『超越配達』!」
最初に飛び出てきたのは白梅。彼女が転移させた爆薬が爆ぜ、敵軍を途切れさせると同時、搭乗者たちは行動に移る。
「この辺り!?」
「良いよ、やっちゃって!」
茨城が、手元に抱えた荊に包まれた何かを地面に置き、荊を解く。
そこから出てきたのは……
「城?」
「いや、要塞らしいよ?」
要塞のとんでもなく精巧なミニチュアだった。そして長髪を後ろで束ねた少年が叫ぶ。
「『神宿造手』!!」
その手が輝き、触れると同時、その要塞に命が吹き込まれた気がした。続いてブロンド髪の少女がそれに手をかざしつつ叫ぶ。
「みんな、退避して!『異界洗礼』!!」
彼女が出現させた幽象は、ケーキのスカートと錠剤瓶の胴体をした人型であった。
「膨れろ!!」
その幽象の手から白い、小麦粉のような粉が噴出され、それを浴びた砦のミニチュアは、みるみる巨大化し始めた。
「築城時間三十分ってね」
茨城の声に振り向くと、知った顔や知らない顔がその目に戦う意志を宿して立っていた。
その全員が二空学園の制服を着ている。
「やるよ、みんな!!」
白梅が叫び、雄々しい返答が返り、柳葉は目頭を押さえた。
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目が覚めるとそこには、要塞があった。というか、
「何分寝てた!?」
「ほんの一、二分よ。まあ、この要塞ができたからこう言ってられるんだけどね」
「本当に申し訳ないです。ここまで無理させる羽目になるなんて」
「本当ですよ、素人にゃあ荷が重いです」
加藤嬢の謝罪に苦笑いで返しつつ、薄野は体を起こす。
「で、状況は?」
「良い話と悪い話、どっちから聞きたい?」
「洋画の吹き替え版以外で初めて聞きましたよ、そのフレーズ。悪い方からで」
「他のダンジョンでも同じようなことが起こってるらしくて、夜まで耐えなくちゃいけないかもしれない」
「ですかーー」
「良い方は見ての通り。人手が増えて、要塞まで作られたからそのくらいは耐え忍べそうってことかな?」
「そいつは何より」
「殆ど白梅さんがどうにかしたようなものですからね、今の状況。彼女には感謝感謝です」
「そうですか。あいつが頑張ってるなら、こっちもやらなきゃな」
「そうですか、では、とっとと受け取ってください」
そう言って震える手と共にさしだされたのは……
「蛙?」
「『嘲笑蝦蟇』って幽象らしいです。ざっくり自立移動するトランシーバーだと思ってください。早く取って!」
「……アンタもしかして」
加藤嬢が、やや涙目でプルプルしながら掌サイズのガマを差し出すのを見て、思わず指摘した。
「カエル苦手?」
「恒温動物以外が基本的にダメです」
「そらまた守備範囲が広いことで……」
思わず口調を乱しつつ、クール美人はこうやって仮面が崩れた時が至高だなぁ、と悦に入る。
「うし、やるか」
自分ばかり休んでもいられない。サボりをとがめられない程度には働こうと薄野は軽く試合を入れた。
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「薄野だ、俺は何をすればいい」
「やっとお目覚めですか、薄野くん。貴方は最前線で時々飛んでくる今日攻撃相手に壁張りしてください」
「了解だ、白梅」
どうやら白梅が統率を取っているらしい。
最前線に行くと、見知った顔が。数名。戦闘力がない能力のものも、砦に備え付けの大砲で支援をしている。
「確かにこいつは保たせられそうだ」
好戦的な笑みが浮かぶ。
「すまん大将、三番砲台。弾切れだ」
「了解!十送るから撃ち尽くすまでに補充しに行って!工兵班。今の間に壁の補修。満月、五秒後三番砲台辺りに壁張って!」
指示の通りに張ると、かなり強力な遠距離砲撃が飛んできた。
「いい観測主がいるのかねぇ……」
苦笑いしながら。仕事に徹する。取り敢えず
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「(居心地が悪い……)」
加藤麗亜は苦々しい表情を浮かべる。
砦の中の司令室は、そこそこの広さではあるが、それでも人が密集していた。
その様を柱にもたれかかりつつ、彼女は眺めていた。
部屋の中心の大机の上にはここら一体の大きな地図。その上にチェスの駒や将棋の駒。碁石等が置かれていた。
他人が五感で得た情報を受信し、他者に送りつけるアンテナ型の幽象。
得た情報を元に地図上に碁石とチェス、将棋の駒で表して見せる幽象
その合わせ技で、敵の配置と敵の種類を把握しているのだ。
「梔子君。ここの五体ミサイル鹿です」
「了解だ」
猫草が受け取った情報を元に、梔子が駒を並び替える。
「配置的にここら辺かな?狙われるのは。薄野くん!七番砲台まで移動して!」
地図上の駒から、次に起こる可能性の高い事象を割り出し、白梅は手元のカエルの幽象に向かって叫ぶ。
「了解!だが、波状攻撃が来たらどうする!対応しきれんぞ?」
「なら砲台にもある程度迎撃させればいい」
鶴橋型の幽象を背負った少年。鳳がどこからともなくキューブ状のボール箱を取り出す。
「九番砲台にマルチロックの能力持ちがいたよな。このクラスター弾頭でいけるだろう」
「了解、九番砲台砲撃手!今からクラスター弾頭を送ります。鹿のミサイル第二波の迎撃にあたってください」
「了解しました!」
白梅は自身の幽象を出現させ、ボール箱を転送する。
そう、この少女はこの戦場の指揮をほぼ一人で担っているのだ。しかも既に結構な時間が経っている。合間合間で能力を使いながら。
普通ならば倒れてもおかしくないくらい脳を酷使している。当然倒れていないのには理由がある。
人のダメージを他人に押し付ける朱肉を思わせる幽象の持ち主。
肉体を常に健常に保つガスマスク型の幽象の本体。
彼らの能力の組み合わせで、彼女の脳へのダメージをノーリスクで引き受けているのだ。
「(だけどそれでも疲労感は拭きれないはずなのよ……)」
自分より年下のそれも高校生の少女に大役を押しつけてしまっていることに心苦しさを感じているのだ。彼女の強い責任感の発露とも言えるこの感情。それに拍車をかけている存在がいる。
「噛木さん!2時方向!」
「承知した」
それは今働いた同僚。狙撃手として、撃ち漏らしの始末をしている。しかしこちらは棒立ち。適材適所とはいえ、かなり心苦しいものがあった。
「気にしないでください、加藤さん」
「へっ!?」
急に白梅に声をかけられてびくりとする。
「貴方はいざという時に働いてもらわねばなりません。現在結構カツカツで回しているので、想定外が起これば簡単に崩れます。それを防ぐための貴方です。今は待ってください」
見透かされたような言い草にギクリとする。
「それに、不謹慎ですが、今の状況はありがたいとすら思ってます」
そして、婉然とした笑みを浮かべ、白梅はこう続けた。
「こんな有利な状況で実戦経験を積めるなんて。そうそうないことです」
「……了解。いざという時は任せておきなさい」
それだけ返しつつ、加藤は内心震える。
この年でこれなのなら、これからどれほど化けるのだろうと。
「ほれ、加藤。タンクだ」
「あ、どうも噛木」
同僚に声をかけられ、正気に戻る。
同僚である噛木の幽象。『吸水凶弾』は弾丸と、それを治めるガンベルトの象をしている。その能力は、着弾した対象の水分を強奪し、空薬莢に蓄える形で排出するというもの。
その狙撃力と、加藤の能力とのシナジーを買われ、二人でこの指令室を、防衛線を超えて飛んでくる鳥系統の魔物から守っているのである。
「悪いわね、迎撃全部任せて」
「気にするな。これで金もらってんだから」
無表情にそう返される。
「(私もそうなんだけどねーー。今働いてないけど)」
理屈で納得できても心がそれを許さないわけで、加藤は小さく溜息をついて誤魔化すしかなかった。
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