第二十五話 手遅れ故に手をくれ
今回は遅れなし
「今日は一日ホテル内で過ごすように」
との先生様の指示により、ホテルに引き籠ることになった俺たち。
ひたすらトランプに興じるも、そろそろ飽きて、ネタも尽きたため、俺はホテル内を散歩していた。
意味もなくエレベーターに乗り、最上階へ。
「ふむ、絶景絶景……なんてな」
そんな風に嘯きながら遠く。先日演習に入ったダンジョンの方を眺める。
「やっぱり騒がしいよな……」
明らかに木が揺れたりしている。ダンジョンの周りには、獣避けの結界が張ってあるため、基本的に魔獣が外に出てくることはない。しかし、当然例外はある。その最悪の可能性が頭をよぎり、いやまさか、と思い直す。
そんな時である。急にスマホがなったのは。
「はい」
「もしもし、加藤です」
電話の話し手は、見知った女軍人であった。
「お話があるので、ロビーの近くの会議室まで降りてきていただけませんか?」
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「結論から言いますと、スタンピードが発生しましたので、魔獣を押しとどめるのを手伝ってください」
マジですかぁ……と言いかけて慌てて黙る。
一緒に呼ばれた柳葉、白梅も似たような表情である。
スタンピードとは、ダンジョンから魔獣が溢れ出る事態の俗称である。また、獣の集団凶暴化もそう呼ばれる。
代表的な事例は、オーストラリアのユーカリ畑における自己発火と葉の射出。毒性の強化という形で進化したユーカリが原因で起こった大気汚染と大火事。
日本での例は奈良公園の鹿の集団暴食事件などだ。
大抵軍が対応にあたるわけだが、学生に話が回ってくるとは、相当人手がないらしい。
「というか、どっちにしろ手が足りないから頼まれてるんですよね?もう少し状況を説明していただいて良いですか?」
「ごもっともです。では、もう少し詳細を」
白梅に促され、加藤が説明を始める。
「ダンジョンの範囲は演習の際に行ったあの山。あの山の周りに、魔獣が近づくと不快感を感じる結界を張ることで、魔獣の漏出を防いでいるのですが、その結界に穴が開けられていまして。同僚が応戦中です」
「張り直せるのですか?それって」
「ええ、現在本部に連絡し、援軍と補修の機材を持ってきてはいるようなのですが、それでも数時間かかると……」
「つまり、援軍が来るまで持ち堪えるのが今回の目的だと……」
白梅が少し考え込む。
「取り敢えず、俺は行きましょう。選択肢がなさそうですし」
「私も同じく」
「ありがとう」
「あの、すみません」
白梅が手を上げて言う。
「少し、策がありますので何人か巻き込んで良いですか?」
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後から行くという白梅に見送られた俺たちは加藤さん運転の軍用車に揺られている。
「見えてきました、アレです」
遠目に見る限りでは昨日と変わらないように見えるが、明らかに地響き強化が起こっている。
というか、
「なんであんなに山ほどいるんだよ!!」
「そもそも今回の演習には繁殖期の魔獣の間引きって側面もあるのよ」
「つまり今、一番凶暴ってことじゃないですかヤダーー」
思わず頭を抱える。柳葉は眉間を揉んでいる。
「もうすぐよ、耐衝撃姿勢!」
そう言いつつ加藤嬢はアクセルを踏み込み、味方と魔獣の間にドリフトで滑り込む。
「やって!」
「御了解!『透明拒絶』!」
車が止まると同時、最大面積で壁を張る。何体かの魔獣が頭から突っ込んできて、血色の花を咲き誇らせた。
「どのくらい保つ?」
「今のペースなら十分が限度ですね」
「了解!しばし休憩。壁消す時は1分前に通達して」
「了解」
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「ぐうっ……」
脂汗が流れ落ち、頭痛がし始めた。
「やべぇ……1分前です」
「了解!各自戦闘準備!」
周囲の本職たちが幽象を出し、戦いに備える。
「大丈夫?満月」
「なんとか……だが次は保たんぞ?」
「わかったわ。どうせなら膝枕でもしてあげましょうか?」
「確かに心惹かれるが、そんな余裕はねぇだろ……」
冗談言える程度の余裕はあるが、裏返せばその程度しかない。
膝が砕ける。SF調の鎧騎士が空に溶ける。
「(あ、やべぇ)」
体が前に倒れる。鼻からどろっとした液体が流れ出す。
そして……
目の前に滑り込んでくるバスを目にして、俺の意識はブラックアウトした。
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