第二十四話 壁を越えれば覗けるって防犯上どうなの?
またも遅れました更新。
「疲れた……」
思わずそんな声が漏れた。帰り道に戦闘をずっとやらされたためだ。
「さすがにあの回数は異常だろう」
思わず愚痴も漏れるというものだ。本日の予定は終了し、後は入浴と就寝のみ。大浴場に向かったものの、あまりの人の多さに引き返し、ホールのソファでボーッとしているのが現状だ。
「ん?アレは……」
懐かしいものが目に入り、吸い寄せられるように近づき、手をつく。
「格ゲーか……」
あまりやったことはないが、興が乗った。コインを入れ、CP相手のバトルを始める。二本先取のルールで、初戦は必殺技の出し方に四苦八苦している間に差をつけられ、小攻撃で削る方針に変更するも、体力差で負けた。2戦目は序盤で削り尽くし、残り1割の体力相手に必殺技の練習をし、勝った。
「コツ掴んだかもな」
自分らしくない要領の良さに驚きつつ、第3試合に備える。
といったところで乱入者。そのまま対戦するも、二本先取され、負けた。ミスはしなかったが、経験で負けた形だ。
「ぐううう、負けた……」
「いや、私も結構危なかったよ?」
筐体の反対側から顔を出したのは見覚えのある顔。
「兎月か……」
「やあ、久々」
カラリと笑う兎月は別のクラス所属だが、実習先は同じだったらしい。
「強いな、お前。めちゃくちゃ綺麗にコンボ決められた」
「いやいや、しばらく見てたけどほぼ初心者だったんでしょ?だとすればこの腕は以上だよ。僕、結構格ゲーやりこむのにこれで勝たれたら努力の意味を問い直したくなる」
満更でもなさそうに兎月は笑う。
「格ゲー好きなのか?」
「プレイヤースキルが勝利に直結してるからね、レベルゲーよりは好き」
「あーー成る程」
どうやら性能差による力押しはお嫌いな様子。
「レベル制が悪いとは言わないけどさ……そういう意味では彼女もそうなのかな?」
「彼女?」
「ほれ、あそこに……」
見ると、見覚えのある銀髪が……
「白梅か……」
「ボードゲーム系をずっとやってるんだよ。ちなみにあの筐体の前から数十分動いてない」
取り敢えず話しかけてみた。
「よ、白梅何してんの?」
「麻雀。難度高くて勝てない……けどもう少し……」
「へぇ……」
昼間に没頭癖を見ているだけに、金を使いすぎないか心配しつつ筐体を見てみる。あれ?なんか露出多めの服の女の子のイラストが……
「おい、これまさか脱——
「やった、勝ったぁ!」
それと同時にイベントシーン。画面の中の巨乳美少女が、艶かしいボイスと動きでキャストオフ。大丈夫、下着姿で済んでる。
作り込まれてるな……
「…………………」
沈黙が降り、可愛らしいボイスだけが響く。
実在してたんだな、脱衣麻雀。とちょっとした感動に打ち震えていると、女性陣から冷たい目で見られていることに気付いた。
「……どうした?」
「おっぱい星人」
「ハハハ、やっぱり男の子は大きいほうがいいのかな?」
まあ、確かに二人とも大きくはないのは風呂上りで浴衣だからわかりやすい。
どちらも形は良さそうなのだが……って、俺は何を品評しているのだろう。
「というか、なんで脱衣麻雀なんてあるんだよこの施設」
「なんでも、ここのオーナーが創作に出てくる校外学習の宿泊施設をイメージして作ったらしくて……」
「そういえば大浴場も壁の上の方が繋がってたよ?」
「なんて面倒な趣味人なんだ……」
気持ちは分かるのがなんとも……
「取り敢えず風呂入ってくるわ……」
気まずいので、バスタオル等を入れた袋を担ぎ、俺は温泉へ向かった。今ならもう人も少ないだろう。
「あ、逃げた!」
「違うよ、覗きに行くんだよ!性犯罪は銃殺刑だよーー?」
「人聞き悪いこと叫ぶな!」
兎月が叫ぶ。白梅が脅す。これは逃げるだろう、普通。
あと白梅、柳葉にちょっとしたミーム汚染食らってるぞ。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
ありがたいことに、大浴場に人はいなかった。
さっさと体を洗い、湯に浸かる。
「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ……」
我ながらえらい声が出たものである。
壁一枚隔てた先の女湯に、人がいないかと耳を澄まし、物音がないことにホッとする。
空を見上げると、満月。一人温泉で月をみる。なんとも風情のあるシチュエーションだ。
「月が綺麗ですね」
「死んでもいい……とは思えないわね」
独り言に返事があった。
「盗み聞きとは趣味が悪いぞ?」
「耳に入ったんだから仕方ないでしょう。こちらとしても騒音に対して思うところがあるのだけれど……」
「何を言うかー、俺の美声に対してー。俺が傷ついたら大変だろー」
「まあ、傷が付いたところで迫力は出なさそうだものね。あと幾ら美声だったとしても、汚い声は汚いのよ」
「そのツッコミは柳葉かーー」
「突っ込まれて判断したの?もしかしてうん、やめておくわ」
「急にやめんなよ。気になるだろうが」
「茨城さんの電波を受信しただけよ?」
「うん、聞くのはやめとこう。想像もつくし」
「賢明ね」
お互いリラックスしているからか、声がちょっとゆるい。
「というか、こんなに隣の音って聞こえるもんなんだな……」
「まあ、人が多いと単に騒音としか聞こえないしね……」
「下手に猥談できねぇな……」
「そんなのそもそもしないでほしいのだけれど?」
「いや、壁一枚挟んだところに異性の体があると考えりゃ興奮するだろ、思春期なんだから。そういうそちらとてサイズ比べとかするんじゃねぇの?何とは言わんが」
「…………身の危険を感じるから帰ってくれないかしら」
「やだよ。こんなゆっくりできる機会なんてそうないやろ?」
「相当気が緩んでるね……素が出てるわよ」
「どの口が言うか……。まあ、自覚はある。あと、脳と口が直通モードだから下ネタもノンストップに成りかねない」
「マジでやめて」
「湯船の水って男湯のも女湯のも最終的に排水溝で混ざり合うわけやけど、これって実質SE——痛っ!?」
風呂桶が降ってきた
「なにしてくれとんの?」
「自業自得。というか君そんなだったかしら」
「高校男子なぞこんなもんよ。というか、よくピンポイントで俺の脳天打ち抜けたな……」
「ああ、加藤さんの索敵術を試してみてるのよ」
まあ、双方水に関する能力だ。学べるところもあったのだろうと満月は納得する。
「そいつは実りのある結果になって良かったよ」
「そうね」
「ところでそれって今、俺のボディーライン把握してるってことにならない?」
「…………」
「なんか言えや」
ふたりで緩く会話しつつ、湯につかる。
「なあ、今回の件」
「何?」
「このまま終わると思うか?」
「……終わって欲しいところだけどね」
「まあ、———
ここで声を揃えて二人は言う
「「お互い疫病神気質だから」」
思わず吹き出すふたりだが、笑い事じゃないと思い直す。
「まあ、覚悟だけしとこうか」
「そうね」
それきり二人は黙り込み、湯を楽しんだ後めいめい上がって部屋に戻った。
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