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歪の頂  作者: たかはし?
5/5

1-5 水 骨 人



(聞こえた!?今のは…お前がしゃべっているのか!?)



 無い胸が高鳴った。

 何かが聞こえた気がした私は、思わず攻めるような声で叫んだ。

 …声が出ないので、結局心の中で言葉にするだけなのだが。



[ タ   イ コ ^  s‘ r  ル   イ タイ]



 だが、返って来たのは返事とも呼べないような…どこか苦しそうな、うめき声にも似た何かだった。

 ただその中で一言。「痛い」、と。そう聞こえた気がして、私は思わず手を引いた。

 


(申し訳ない、痛みがあるのか…大丈夫か?)



 しかし、返事は無い。それどころか、先程の声のような音も聞こえなくなった。

 …気のせいだった?いや、そんなはずはない。はっきりと聞こえていた。

 雑音に邪魔されたようにはっきり聞き取れない部分はあったが、確かにあれは声だった。

 だがそれから幾ら待っても、幾ら眺めても、幾ら呼びかけても、やはり何も返って来ない。


 …仮説はある。二つ、恐らくそのどちらかだろう。

 1つ目。触れていたから、聞こえた。

 反応が無かった事から、同様にこちらの声が聞こえていたかと言われれば定かではないが……この可能性はかなり高いように思う。

 もしくは、2つ目。触れている間だけスライムが話しかけてきていた。

 つまり、触れた事で私に気づいてコンタクトをとってきた可能性だ。

 視覚がない?全身が水のような存在なのだから、そうであってもおかしくはない。

 だが、一度触れたのだから…手を離した直後は、まだ近くに居るとわかるはずだろう?何故離した時点で無言になってしまう?

 どうも違和感があるが、無いとは言い切れない。


 どちらも違うのであれば、偶々私が触れている間だけスライムが喋った…と言う事になるが、まあ無いだろう。

 今、私が居る場所には数えきれないほどのスライムが居る。パッと見た限りではほぼ全てアメーバスライムのようだが…

 もしこれが偶然であれば、他のスライムが話している声が何処かから聞こえてくる方が自然だろう。

 逆に、偶然である可能性を省くならば…どちらにしろ私が触れていれば、また話しかけてくる可能性は非常に高いと思えた。


 だが…もう一度、触る?

 …気がかりなのは、先程聞こえてきた中の単語。イタイ。痛みを感じていたのだろうか?

 形を自在に変える事のできるスライム。先程だって私の骨の指は、水に入れたように抵抗なく分け入っていた。指を引く時、少しだけ粘り気を感じた程度だ。その体、刺されると、痛いのか?わからない。

 だが、痛みを感じているのだとしたら……非常に悪い事をしている気分になる。


 話をしたい。それは、私のわがままに他ならない。相手に痛みを与えてまで、するべき事なのだろうか。いや、しかし…

 私には圧倒的に、情報が足りない。この、話せているのかいないのか、聞こえているのかいないのか、なんとも微妙なまま次に進むのは違う。…気がする。

 やはり、もう一度試そう。

 痛みを与えているのは私かもしれない。しかし、だからと言ってここでやめるわけにはいかない。とにかくまずは、何か確信的な情報が得られるまで試してみよう。私の指に痛みを感じているかもしれないなら……いや、だからこそ、躊躇わずに。もう一度同じような声が聞こえても、とにかく語りかけてみる。会話の可否に確信が持てない限り、三度目のチャレンジはしたくない。だから躊躇わず、思いっきり、しっかりと。この一度で見極められるように。…だが可能な範囲で、早めに切り上げられるように。


 あの時一度捨てた、そしてその後もう一度手に取った、こん棒代わりの骨。

 つついてみるが、やはり声は聞こえない。

 やはり直接触れるしかない。そう思って、私はもう一度指を突き立てる。

 触れる瞬間…私が望んだ答えはどちらだったか。

 聞こえて欲しいのか、聞こえないで欲しいのか。それは自分でもわからないまま。





 …結果から言えば、会話は成り立たなかった。

 触れる事でやはり声のような物は聞こえたが、一方的に思考が流れ込んでくるだけで、幾ら呼びかけても返答はない。聞こえているのかどうかもわからない。もしかしたら、やり方が違うのかもしれないが…私には念じる以外の方法が思いつかなかった。

 返ってくるのは苦しそうな声ばかり。

 聞き取り辛い部分も多かったが、試している間に聞こえてきたのはだいたいこんな内容だった。



[イタイ、イタイ、イタイ。シニタクナイシニタクナイシニタクナイ。イタイ、イタイ、イタイ。シヌシヌシヌ。イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ。]



 そして最後に、『シニタイ』と。

 そう聞こえた時、私は悪寒がして、手を引いた。

 

 結局、成果は得られなかった。

 それどころか…


 私は、冒険者として生きて来た半生を思い出していた。

 思い出せばそれらはずっと、モンスターを殺し続ける人生だった。


 スライム。

 出会えば必ず殺す。斬っても突いても効果はない為、魔法を使うか衝撃を与えて飛び散らせるかのどちらか。作業のように簡単。簡単な作業。潰して、潰して、潰して。

 今までそれらを命だと思った事など、一度たりとも無かった。

 スライムは人を殺す。だから人もスライムを殺す。それが普通だと思っていた。相手が命であるかどうかなど、考える事ではなかった。考えては、いけなかった。

 「痛い」?「死にたくない」?「死にたい」?どっちだ、結局。どっちだったんだ。

 それらは偶々呟いた、意味のない単語じゃない。スライムには知性がある。痛みを訴えるだけの知性が。

 

 違う。スライムだけじゃない。

 そもそも私は今、モンスターで、スケルトンなんだ。

 出会ったスケルトンに、人としての意識があるだなんて…考えた事があっただろうか。

 生前の人格が宿ったまま、人を襲いたくない、人に襲われるのが怖いと思いながら寂しく、暗闇の中でずっと、その時を待ち続けて。

 そんなスケルトンを。人々を、私は斬ってきた。殺してきた。私はなんの躊躇いも無く殺して来たんだ。




 頭の中の何かが、切れた。


 夢から覚めたような気分だった。

 いや、違う。心地よい夢を見ていたのに、無理やり起こして現実を見せられたような。

 そんな。






 自分の姿が骨だと知った時。

 驚いたと同時に、自分は特別なんだと思った。

 自分だけが特別で、例外なんじゃないかと。

 私だけが、人間だった。私だけが、何か原因があって骨の体になってしまったのだろう。

 そうであって欲しいと、思った。


 でも、違った。スライムにも意思があった。勘違いであってほしかった。でも、確かにあった。

 なら?きっと、スケルトンもだ。私だけじゃない。今まで私が斬って殺してきたそれらにも…………

 この姿は、じゃあ、報いなのだろうか。

 私が無自覚に奪ってきた命と、自覚しながら数えて来なかった命。殺してきた元人間たちからの、言葉なき呪い。

 お前は沢山斬ったじゃないか。次はお前が斬られる番だ。そう、言われている。

 なら私は、あと、何回。何回死ねば、許されるんだろう。この骨の体は、あと何回殺されれば。

 幾百、幾千、幾万。私が殺してきた魔物の数と同じだけ…

 しかしスライムは何もしない。

 痛みを与えた私に、なんの仕返しもしてこない。

 私が人間だった時なら、敵意を向けてくるはずなのに。動きが鈍くとも人の体にまとわりついて、目や鼻を、全ての穴をふさぎ、シめるように殺しに。だが私には、痛みを訴えただけ…なんの報復もしてこない。

 私はやはり、モンスターになったのだ。間違いなく。モンスターだとみなされたんだ。

 

 私を殺すのは、人間。人間に殺される事に、意味があるのだろう。人間だった私が、人間に殺される事に。

 殺されて、それでも死ねず、何度も生き返り、そのたびに殺されて…いずれ、私が良く見たスケルトンのように、人を襲うように…なるんだろうか。

 憎しみに負けて、人であった事を忘れて…私も、人を襲うんだろうか。


 イヤダ。

 嫌だ嫌だ嫌だ。

 私は何故こんな姿になってしまったのか。

 何故、私だけが。だって、誰だってやっていた事じゃないか。魔物を殺す事なんて、当たり前にやっていた事なのに…なんで、私だ。

 こんな体になって、これからも孤独と憎しみを抱きながら、いずれ他の魔物と同じように、人を呪う存在になり果てるなんて…


 もしかしたら私は。

 これからどうやって生きて行こうとか、そんな事よりもっと別の事を考えるべきなんじゃないのか?

 人間に戻れるかなんて考える前に、やるべき事があったんじゃないのか?

 ………どうやったら、この死の繰り返しをやめて、本当の意味で…死ねるのか。

 誰かを殺す前に、誰かを呪う前に。

 イタイ。イタイ、イタイ、イタイ。シニタクナイシニタクナイシニタクナイ。イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ。


 シニタイ?


 骨しかない腕が、冷たい。肉がない。血も無い。人ではない。

 きっと私の心も、いずれ私の物ではなくなる。冷たくなる。この腕と同じように。

 恐ろしい。自分の存在が。

 私は、消えてなくなり



 「      」



 声が聞こえた。

 私はいつの間にか、腕を、体を抱える様に蹲っていた。

 スライムの声?違う。もっと違う、優しい、温かい響きの。聞いた事がある声。

 鈴の音のような…

 楽器を奏でるようなその声。


 顔を上げると、金色の光が洞窟を照らしている。

 松明の炎のように少しだけ朱い、黄金の色。

 金の髪の、天使。

 洞窟の外から入る逆光に照らされて、金が靡いた。





要約:


スライムがシニタイって言った。

自分も殺してきたスケルトンとあんま変わんない気がして来た。

スライムがシニタイって言ってる意味がなんとなくわかった。

私に天使が舞い降りた。

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