1-4 同じ洞の魔物
スライム。
不定形の魔物。
生まれてすぐのものは成体とは大きく違う特徴を持ち、『ベビースライム』や『アメーバスライム』とも呼ばれ、水に近い液体の体をしている。
アメーバスライムは斬る事ができないと言う難点を除けば、さほど対処が難しい相手ではない。
動きはかなり遅い為、寝こみを襲われたりしない限りは訓練をしていない村の青年一人でも軽く対処できるだろう。性格もモンスターにしては温厚で、間違って踏んだり驚かせたりしない限りは、まず攻撃してくることはない。
そんなイメージの為か、初心者御用達の雑魚モンスター代表と言われがちだが…実際は、一般に知られている程弱いわけではない。
成長するにつれ機敏になり、防御面に優れ、攻撃のバリエーションが増える。打撃はもちろん、魔法を使ったり、毒や酸などの体質変化、さらにはその個体特有の能力を手に入れたり……と、非常に厄介なモンスターとなる。これにやられる初心者の冒険者は多い。
『スライムは子供の内に殺しとけ』なんていう、なんとも物騒な格言があるくらいだ。
あれから、何時間経っているだろうか。
私は今まさに、アメーバスライムとの異文化交信真っ最中だ。
…ただし、返事はまだない。
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冒険者パーティーをやり過ごし、疲労感を拭えない私は落ち着ける場所を探した。ダンジョンの比較的浅い部分を歩き回って、だが結局、あの時の横穴の先に落ち着いた。少し入った所に一つ、更に奥にもう二つ広めの空間があったが、その中にモンスターの姿が無かったからだ。
一度眠るつもりでいたのだが、どうにも寝付けずに色々な事を考え続けていた。人や魔物と簡単に意思疎通できる方法はないのか?私は生きたまま何かしらの呪術などで魔物になってしまったのか?それとも…………死んで、この姿になったのか?元の人間に戻る方法は?
自分の中で答えが出せる問題では無いとわかっているのに、ぐるぐると思考を巡らせ続ける。不安だから寝付けないのか、ここが洞窟だから落ち着かないのか、それともそもそも、アンデットは眠らないのか。それすらもまた、考え始めて…
今は、眠れない。そう結論を出した私は、とりあえず動く事にした。即ち、危険度の低いモンスター相手に、対話できるのかを試す作業だ。
本心を言えば、一番良いのは自分と同じスケルトンを探して話しかける事だろう。だが、私が意識を取り戻した場所を中心に探していたが、スケルトンはおろか、アンデットモンスターの一匹も出会うに至っていない。
あの一帯は大量の骨で地面が埋めつくされていた。見た事も無い異様な光景に、私はすっかりあの場所自体がスケルトンの発生場所なのだと思っていたが…違うのだろうか?それとも生まれたスケルトンは既に退治されたか、別の場所へ行ったのか。何処へ?洞窟の外か、もっとずっと奥か。わからない。私だけ目的地もわからずここに残っている事も、一度死んだと思ったのにもう一度目覚めた理由も。今の私にはわからない、知る術もない事柄が多すぎる。
だが、そうやって膝をかかえ考えに耽っているのは楽だが、いずれまた人と出会う。それに、別のモンスターとも出会うかもしれない。
無い物をねだるくらいなら、自分の足で探しに行くべきだろう。まず手始めに、洞窟の入り口近くで大量発生していたスライム達、あれも種族は違えど同じモンスター同士だ。
対話ができてもおかしくないのでは?そう思い立って辿り着いたのが先程。そして見つめる事数分。触れようと決意したのが、つい先ほどだ。
モンスター同士での争いは存在するが、人間とモンスターとの間に起こるそれは根底から違う。
モンスター同士は共生する事ができる。人間とモンスターは、共存できない。
私はその理由を知らないが、現状に必要なさそうな知識なので考える事も無い。
今大切なのは、モンスターは種族の垣根を越えて共に生きる事ができると言う事実。ならば意思疎通ができる可能性は十分にある。…絶対にできる、とは言えないのだが。
だが、今の所全く成果が無い。
いざアメーバスライムと出会っても、私に何か妙案がひらめくと言う事は無かった。
話しかける声を持ち合わせていないし、相手から話しかけられる様子もない。超音波やら低周波やら、モンスター同士しかできない何かしらの通信方法があるのでは?と思ったのだが、人間だった私にそれがわかるはずもなければ、相手からそれらしい信号が送られてきている様子も今の所ない。ならばアイコンタクトはどうか、なんて考えた自分の間抜けさに悲しくなってくる。冷静に考えればできるはずがない。あっちにもこっちにも目が無いんだから。
…そうだ。スライムなんかよりもっとずっと前に、もう一つ大切な事がある。
私自身が…スケルトンがどういう存在なのかについて、ここらで真剣に考える必要があるだろう。
スケルトン。
アンデットモンスターで、回復魔法に弱い。
どうやって生まれるのかは不明。洞窟や墓、古い施設等で確認される事が良くある。よく一所で集中的に発見されるが、そこに沸いているのか他から集まるのかも良くわかっていない。
死んだ人間のモンスター化とも言われるが、近隣で死んだ人間の数よりそこで発生したスケルトンの方が多かったなんて話もある。生物と同じように骨が繁殖する……なんて話は聞いた事も無いし、想像もできない。それでも増える。本当に謎が多い。
あまり知能は高くない。武器や防具を装備する者もいる。見た目が同じでも魔法を使う個体は生活や戦闘において知性が高いのではないかと言われ、別のモンスターだと区別される。
…ざっと知っているのはこのくらいだ。
だが、いざ自分がなってみると、なんとも謎の多いモンスターだと自分でも思う。
まず感覚器官。そう、先にも述べた通り、私の体には目が無い。だが私はちゃんと、視覚がある。
己の頭蓋骨、その目が本来あるべき部分。眼窩と呼ばれる穴の位置から、私は確かに見ている。
横穴の中で考え込んでいる時、ふと気になって、この穴に触れようと恐る恐る指を伸ばした。
結果、何にも触れる事は無かった。空洞だった。指を入れた分、私の視界が歪みはしたものの、起こった出来事と言えば本当にそのくらいだ。
意識すれば灯りの無いこの暗闇の中も、暗いながらハッキリと見えている。
鼻は言わずもがなだろう。私が目覚めた時ここが洞窟だと把握した際、土の匂いをしっかりと嗅いでいる。勿論骨なので、人らしい鼻は無いが。
聴覚も同様に確認済み。耳にあたる部分がどこなのか、骨の頭蓋骨をまさぐっても、それらしい場所がわからない。が、確かに耳の当たりで聞こえている。これはもう意味がわからない。
壁を触ったり土を踏んだり、歩くと体を空気が撫でたり。触覚が骨に備わっていると言うのだろうか?否応なく人間の体と違う形だと実感させられて気分は重くなるものの、これだって確かに備わっている。
試してはいないが、味覚も恐らくあるだろう。洞窟の空気が入って、少しだけ口の中を汚すような苦さがある。舌が無いのに味を感じているのかもしれないと気が付いた時、もはや私はこの不思議な体が人間とかけ離れ過ぎているのだとわかって、どうにも笑ってしまった。
だがこんなのはまだ序の口だ。
一番の謎は、なんといっても『どうやって体が動いているのか』と言う点についてだ。
人体には骨が無数にある。だが、骨同士が直接つながっているなんて事はない。
靭帯。もしくは筋肉と健を中継して繋がっている。
人間は、そう言った骨につながる体のパーツを動かす事で全身を動かしている。逆を言えば、自分の意思で、他の部分を使わずに骨だけを動かす手段なんてモノを、人間は持ち合わせていない。……ならば、ならばだ。他のあらゆる人体に必要な物質全てが失われており、骨しか残っていない私の体はいったいどうやって動いているのか。立っているのか。歩いているのか。私の知識の中に、これらを説明できるような知識はない。
それと並行して語らなければならない摩訶不思議な事実がある。
筋肉が存在しないのに、骨が人の形を保っているのだ。
浮いている、と言って相違ない。全身の骨は、確かに浮いている。
足首。膝。股関節。背骨。肩。肘。手首。指。首。頭。
喉と言うか舌の辺りにも、他とは独立した骨らしき物がぷかぷかと浮いている。全身の骨同士は微妙な隙間をあけながら、互いに強くこすり合わせることなくそこにあった。
そのくせ、私の体が全て浮いていると言う事も無く、二本の足で地面を歩かなければ前に進む事はできない。
謎なのだ。私の体は今、物理法則ではどうやっても説明できない謎の理論で動いている。
だが、それは逆にある仮説を強く裏付ける事実となる。
この体を動かしている物、それが物理法則ではないとすれば、魔物の法則…魔法に他ならない。
魔法とは、素質を持った極稀な一部の人間が使う事のできる、物理法則を超えた力だ。
私は魔法にそれ程詳しくは無いが、人類が想像できないような幾つもの奇跡を起こす力だと言う事は信じて疑わない。魔物が使う忌むべき力であり、それと同時に、人類が魔物と対等に戦うためには、必要不可欠な力。
そう。私の体は魔法の力で動いている……と、一言でまとめて納得する事は…私は、できない。
魔法に詳しくは無いが、そんな私でもわかる。
魔法は無限の可能性を秘めてはいても、無限のエネルギーをひめているわけではない。
私がいずれ電池切れを起こして、他の骨と同じように地に伏す事もあるかもしれないが…そもそも、もう既に数時間、それも一度倒れてからもう一度立ち上がっているのだ。魔法の力をどこかから供給している、と考える方が納得できる。
魔法が無秩序に災害を起こすケースと言うのは、非常に稀で、尚且つ非常に大規模だ。スケルトンを生み出して、命令も無く自立思考させる?そんな事があるのか?恐らく無い、と言いたい所だが…それだと自然発生するスケルトンについての説明がつかなくなる。だから、可能性はある。ここに一体しかいない事を考えれば、可能性は低いように思うが。それでも、絶対にないとは言えないだろう。
ただ、もう二つだけ、可能性を考える必要はある。自然発生以外の方法で、私がこの姿になった場合。
私自身が何らかの魔法を自分に使ったが、それについての記憶を失ってしまった。この場合は、この魔法の供給源は私だろう。
だが、魔法の知識に乏しい自分がそんな事が出来たのかと言えば、かなり怪しい。
あとの一つはもっと簡単だ。私が、より上位の存在。今回の場合、上級アンデットモンスター等に生み出された場合だ。
そう、アンデットモンスターは自然発生する以外にもアンデットモンスターが使う魔法等で召喚とやらができるらしい。その場合、この魔法の力の供給源は、私を作り出した、もしくは呼び出したその上位のアンデット、と言う事になる。………その姿を確認できない為、これも可能性は低そうだ。
…ああ。結局の所、いくら考えても答えが出ない。
どれもあり得るが、どれも可能性は低そうだと言う、なんともすっきりしない結論しか出て来ない。
もし誰かの意志が介在していながら、理由も説明されずこんな暗闇に放り出されているのだとしたら、私はその相手を恨む権利があるだろう。
せめて、指南書くらいは置いておいてくれ。
架空の上司に愛想を尽かし、思考を放棄した。
いつか起こすかも知れない電池切れを怖がるくらいなら、今は自分のこれからの事だけを考えよう。そう決意を改める。
駄目で元々。骨の指を、アメーバの中に突き刺した。
[イ @p イタ ¥ ; ]
要約:
寝れなかった。
入り口でスライムと会ったけど話せなかった。
たしか子供スライムは雑魚で、成人スライムは厄介だった。
指つっこんだらなんか聞こえた。