1-3 人骨スイングバイ
スケルトンは基本的に素手。だが思い返せば、武器防具を身に纏った輩も居た。
別の名前を持ったモンスターとして扱われていたように思うが…私は今、この骨を装備した事によって別のモンスターになったのだろうか…………?
敵として、獲物としての魔物の事は良く知っている。そのつもりだったが…生態は全くわからない。まあ、今はもっと優先すべき事があるから、自分の事はもっと余裕ができた時にでも考えるとしよう。
さて、そんなどうでも良い事より現状についてだ。
モンスターに出会った場合、可能な限りまず対話を試みる事から始めてみよう。
冒険者だった頃は出会えば戦闘、問答無用で命の奪い合いだった。だが、今は違う。私はモンスターの姿をしている。これが利点になるか欠点になるかはまだわからないが、これは考えるよりも実践していく他ない。
とにかく情報が集まるまで、私はモンスター相手にも見の姿勢を貫こうと思う。人の見た目を失い、ただでさえ味方が少ないであろう現状、こちらから敵を作るような、敵として認識されるような牽制行動や先制攻撃は無しの方向だ。
前回出会った少年少女パーティー。彼らの言語を私は理解できなかった。恐らくは私の知らない言語だったのだろう、と思うが……なにせモンスター事情など、生まれてこの方聞いた事は無い。『モンスターには人語が理解できない』なんて埒外の可能性も真剣に検討してしまうのは、恐らく今の自分が置かれている現状が異常だからに他ならない。だが、無視出来ない可能性だ、と言う程度に今はとどめておこう。
これらを検討するには、やはりモンスターと会話ができるのか等の情報を集めていく事が最善だろうと思う。
なので、やはり安全を確認の上で、まずは弱いモンスターと遭遇し、会話の可否を確認する所から始めよう。
これで、最初の目標は定まったと言って良いだろう。
次にもう一つ、行動を起こす上で決めておくべき事がある。
もう一度、人間と遭遇した場合だ。
まず前提として、人を傷つけたり殺してしまうような事は極力避けたい。
相手が冒険者であれば、魔物を殺す事は至極当たり前のルーチンワークだ。それが私にとって今は非常に厄介ではあるが、人間としての自分は、彼ら冒険者のその判断を間違っているとは言わない。
なので出会った場合、相手は私の事を敵として認識し、最悪の場合は討伐目標として殺そうとしてくる事まで想定しなければならない。と言うか、その可能性の方が高いだろう。
自分の身の危険と言う意味でも、そして、相手を傷つけたくないと言う意味においても、私は人間相手に戦いたくはないのだ。
相手に、こちらには戦意が無い事を伝えると言うのはどうだ?
…………どうやって?
武器を持たない、と言うのはどうだ?いや、私は最初から武器を持っていなかったが、それでも襲われているじゃないか。武器の有無に関わらず、私はモンスターとしてしか見られていない。
なら、みすぼらしく命乞いでもしてみようか?
…いや、これも悪手だ。何を言おうが関係なく、慈悲なく殺される可能性が一番高い。そもそも命乞いをしようにもこちらは声が出ないのでその意思すら伝えられない。ましてや伝えられたとして、何かの罠だと勘繰られ、結局の所…躊躇わず、一思いに、殺されるだろう。自分が冒険者の立場だったら、恐らくそうする。
まあそれこそ、そのつもりならば意思疎通ができる手段から探さなければいけない。現状では却下。相手に伝わるかどうかもわからない命乞いをするくらいであれば、逃げた方がいくらかマシなはずだ。
そうでもないか?
声が出なくとも伝える方法はあるのではないか。例えば、筆談のような。
恐らく文字は伝わらないと思う。彼らの話していた言葉がわからなかった私が、文字を書いたとしてそれが彼らも知っている文字である可能性はかなり低かっただろう。試してみる価値くらいは有るかもしれないが、望み薄とみるべき案だ。
それならばそう言った知識が無くとも伝わる物を………絵を描く、と言う手段があるではないか。
幸いこの洞窟の壁は土壁だ。練習がてらに描いてみよう。
まずは文字から。
そう思い指で壁を擦る物の、ほんの少土を削りはしても、削った後の壁には線の一つも残って見えない。少々書き物をするには硬すぎるようだ。崩れずに洞窟として形を保ち続けていた事を考えると、土とはいえどそれなりの硬さが必要だろう。理解はできるが、残念すぎる結果だ。
もっと強く、何度も削ればあるいは。しかしそうなると、今度は指が耐えられるのか…
いや、待て。あるではないか。指よりも適していそうな物が。長く、硬い、力をこめられそうな物が。
私は骨の山の中から、出来得る限り先が尖っている物を選ぶ。…………これは肋骨、なのだろうか?先端に向けて尖っている姿は近い気がするが、異様に捻じれているのが非常に気になる所だ。腕の骨よりも短く、潰れたように稲妻型で、二本の骨を渦上に巻きあげ、木のように太さを不規則に変えながら、先端に向けて細くなる、なんとも奇怪な形。少なくともこれは人間の骨ではなさそうだ。だからと言って、この形の骨がどういう生き物の中になら入っているのかと聞かれると、全く想像がつかない。…これは本当に骨なのだろうか?
いや、今はそれはどうでも良い。小さな刺突武器としてなら使えるかもしれないが、あまり持ちなれない長さの武器は感覚を狂わせる。予備武器として携帯するのはやはり先程の骨の方が良いだろう。
今回限りだが、役にたって貰おう。そう思いながら、壁に突き立てて力を入れながら滑らせていく。
一度で目に見える線になる部分もあれば、そうでない部分もある。そもそも土壁の凹凸のせいもある。文字として読みにくい部分は二度三度同じ場所を繰り返し削る事で強調した。
時間をかけて、ゆっくりと。洞窟の壁に、人間に向けてのメッセージをしたためた。
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……………ヒドイ。
ひどいとしか言いようがない。
自分の所業だと思いたくない。
『ワタシ、ヒト。タタウイシ、ナシ。ドウカ、ナカヨク。』
…削りにくかった事もあり、極力文字数を減らした。
それでも人間に対して有効的なメッセージになるであろうと、書いている最中は、そう思って作業していたのだが………なのに、なんだこの、怪しい文章は。いかにも言葉を話せない魔物が書いたような、怪しさをにじませる、たどたどしい文章は。一文字書き忘れてるし。
かけた時間に対して、結果がこれでは…。
ええい、有効な手段ではないかもしれないと最初から理解していたはずだ!他に手段がないと決まったわけでもない、そう悲観する必要もないだろう。
そうだ、他の方法…絵を書いてみよう。文字という、なまじしっかりとした正解があるせいで、それに近くかけない事が悪評価に直結するのだ。もっと自由な、正解のない絵ならば、これよりはまともになるはずだろう。
結局書くのは堅い洞窟の壁。少し不格好になるかも知れないが、この際それはご愛敬だ。ここに居座るつもりも無ければ、人間を招くわけでもない。練習だと思って割り切ろう。
イメージは、先程出会った四人パーティーの冒険者だ。
性別、髪形、服装、武器、そして顔の特徴
人が識別できている事を伝えられたら、私が意識のある人間だと気が付いて貰えるかもしれない…と言う淡い期待が湧き上がって来た。
剣士と思われる、活発そうな茶髪の少年。この中では一番背が高い事もあり、自信に満ちた力強い印象を受ける目をしていた。
少し動ける程度には鍛えていたが、それでもまだ優男と言った方が納得できる細身。
要所を金属の部分鎧で守っては居るモノの、それで防護が足りる程足さばきが上手いわけでもなさそうだった。
斥候らしき者は…恐らく少年。色素の薄い若干の緑色をした髪が肩上まで伸びており、顔立ちも中性的に見える上口元を隠していたので、断定はできない。
やせ型で低めの背も相まって、体捌きが悪くないものの、大した戦力としては期待できそうにない存在。身軽さを追求したのか鎧の類は一切つけておらず、革と布の品だけで全身を覆っている。
魔法使い。黒髪に眼鏡の、一番背が低い少女。
ピンクを白で切り分けながら縁取りしたような姿。機能的には全く必要そうにないフリルや、首・腰、手首等様々な個所に大小のリボンが備わった、隠密と戦闘からは真逆の方向へと突き進んだ奇抜な恰好。彼女の手に握られた杖とも呼べない短めの杖は、服と同じくピンク色を主軸に白と黄色で彩られた人工的な細工で、有ろう事かこれにすらリボンがついていた。先端にもピンク色の色ガラスのような物があしらわれ、全身全てが全力で存在を主張してくる冒険者らしからぬ出で立ち。
回復職の少女は、髪は長く広がり、明るい色をしていたように思う。
後方であまり主張をしていなかったせいか光が照らしきれず、こちらから顔立ちまでは見えなかった。修道女のそれらしい服をベルトや縫い付けるなどのアレンジで、動きやすくしたらしい服装。一言二言しか発していなかったが、その声が小さかったにも関わらず、距離のある自分まではっきりと聞こえて来た事は印象に残っていた。
一人一人、思い出しながら書く。少し簡略化が必要だったが、これはなかなかの出来だと思う。文字では失敗したが、絵の才能には恵まれているらしい。…ほんの少しだけ、頭をチクリと刺されたような小さな違和感があった。いや、今はそれよりこの絵だ。
服装や特徴等、気が付いた所を書き足している途中。
唐突に。それに気が付いた。
音だ。
また、音がする。
今度は…方向もすぐにわかった。
先程とは逆方向だ。
一方は緩やかに降り、もう一方は緩やかに上り。音が聞こえるのは降り方向から。あの時聞こえて来たのは昇り方向からだったので、逆。
迂闊、と言う言葉では足りない。浅はかだ。私は一つ思い違いをしていた。
自分の感覚を信じられないのなら、どうして『数日間意識を手放していたような気がする』と言う感覚には疑問を持たなかったのだろう。
いや、違う。疑問の持ちようがなかった。だってそうだろう。アンデットモンスターが、スケルトンが、倒されてからその数分か数時間の内に目を覚まし、先程と変わらずまた歩き始めるだなんて、誰が想像できる?倒せば終わり、だと思っていた。それらの魔物が独力で蘇る姿等見た事はないし、ましてそう時間をおかずに復活するなんて…異常だ。
そんな事は今、どうでも良い。あの時と同じ緊迫感が胸と、頭を支配し始める。
結論を述べよう。
あの冒険者4人パーティーだ。間違いなく。
彼らは私を炎の魔法で倒した足で、そのまま奥へと足を進めた。
彼らの装備を思い返せば当然の事だ。食糧等、長期にわたる冒険を想定した装備をしていない。ここは彼らが拠点とする場所から程近く、それどころか補給の必要すら感じない程に、短時間で探索が終わる程狭いダンジョンだ。多く見積もって2時間。いや、私が考え事をしていた時間も含めれば、彼らが去ってから数分後には目を覚ましていたのではないだろうか。
洞窟の奥まで進めば、後はどうする?抜ける先があるわけではないのだから、来た道を戻るしかあるまい。
彼らは今、洞窟探索を終えて戻ろうとしている所だ。
このままだとまた………また!
早くなんとかしなければ!しかし、どうすれば良い?今の所有効な手段は全く思いついていない。逃げるしかないか?どこへ!?彼らが来ている方向とは逆。風の音を感じる方向。上り。洞窟の入り口があるであろう方向。
先程とは違う。傾斜はあるが、遠くまで見通せる。遠方にその姿を、その灯りを確認した。4人の冒険者、先頭の少年。斥候。回復役の少女。そして………魔法使いの少女。
駆け出していた。盛大に音を鳴らしている事すら気にせず、とにかく全力で走り始めた。
幸い相手にまだ私の姿は見えていなかったらしい。即座に追いかけてくると言う事はなかった。だが、時間の問題だ。警戒しながらなのだろう。私の後ろから、歩くよりは慌ただしく、走るよりは冷静な足音が幾つもついてくる。
先程は彼らが姿を見せた際に曲がった、あの急な曲がり角を曲がる。壁に手を当て、無い体重をかけ、とにかく少しでも早く前へ。
だが、曲がってすぐの所で私に選択を迫る状況が訪れる。
二本の分かれ道。一方はそのまま上り。もう一方は脇道、少し下り。出口は上りだ。私はほんの少しの時間の後、上りの道を走り出す。何かの役に立てばと、絵描き用の骨をもう一方の道に捨てて。
走る、走る。走った。
そして、立ち止まる。………これ以上、進めない。
道の先、灯りが見えて来た。まだ後ろの足音とはかなりの距離がある。今からでも…先程の分かれ道を別方向に入る為に戻った方がいいだろうか?いや、今それ以外に選択肢はない。
このまま進むには、洞窟の出口…スライム群地帯を抜け、陽の光の元へでる必要がある。
スライムは敵か?脅威たりえるか?陽の光がさしているこの大きな空間、美しい。後ろの足音が少しずつ。行けるか?危険すぎる。スライムが?スライムもだ。だがそれ以上に、だ。…この体で、陽の光を浴びて、問題はないのか?
陽の光を浴びて歩くアンデット?私は聞いた事が無い。彼らは大抵、夜か、昼でも暗くジメジメとした所に湧いて出る、そう言うイメージだ。日光浴をする歩く骨等見た事がない。私にとってあれは、外は、出口は…
ダメ、引き返す!思い切ってもう一度その道を、上った道を下り始める。
だが、それも止まる。
もうすでに、近くまで来ている。いや、まだ距離はある。だが、ダメだ。先程の横穴…もうすでに、そこに到達している。今からあちらに路線変更する事はもう、できない。
進めば人。戻れば太陽。
無い喉がひりつく。私はそれを選べないまま、そこに立ち尽くした。
私は、もう一度あれらに殺されるか、死ぬかもしれない陽の光の下へと出て行くか。
この選択肢しか、ないのか…!?
だが、思っていたのとは違う第三の選択肢が私の目の前に現れた。
冒険者四人が、そのままするすると脇道に入っていくではないか。
四人の姿が見えなくなる。…が、脇道がそれ程長いとは思えない。今度は、冷静に。私は静かに駆け出す。目指すは、横穴を通り過ぎた先…彼らが探索し終えた、このダンジョンのもっと奥。いずれにせよ未知…だとしても。太陽の下に無策で飛び出すよりは、いくらか利口な選択肢だったと思う。私に迷いはなかった。
近づくにつれ速度を落とし、横穴の傍まで来る。
少年の声、少女の声、少年の声、少女の声。低く身構えるような声を繰り返し発して居た。
行けるか?いや、迷えばその分、戻ってくるリスクが上がる。危険だ。どうせ様子を伺おうにも言葉はわからないんだ。行くしかない。
私は逸る心を抑えながら、横穴を通り過ぎようとした。
…すると。
そこには美しい金髪の少女が居た。
薄青色の瞳で、見ていた。驚愕の表情のまま固まった。
回復職。
最悪の、タイミングだ。
最悪の、相手だ。
私は、回復魔法に焼かれる自分を想像した。
火の時とは違う。アンデットの天敵、回復魔法。火よりも、痛いのだろうか?
ああ。私の魂は浄化されたら、どこへ行くのだろうか…?
だが、想像したような結果は、訪れなかった。
回復魔法が来るわけでもない、少年達に助けを呼ぶわけでもない。見れば横穴の奥をそれぞれ警戒し続ける三人。
じっと見る、金髪蒼眼の少女。
指を立てる。
手を振る。
頭を下げる。
口を開閉する。
…私に伝えようとしている?何かを、必死に。
その手も目も、何度も動いて、一つの方向を指し示しているように見えた。洞窟の奥を、指し示していた。
まさか…
まさか、私を逃がすとでも言うのか!?
……………馬鹿、なのだろうか。モンスター相手に。
いいや、馬鹿だ。どうして逃がす。人間にとっての天敵だぞ。回復職の天敵アンデットだぞ!?
間違いない。この馬鹿は、早死にするタイプだ。冒険者には向いていない。
向いていない、と思うが…
曲がり角を戻り、ほぼ最初に目を覚ました位置まで戻る。直後、彼女の、回復役の少女の大きな声が聞こえた。
なんだ!?今更大声を出して、何をするんだ!?
その声に続いて、少年が返事をしたらしい。そのままドカドカと足音が聞こえてくる。
…ああなんだ、成程。嵌められたのか。
こちら側に行けば逃げ場はない。追いつめる為に、袋小路に送り込んだわけか。なかなか良い策だ。
…………と思ったのに。やはり、何も起きる事はなかった。
それどころか、足音達は遠ざかっていく
…………。
……………。
私は、音を立てずに奥へ進み始めた。
いったい、何が起こった。わからないわかるわけがない。
わかる事。私は、生き残った。私は、助けられた。多分、私は、泣いている。涙を流す体が、目がないけれど。自分が泣いている。そんな気がした。
命の恩人と、人はその関係を呼ぶのかもしれない。
生きて会えたら、礼がしたい。
冒険者に向いていない彼女の名前を知りたい。そう思った。
要約:
スケルトンだけど人と仲良くしたいと思った。
文字書くのは難しかった。
冒険者達が洞窟の奥から戻って来た。
なんか知らんが回復の子が見逃してくれた。