第39話 偵察隊の出発 その1
アラドンの街、払暁。
西門の内側ではたくさんのかがり火が焚かれ、夜明けとともに出発せんと騎馬3騎と馬兵5頭が待機していた。彼らは日の出の2時間程前から起きて体をウォームアップしたり、馬に馬具を着けたりして準備を終わらせ、今は日の出を待つばかりであった。
この偵察は、アラドンの街の守備隊長を務めるエイダン・ラウ百人隊長が街の代官へ「主街道が通れなくなっていると思われる。」旨の報告をしたことが発端であり、偵察は街の守備隊から馬兵3頭、街の軍兵団から騎馬3騎と馬兵2頭が参加するよう、街の代官から命令されていた。ここ西門の他、北門や南門からも少数ながら偵察が出ることとなっていた。
エイダン守備隊長は徹夜明けの眠たい目をこすりながら、最後の打ち合わせのため偵察に出る3人の部下達に声をかけた。
「もうすぐ夜明けだ。準備はいいか?」
「はっ! 自分達の準備は完了しております。軍兵団の偵察隊の方も、準備は整っているようであります!」
エイダン守備隊長の声に、守備隊からの偵察3人の中で最上位のトーベ兵士長が応えた。彼を含め3名が、守備隊から出される偵察員だった。
彼らの装備は下から、軽くて丈夫な革の長靴、丈夫なだけが取り柄の厚手の木綿の長ズボン、同じく厚手の木綿でできた長袖の鎧下と防水加工された上着、防具として胸部の前だけを覆う軽装の皮鎧と肘と膝に付ける革製のプロテクター、厚手の手袋に頭を守る半球状の革兜、自衛用のショートソードや各種小物を入れるポーチがついたベルトを腰に巻いている。これに馬上用に工夫された腰までの長さのマントを纏えば、軽装偵察馬兵の出来上がりである。
軍用にしてはかなり軽装であるが、そもそも偵察が任務であり、戦うより逃げ帰ることを優先した兵装となっている。
エイダン守備隊長は偵察兵一人一人の装備を確認し、偵察の目的や注意することの最終確認を行っていく。
「日の出と同時に門を開け、お前たちが出発したら門を閉じる。主街道に何かあったのは間違いなさそうだ。それほど飛ばさず、何かあったらすぐ逃げてこい。西門の前まで戻ってきたら門を開けてやる。最悪、門の上から縄梯子を垂らしてやる。馬を捨てていいから登ってこい。」
「いいんですか? そんな敵前逃亡オッケーみたいなこと言って。」
トーベ兵士長が苦笑いしながらエイダン守備隊長に聞き返す。
「かまわん。自然災害か魔物か知らんが、相手は街道を通行止めにするようなヤツだぞ。たったの8人でどうにかできる訳が無いだろう。それより、主街道のどこで何が起きているかだけでも知る必要がある。街道に出たら、密集せずに各自それなりに距離をとって移動しろ。」
エイダン守備隊長は開き直ったかの様に身もふたもないことを部下達3名に言い放つ。
「了解しました。どのみち、先頭は軍兵団の騎馬様ですし、殿は軍兵団の馬兵がいてくれますので、奇襲による被害はまずないと思いますが。」
3人を代表してトーベ兵士長が応え、3人はそろってエイダン守備隊長に敬礼した。エイダン守備隊長も答礼を返し、3人は愛馬の手綱をとり西門に向かう。
東の空が白み始め、日の出とともに朝陽がさしこみ夜の闇が払われ世界が明るくなっていく。
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同じ頃、軍兵団から出された偵察員たちも守備隊の偵察隊と同様に西門の内側で出発の準備をしていた。
ティモ兵士長は自分の騎馬と同行する2名の部下の騎馬、後続の2頭の馬兵の兵装を点検していた。彼はアラドン駐留軍兵団第112小隊から選抜され、今回臨時に編成された偵察隊の隊長でもある。
別に小隊が112もあるわけではない。「第1大隊」の「第1中隊」の「第2小隊」の3つの数字を並べただけである。はるかな昔、光の勇者が伝えたとされるこの呼び方はお偉方には好評であったが、現場ではそうでもなかった。無機質な呼び名は管理しやすいが、現場の士気を上げるにはあまり役に立たなかったのである。今回は臨時編成であるので、偵察隊隊長の名前を採って「ティモ臨時偵察隊」という仮の名前が与えられていた。
後続の2頭の馬兵は守備隊と同じ様に軽装であるが、彼を含む3騎の騎兵は「騎兵」というだけあってそれなりに重装備である。
厚手の木綿でできた服や皮を主体とした防具は馬兵と同じだが、鎧は胸当てが鉄製、兜も前半分は鉄の板で補強されている。肘あてや膝あてにも鉄の板がはめ込まれており、左腕には革製ながら小さい丸盾を装備していた。マントも馬兵に比べ少し立派である。
馬も単に鞍を付けただけではなく、薄いながらも革でできた馬用の兜の他、前肢には前面を覆うプロテクターをつけている。一見して「馬に乗った兵士」ではなく、「兵器として武装した馬」であることが判る装備であった。
そんなティモ兵士長のところに、第1大隊の隊長であるタルヤ・コウ士爵がやってきた。下級兵にとっては雲の上の存在である。
慌てて敬礼するティモ兵士長達5名の偵察隊員に対し、鷹揚に答礼しながらタルヤ大隊長は意識して穏やかに話しかけた。
「あぁ、そのまま、楽にして。準備は万端かね?」
「はっ!万事遺漏ありません!」
ティモ兵士長が5人を代表し答える。楽にしろと言われても、相手は上司の小隊長のそのまた上司の中隊長の、そのまた上司である大隊長で、「王都から来た士爵様」である。下手をすれば物理的に首が飛びかねない相手に「楽にして」と言われて楽にできる訳もなかった。この辺り同じ士爵と言えども、輜重隊上がりで平民から叙勲された守備隊のエイダン隊長とは兵の応対も自ずから変わってしまうのはやむを得ない、といったところだろうか。
タルヤ大隊長はその辺りの機微も判っているのだろう、特に気を悪くした様子も見せず話を続ける。
「君たちの任務は偵察だということを忘れるなよ。強硬偵察できるほどの装備じゃないから、何かあったら直ぐ戻ってくるように。馬兵の二人は中間点まで来たら何も無くても戻ってくること。騎馬の三人は領境まで行ったら関所の兵と情報交換すること。とにかく無事に、何かを掴んで来い。何も無くても、「何もない事」が大事な情報となるから。」
このように細々とした指示を偵察隊員に与えた後、声を潜めて、
「正直、何が起きているか判らん。おれ達は先月の魔物掃討でかなり犠牲が出た。これ以上の犠牲はごめんなんでな。無事に戻って来い。」
と周りに聞こえないように小声で5人に伝えたのだった。
「はっ! 了解であります!」
「おう、気を付けろ。っと、そろそろ出発時間だ。守備隊からの偵察隊に合流するぞ。とにかく、無事に戻って来い。」
大隊長はそう締めくくり、偵察隊の5人を連れて西門前に向かったのだった。
(つづく)




