第3話 出会い その2
「あぁ?何だぁ、コイツは?」
マーカスは思わず声に出し、まじまじと「ソレ」を見上げた。奴隷商人の隊商の護衛の途中に軍隊蟷螂の襲撃を受けこれを撃退したが、肝心の奴隷たちが襲撃のどさくさに逃げ出してしまったのだ。追跡隊の一員となったマーカスは魔の森に分け入り、逃げた奴隷を追いかけていた。
片やベテランの探索者、片や手かせ足かせの逃亡奴隷では、追い付き見つけるのは時間の問題でしかなかった。街道から森に2、3キロメートル程分け入ったところで逃げていく奴隷たちの集団に追い付き、仲間を呼んだ。
殺傷ではなく捕獲が目的なので、低威力の魔法である麻痺電撃を喰らわせ、しびれと衝撃で動けなくなった奴隷たちの確保を仲間に任せ、逃げ惑う逃亡奴隷たちを追い詰めていく。
足を取られたのだろう、目の前を逃げていくガキの奴隷がもんどりうって転ぶ。ソイツを立ち上がらせようと駆け寄った奴隷をまとめて捕まえようと声をかけた。恐怖のあまり身動きできなくなったらしい二人の奴隷に、麻痺電撃を喰らわせようとしたとき、マーカスは「ソレ」に気づいたのだった。
「ソレ」はマーカス達から15メートルほど離れた森の中にたたずんでいた。マーカスが「ソレ」に気が付いたのは、奴隷だけに気を取られず周囲を常に警戒する探索者の習慣によるもので、この点からもマーカスがそこそこ有能な探索者である証拠でもあるが、そんなマーカスの知識には「ソレ」に該当するモノはなかった。
「ソレ」の大きさは5、6メートル程もあるだろうか。二本の足で立ち、二本の腕をもつ人型であった。こちらを向いて立っている姿は全体にずんぐりとしたシルエットで、ドワーフの重装歩兵を大きくしたらこんな感じだろうか、とマーカスはこの場に合わない感想を持った。頭部は半球状で、胴体や手足は直方体を組み合わせた形をしている。体の表面は焼きレンガのような質感で、濃い緑色。鎧を着ているようにみえるが装飾らしい装飾はなく、粘土でできた兵隊の人形を大きくした様でもあった。なにより、「巨人」からは生き物特有の気配が感じられなかった。
こちらを向いていた「巨人」の頭部をよく見ると、顔?の中央に横一文字の溝が見える。その溝の奥で、目であろうか、淡いピンク色の光が灯った。
「ヒッ・・・」
思わず声を漏らし2、3歩後ろに下がったマーカスに応えるかのように、「巨人」はマーカスに向かってゆっくりと歩き出したのだった。
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(何なの、あれは・・・)
倒れたミアを助けようとして探索者に追い付かれたアレンカは、探索者が自分たちではなく別の何かに気を取られていることに気づき、後ろを見やった。そこには、アレンカの見たことのない「巨人」がいた。人の3倍はあるであろう大きさと、直方体を組み合わせたような直線的であからさまに人工的な身体、生物としての気配を全く感じさせない無機質な雰囲気は、「巨人」が魔物の類ではないことをアレンカに教えていた。
わずかな沈黙を伴う停滞の後、「巨人」の目であろうか、顔の中央にピンク色の光が灯ると、自分たちを追い詰めていた探索者が「ヒッ・・・」とかすれた声を出して2,3歩後ずさる。同時に、「巨人」はアレンカ達に向かってきた。
ズン、ズゥンと「巨人」は小さな地響きをたてながら歩いてくる。「巨人」はアレンカ達の傍まで来ると一旦立ち止まる。顔の中央にある一つ目が少し左に動いてアレンカ達を見据えたと思ったら、右に動いて探索者の方を向く。そして「巨人」はアレンカ達と探索者の間まで歩いて探索者の方を向いて立ち止まった。まるでアレンカ達を探索者から守るかのように・・・。
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(なんだぁ、コイツは・・・」
マーカスは自分と奴隷たちの間に立ちはだかるようにして佇む「巨人」を見やった。
(落ち着け、コイツが何者かは判らんが、奴隷たちの仲間ではないはずだ・・)
マーカスは恐怖と混乱でうまく働かない思考をフル回転させ、何が最善手かを考えていた。マーカスの知る魔獣に「巨人」に該当するものはなく、魔の森のこの辺りにこんなモンが出たことがあるなどという話も聞いたことはない。こちら(マーカス)に何か仕掛けてくる様子もない。5メートルの巨体とはいっても、この魔の森には「巨人」より大きな魔獣もザラにいてマーカスのチームはその魔獣を狩ったこともある。先刻呼び笛で合図したから、仲間がもうすぐここに来るのは間違いない。その時に一気に「巨人」を躱し、奴隷たちを捕まえればいい。
素早く大まかな方針を決めたマーカスは、「巨人」を見据えながらゆっくりと、今度は意識的に後ろずさる。「巨人」を刺激せず、しかし奴隷たちを見失わないよう、「巨人」が何をしても即座に対応できるよう全身のバネをスタンバイさせながら、マーカスは「巨人」から距離を取ることに成功した。経験を積んだベテラン探索者であるからこそできた芸当である。同じCクラスでも血気にはやりがちな若い探索者ではマーカスのようにうまく立ち回れたかどうかというところであろう。後は仲間たちと合流し、「巨人」を斃すか躱すかして奴隷を捕まえればいい。最初の驚きが治まると、ただ佇むだけの「巨人」が脅威だとはマーカスには思えなかった。そのまま奴隷を諦めることができれば、彼も長生きしたかもしれなかったが。
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大木の陰に2回隠れた後、大岩の陰に入ってマーカスは「巨人」の視線から完全に逃れたと感じていた。マーカスはただ真直ぐ後ろに下がるのではなく、木立などの遮蔽物を利用して円弧を書くように距離を取ったのだ。気配を消し大岩の陰から覗くと、正面の右側に奴隷たちが、左側に「巨人」が見える。
「巨人」は奴隷たちに背を向けこちらを向いている。先ほど光った顔の光は消えていた。立ち位置も向きも先ほどから変わっていない。奴隷たちの方を向くでもなく、奴隷たちにかまうでもなく、である。「巨人」は何をしたかったのだろうか?一人疑問に思っていると、背後から仲間達が近づいてくる気配がした。手信号で「障害あり、警戒せよ」を送ると、仲間達は音もたてずにマーカスの横にやってきた。
「マーカスさん、逃げたやつはあらかた捕まえましたぜ」
そう小声で囁いてきたのはCクラス探索者、若手のザロイである。チームでは斥候もこなす雑用要員で、マーカスとは別ルートで奴隷たちを追跡していたのだ。隣には魔法剣士のダンケンもいる。
「奴隷たちを追っていたら、妙な「巨人」に出くわしちまってな・・・この大岩の陰から覗いてみろ、気づかれるなよ・・・」
「へぇ、どれどれ・・・。」
マーカスに促されたザロイは様子を窺うように大岩からそっと覗き込むとすぐに顔をひっこめた。
「うえっ、ダンケンさん、アンタも覗いてみてください。そっとですよ。マーカスさん、何なんすか?あれ?」
ザロイも「巨人」を初めて見たのだろう、斥候らしく素早く顔を引っ込めるとマーカスに何があったのか尋ねてきた。」余計な物音を発てないことや、素早い判断はザロイが若手ながら優秀な探索者であることの証左でもある。ダンケンも「巨人」を見たのだろう、すぐに大岩から離れマーカスに合流した。ダンケンも奇妙なモノを見たという表情をしている。
「判らん、森の中に突っ立っていて、俺を見てあいつらの前に立ちやがった。」
マーカスは簡単に事情を説明するとザロイに尋ねる。
「他の奴はどうしている?」
「ジェフとハーマーは捕まえた奴隷を街道の馬車まで運んでいます。ニドリーは東の方を探していましたから、馬車まで戻っている頃じゃないでしょうか。」
マーカスの問いにザロイが簡潔に答える。ふむ、とマーカスはこれからどうするか、を考えた。追跡隊6人のうち3人は街道にいて戦力としては数えられない。呼び笛を鳴らしてここに呼ぶ方法もあるが、時間がかかるし何よりマーカス達の存在を「巨人」に知られてしまう。今この場所にいる3人でカタをつけるしかなさそうだ、とマーカスは結論付けた。
「いいか、俺達3人であの『巨人』を躱して奴隷二人を捕まえてずらかるぞ。奴隷の二人に俺とダンケンで麻痺電撃を喰らわして動けなくする、同時にザロイ、お前は大きい方を攫うんだ。俺はその後ガキの方を捕まえる。ダンケンは俺たちの護衛だ、いいな。あの『巨人』にかまわず奴隷を捕まえてここからトンズラするんだ。」
正体の知れない「巨人」を倒すより、奴隷を捕まえることを優先したマーカスはザロイとダンケンの二人に段取りを話す。「巨人」のことが無くても、此処は魔の森、危険な魔物が住まう危険地帯なのだ。長居は無用だった。
「判りました。俺は大岩の右の木蔭でスタンバイします。合図ヨロシク。」
ザロイは音もなく動き、木の陰に潜む。マーカスとダンケンの二人は麻痺電撃を放つべく、体内で魔力を練りながら、大岩の陰に位置取りする。
(二人とも準備はいいか・・・、カウント3、2、1、GO!)
手信号で合図をおくり、マーカス達は逃げた奴隷を捕まえるべく茂みから飛び出したのだった・・・。
(つづく)