第2話 出会い その1
2021年10月10日改稿。コンスタンを「領都」から「州都」へ呼称変更。
「チイッ、ツイてねぇ・・・」
奴隷商人ベンノは悪態をつきつつ周囲を見回した。ここは「魔の森」と呼ばれる広大な森の中、アラドンの街からシビドンの街へ向かう主街道である。5台の荷馬車と護衛で構成されたベンノの隊商は西にある領都コンスタンを目指し、今朝早くアラドンの街を発ったのだった。大型の馬車が3台並んで通れる道幅の街道はよく整備され、石畳が丁寧に敷かれている。森も街道から5メートルは切り開かれており、魔獣や盗賊の待ち伏せにも会いにくい「安全な」街道であるはず、だった。
しかし、今はどうだろう。ベンノの隊商は先ほど軍隊蟷螂の襲撃を受け、護衛達が何とか撃退したところだった。倒された軍隊蟷螂の死骸がそこかしこに見える。
隊商の被害も甚大で、5台の荷馬車のうち2台が倒れ1台は馬を殺られて隊商は立往生してしまった。しかも倒れた荷馬車から奴隷どもが逃げ出してしまったのだ。軍隊蟷螂を迎撃するのに気を取られ、逃げ出したことに気づくのが遅れたのも迂闊と言えば迂闊だったが、軍隊蟷螂の退治に思いのほか手間がかかり、損害が大きくなってしまった。逃げ出した奴隷には上玉も含まれていて、ベンノの腹立ちはいや増した。
倒れた馬車から無事な馬を解き放し、馬を殺された馬車に繋ぎなおす。逃げ遅れた奴隷を檻に入れる。けが人の応急手当をしつつ、在庫や馬車の損害を確認する。州都コンスタンで店を構えるだけあって、怒りに震えながらもベンノの後処理は迅速であった。今は一刻も早く次の村へ逃げ込み、体制を立て直すことが先決である。それと同時に・・・
「おいっ!サッサと支度しろ!すぐに追いかけるぞ!」
探索者ギルドで護衛に雇った探索者の頭が配下の者たちにそう指示を飛ばしている。早速追撃隊を編成するようだ。本隊が村を目指す一方、逃げた奴隷たちを連れ戻すのだ。逃げ出したといっても手足は鎖の枷がはめられている。魔封じの蔦でも縛られているのでそれほど遠くには逃げていないはずだ。
「頭ぁ!ここから魔の森に逃げ込んでいますぜぇ!南に向かっている!」
「よおし、鬼ゴッコのはじまりだぁ!おめぇら一匹も逃がすんじゃねぇぞ!」
斥候役の探索者が、街道の両側を調べ奴隷の逃走経路を見つけ出す。すかさず頭が号令を出し、探索者たちが魔の森に分け入って行く。平凡なCクラスだがベテランの探索者達である。奴隷たちを見つけ、連れ帰る仕事など片手間仕事にもならない。隊商を出発させ次の村に向かいつつ、ベンノは連れ戻した奴隷たちにどんな罰を与えるか考えていた。奴隷たちが逃げられるはずはない。ないはずだった。しかし、奴隷たちの追跡に向かった探索者たちは誰一人戻ってこなかった。
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「ハアッ、ハアッッ!」
薄暗い森の中をミアは懸命に走った。奴隷として捕まり売られていく途中、隊商が魔物に襲われ乗っていた荷馬車が倒れ、その衝撃でミアが入れられていた檻が壊れたのだ。
両手、両足に鎖の枷はあるが、それでもこれが唯一の好機と檻から逃げ出したのだった。
森の中は木の根が張り出し足場も悪く、トゲのある茂みが行く手を遮り、とても満足に走れたものではなかったが、それでもミアは懸命に走った。
「ミアちゃん、頑張って」
そう言ってミアを励ますのは同じ檻に入れられていた奴隷のアレンカである。ミアは一人で逃げ出したわけではない。ミアと同じ檻の動ける奴隷は皆逃げ出したのだ。ミアは何人かの奴隷たちと一緒に森の奥に向かって逃げていた。
「見つけたぞぉ!待てやぁ!コラァ!」
突然後ろから野太い声が聞こえたかと思った途端、一緒に逃げていた奴隷の一人が崩れるように倒れる。皆が驚いて立ち止まり後ろを見ると、さほど離れていない木の傍に、隊商の護衛をしていた探索者の一人がこちらを睨んでいた。探索者はすぐ胸の笛を口にし、大きく吹き鳴らす。仲間を呼んだのだろう。
「ミア、走るよ!」
アレンカの声に我に返ったミアは探索者に背を向け逃げ出す。他の奴隷たちも我先に逃げ出し始めた。
「オラッ!手間かけさせんじゃねぇよ!麻痺電撃ォ!」
探索者は追跡を再開した。追いかけつつ、魔法を振るう。その度に奴隷が一人、また一人と倒れていく。
「きゃぁっ!」
ミアは木の根に足を取られ、もんどりうつように前に転んだ。
「大丈夫?立って!走るの!」
アレンカが駆け寄りミアに手を貸そうと手を伸ばす。
「そこまでだぁ!お前ら覚悟しろぉ!」
だみ声に二人が振り返ると、探索者がこちらに近づいてくるところであった。追い詰めたと思っているのか、ゆっくりと歩いてくる。
「あ・・・、あぁ・・・」
ミアもアレンカも逃げなくてはと頭は考えるが、体がすくんで動けない。二人が怯えているのが判るのか、探索者はニヤリと笑いながら近づいてくる。
「逃げ出すなんて悪い子だぁ・・・お仕置きが必要だな!」
探索者の両手が光る。初級で威力の低い魔法である麻痺電撃でも至近距離で受ければ痛いだけでは済まない。二人は次に来るであろう衝撃に目をつむるのだった。しかし・・・
「あぁ?何だぁ、コイツは?」
間の抜けた男の声に恐る恐る探索者の方を見ると、男の目線は二人ではなく、二人の後ろの何かを見上げている様子だった。
つられて後ろを振り返った二人が目にしたものは・・・
・・・そこに、「彼」は居た。
(つづく)