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ハリーとロッテ


 コルセットは悪しき風習だ。朝、侍女が二人掛かりでわたしを締めにきたときに、ほんの少しでいいから手心を加えてくれるよう買収――もとい、お願いしようとしたのだけれど、「奥様のお言い付けですから」とにべもなく断られてしまった。母に先手を打たれたわたしは悔し涙を飲んでギュウギュウに締め上げられたのである。

 朝からひどい拷問を受けた。

 コルセット、マジギルティ。

 女のウエストは細いほど美しいとかほざく男ども、まとめて地獄へ堕ちろ。もしくはコルセットを付けてみろ。

 こいつさえなければ、もっとお菓子が堪能出来るのになあ……

 焼きたてのチェリーパイとガレットの香ばしい香りに誘惑される。彼らを迎え入れるためにはまず空き容量を確保しなければと、その場で軽く飛び跳ねてみた。前にテレビで見たのよね。大食い女王がトントン飛び跳ねながらラーメンを平らげていたっけ。

 あんまりトントンしてると悪目立ちしてしまうので、あくまでこっそりと行う。

 みんなアマーリ殿下に夢中だから、わたしのいる後方のテーブルなんて誰も見ていないんだけどね。

 おかげでエリヤと別れたあとも、特に怪しまれることなくお茶会に紛れ込むことが出来た。

 お互いに家名は名乗らなかったけれど、エリヤは別れ際、「また会おう」と言っていたから、本当にどこかで偶然再会出来たら素敵だと思う。

 もちろん、エリヤみたいに見るからに将来を約束されているようなハイスペック男子はわたしの敵なので、必要以上には関わりたくないけど……

 だからいちばん可能性があるのは、アカデミーでエンカウントする未来かな。

 王立魔法アカデミーは、ブレナム王国が運営する義務教育機関で、規定値を超える魔力保有者は十四になる年に必ず入学する決まりだ。そして五年間、そこでみっちり魔法に関する教育を受けるのである。

 魔法を使えないわたしでも魔力保有量は規定値に届いているので、おそらく入学許可はおりるだろう。めちゃくちゃ行きたくないけど、こればかりは魔力を保有した国民の義務だから行かざるを得ない。

 やだなー、怖いなー。

 だってわたし、公爵令嬢なのに魔法が使えないんだよ? ダサくない?

 絶対陰口叩かれるやつじゃん、杖だけはご立派なのね、とかさ!


「ねえ」


 ハイスペックボーイズとのエンカウント率も飛躍的に跳ね上がるので、心の底からホントに行きたくない。

 それに、ヒロインが出てくるとしたらやっぱりそのタイミングだと思うのよね。ゲームでも漫画でもラノベでも、大体学園を舞台にヒロインとイケメンたちがラブゲームを繰り広げているのが王道で、定石だもの。

 まあ、彼らのラブゲームは、すなわちわたしのデスゲームなんですけどね。

 ハハ、ウケるぅ。


「ねえ」


 ところで、美少年とギムナジウムの組み合わせが最高に背徳的だと感じるのはなぜかしら?

 耽美の二文字が頭を巡る。開けてはいけない秘密の花園(サンクチュアリ)の入り口に立っている気分だ。深追いは危険だと本能が告げているので、ロックは厳重にお願いしたい。


「ねえったら。どうしてあなた、さっきからぴょんぴょん飛び跳ねていらっしゃるの?」


 ――見てんじゃないわよ。





「わたくし、アルティオール侯爵家のシャルロット・オレンジと申します」

 可愛らしくカーテシーをする赤毛の少女に淑女の礼を返しながら、わたしも自己紹介をする。

「ルキアノス公爵家、ハリエット・グラニースミスですわ」

 まるで奇行などなかったかのような、完璧に優雅な笑みを浮かべる。迫力があり過ぎてあまり好きではない自身の赤い双眸に今だけはありったけの目ヂカラを込めて、「さっきの失態は忘れろ」ビームを送る。


「ハリエット様、先ほどはなぜ真顔で飛び跳ねていらしたの?」


 ビームがスルーされた。

 シャルロットの、純粋に疑問をぶつけているだけの無垢な視線が辛い。

「それは……」

 やめて、そんな目で見ないで。

 わたしは貼り付けていた笑顔の仮面をそっと脱ぎ落として、「その、コルセットが少し苦しくて……」と文字通り苦しい言い訳をこぼした。

 馬鹿正直に、胃の内容物を下方へ送り出して追加分のケーキの容量を空けていましたなんてことは、さすがに言えない。わたしにだって深窓の令嬢としてのプライドがある。なけなしだけど!

 それに、嘘は言っていないし。

 うまくごまかされてくれるかしら……

「コルセット……」

 シャルロットのミルクティー色の綺麗な目から光が消えて、一瞬ヒヤリとした。

「……分かります。わたくしも、もし叶うのならこのように邪悪ものを発明された方を助走をつけて殴りたい」

「過激なのね……」

 嫌いじゃないわ。

 わたしたちは見つめ合い、どちらからともなく互いの手を握り合った。

 彼女とは上手くやれそうな気がする。

「……あの、もしよろしければお友達になってくださらない?」

 公爵令嬢からのお願いなんて実質命令みたいなもんだからフェアじゃないんだけど、この機を逃すまいとわたしも必死だ。


 お友達が欲しい。切実に。


 前世と違って今世のわたしは人見知りではないのに、家柄が邪魔をして気の置けない友人と言う存在がいないのだ。

 両親の紹介で得た年の近い話し相手は、友達と言うより取り巻きに近かった。力関係がハッキリしてるから、そりゃそうなるわよね。例えるなら、社長令嬢と従業員の娘たちみたいな。

 お取り巻きをはべらせるとか、そんな悪役令嬢街道まっしぐらな人生はいやだ。

 あ、でも高貴な身分だから取り巻きがいるのは普通のことなのかな。うーん。いや、でもなあ……

「ありがとうございます。わたくしでよろしければ、喜んで」

 頬を染めてにっこり笑ったシャルロットの表情に安堵する。少なくとも、身分差を気にして空気を読んだ印象はない。

「嬉しいわ。ロッテと呼んでもいいかしら?」

「もちろんです」

「ありがとう。ねえ、わたしのこともハリーと呼んでくださらない? それに、もうお友達だもの。堅苦しいのはなしよ。普通にお喋りしましょう?」

「え、でも……」

 ロッテが目を泳がせる。迷っているようだが、困ってはいない様子だ。

 よし、これはもうひと押しだな。

「ロッテ」

 両手を合わせて、可愛らしく小首を傾げてみせる。

「ね、お願い」

 自分で言うのもアレだけど、わたしの取り柄なんて家柄と親譲りの顔の良さだけだ。つまり、わたしだって美少女なのである。

 そのわたしが恥を捨てて鏡の前で研究に研究を重ねた渾身のおねだりポーズに、ロッテは頬を緩めて「しょうがないなあ」と笑ってくれた。

「ありがとう!」

 嬉しい! とうとう自力でお友達をゲットしたわ!

 あのおねだりポーズ、父とベティには百発百中なのだけど、母相手だと勝率は五割に下がるし、ジーンに至っては真顔で無視されると言う、攻撃力が安定しない武器だったのよね。ちなみに、恐ろしすぎてギル様には試していない。だって、絶対に汚物を見る目で見下されるに決まってるもの。それはそれである意味ご褒美なのかも知れないけど、わたし、まだその域には達してないの。

「ハリーは殿下のそばには行かないの?」

 ロッテに訊ねられて、わたしはクッキーをつまみながら人だかりの方へ視線を移した。

 今日は子どもだけのインフォーマルな集まりということもあって、わりと無礼講だ。もちろん、殿下には護衛がついているし、不敬に当たらないよう各自線引きはしているようだけど、中には強引な子もいるみたい。なんだか揉めてるような声も聞こえてくるし、正直ホントに近寄りたくないのよね。

「それより早く帰りたい」

「興味がないにも程があるわよ」

「ロッテは? 殿下とお話したいの?」

「えっ、まあ、それは……」

 ポッと頬を赤らめてロッテが俯く。指先をもじもじさせているのが可愛くて、わたしは目尻を下げた。

 殿下ってば、あの見た目だものね。そりゃ気になるわよね。

 なんか初々しくていいなあ。甘酸っぱいなあ。

「でもほら、みんな綺麗な子達ばかりだし……」

「そう? ロッテだって可愛いじゃない」

 家名の通り、オレンジ色に近いツヤツヤの赤毛は癖もなく、真っ直ぐ背中まで伸びていて綺麗だし、白い肌に散った薄いそばかすがとってもチャーミングだと思う。

 でもロッテはそばかすも赤毛もコンプレックスらしく、「ハリーみたいな金髪が良かったの」と頬を膨らませた。

「みんな、自分にないものに憧れるのね」

「ハリーも何かに憧れてるの?」

「まあね」


 わたしは、魔法使いになり損なった。

 折り合いをつけなきゃいけないのは分かってるんだけど、やっぱり憧れが強すぎて諦めきれないでいる。

 だって、前世からの夢だったんだもの。

 叶わない夢なんてないのだと、どこかのJポップみたいに気楽に言えたらどんなに良いか……


「うそっ、ハリー、どうしよう」

 焦った声のロッテに腕を揺すられて顔を上げる。

「なによ」

「見て、殿下がこっちに来る!」

 ロッテの視線の先を辿ると、確かにアマーリ殿下が取り巻きをぞろぞろと引き連れて大移動していた。大学病院の教授回診か。

 どうやら、積極的に話しかけられない子達に殿下自ら声を掛けて回っているらしい。

 ……確かに、今回のお茶会の目的は「同年代との交流」だものね。その行動は正しいと思うし、殿下に話しかけられた子も、みんな嬉しそうだ。

 ゲストをもてなすホスト精神には感服致しますが、しかし、わたしにとっては完全に良い迷惑である。

「ちょっ、わたしそこの茂みに隠れるから、殿下が去ったら教えて!」

「なにバカなこと言ってるの!」

 ロッテがわたしの二の腕をがっちりホールドして離してくれない。

「わたしをひとりにしないでよっ!」

 殿下とお話してみたいけど、ひとりでは恥ずかしくて無理!と言う乙女心が、ヒシヒシ伝わってくる。置いていかれる仔犬のような目でウルウルと見上げられて、それでも腕を振り切る覚悟がわたしにはなかった。

「…………そばにいるだけよ」

「ありがとう、ハリー!」

 浮かれるロッテの傍らでため息をつく。

 こんなことなら、エリヤにお茶会を連れ出してもらえばよかった。



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