ハイソな生活
私はハイソだ。
そう、誰がなんと言おうとも、私はハイソなのだ。
まず、そこらを蠢く凡人とは住む場所が違う。
凡人どもはどうせ、下町のしょうもない駅の、そこからさらに数十分も歩かなければ着かないような、そんなところにしか住んでないんだろう。それでもこの国では半分より上の財力なんだから、聞いて呆れる。
しかし私は違う。私はこの日本の首都、大東京の中心駅の目と鼻の先に家を構えている。駅と我が家までの距離は歩いて一分もかからん。これがハイソではなくてなんだというんだ。
まぁ待て、まだ驚くのは早い。私がハイソたる所以はこんなところにあるのではない。
先述の通り、私は日本の中心にあると言っても過言ではない駅の目と鼻の先に住んでいる。しかし、しかしだ。私は電車を使わない。凡人なら数日ぶりに屍肉を発見したハイエナのように電車に群がるところだろう。しかし、私は、ハイソだ。電車には乗らない。
何故電車に乗らないか、だって?そんなの簡単なことだ。
そもそも凡人どもが電車に乗るのは何故だ?考える時間をやろう
...
...
...
...そう、凡人どもが電車に乗るのは電車に乗らなくてはいけないからだ。生活必需品の買い物もそうだし、行楽地に行くのもそう、どいつもこいつも生活に不足したものを補うために、電車に乗る。
しかし私はどうだ。生活に不足などなく、一切が満ち足りている。この世をば 我が世とぞ思う 望月の 欠けたることも なしと思えば、だ。だから、私は電車に乗ることがない。
え?なんだって?収入源?
まあそうだよな、お前ら凡人はいつもそうだ。ハイソを見ると必ずお前ら凡人は金のことを気にする。ハイソの金の出どころが分かったところで、お前らの稼ぎが増えるわけでもないのにな。
でもしょうがない。ハイソは心が広いから今日は特別に私の収入源について教えてやろう。これを聞いてる凡人ども、よく聞いておくがいい。
私の収入源は
...
...
...
...無い!
そう、無い。びた一文ありはしない。ん?何故そんな訝しげな顔をする?ああそうか、凡人にはこんなにハイソな暮らしをしている私の収入源がないということが理解できないのか。この、貧困な脳みその持ち主め。
ならば、今から私の収入源が何故無いのかを丁寧に教えてやろう。
と言ってもさっきの電車云々の話とつまるところ同じ理由だ。
お前たち凡人はさっき言った通り日常が不足ばかりだ。だから少しでも満ち足りようとそよ不足分を金で買う。私にはその必要がない。だから金もいらない。そういうことだ。
何、趣味はあるのかって?馬鹿にするんじゃない。当然、あるに決まっているだろう。それもお前たち凡人どもには到底理解できないような崇高な趣味だ。
それはな、聞いて驚け...清掃ボランティアだ。
ハイソの癖に清掃ボランティア?と馬鹿にしたお前、お前が馬鹿だ。よく考えてみろ、お前ら凡人は自分たちのことばっかりで他人の生活に気を使う余裕なんてないだろう。だから皆が皆クソみたいな自己満足の趣味しか持っていないし、なんなら趣味を持たない無味乾燥な人間もいる。
そこで、私は思いついた。ならば、ハイソで生活が満ち足りていて他人を気遣う余裕がある、この私しか本当のボランティア精神を持ち合わせてないのではないか?よし、ボランティア活動をしよう。
そう決心してからの行動は早かった。思い立ったが吉日だ。私はその日のうちに大きなゴミ袋数枚を集め、街中のゴミというゴミを拾い集めた。やがて全てのゴミ袋がパンパンになると、それらを私は家に勲章として持ち帰り、じっくりと眺めて悦に入った。まさに楽しさと実益を兼ね備えた、完全無欠の趣味だと言えるだろう。
その後わたしは、一通りパンパンになったゴミ袋を眺め終えたあとで、ハイソの啓蒙活動をしようと役所にゴミ袋を持って行った。すると役所の連中は私のボランティア精神にいたく感激したのか、少しばかりの小銭を私に握らせた。
これを機に、世の中にハイソなボランティア精神が広まれば、これより嬉しいことはない。
さて、ここまでの話で君たち凡人にも私が毎日送っているハイソな生活が少しでも理解できただろう?
この私の生活こそが、まさに最先端、この生き方こそがまさにキリスト!
まぁ君ら凡人には一生かかっても不可能だろうが、精々この生活を目指してくれたまえよ。
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都内某日、某駅前の女子二人組の会話。
二人は周りをまるで気にしていないかのような甲高い声を張り上げている。
「さっきの駅前にいたホームレス見た?あのハイソハイソうっさくて小汚いおっさん!」
「見た見た!なんかダンボールハウスにおっきなパンパンのゴミ袋溜め込んでたよね〜!あんな汚いナリして何がハイソだっての!一回風呂入ってから出直してこいって!」
「お前が社会のゴミだろって感じ!ああ、早くああいうのいなくなって欲しいな〜」
「わかる〜」
そう言いながら彼女は、飲みかけのタピオカドリンクを道端に投げ捨てた。タピオカドリンクの残りがストローを通って歩道にぶちまけられ、アスファルトに染み込む。
そこから数時間、道行く人たちが皆その汚らしいタピオカドリンクのゴミを避けながら通行していた。誰一人、そのゴミを拾おうとはしなかった。
アスファルトに染み込んだタピオカドリンクがあらかた蒸発して、乾いたタピオカだけがアスファルトの上に散らばっている状態になった、そんな頃。
痩身で背が高く、小汚い格好をした、しかし、目は異様なくらいに澄んでいる一人の男が現れた。
その男は道端に打ち捨てられている空の容器を拾い、散らばっているタピオカを拾い集め、それらをゴミ袋に入れて、彼のダンボール製の家へ持ち帰った。
しかし、男がゴミを拾い始めてから彼の家へ持ち帰るまでの間、周りの通行人たちの澱んだ双眸の中にはどれ一つとして、彼の行為を映していたものはなかった。