太陽のかき氷
駅から少し離れた通りで、信号機がかき氷屋をやっている。
初めは物珍しくて買う人が多かった。信号待ちの間に冷たい氷が食べられるのも、柱の部分がぱかっと開いてカップが出てくるのも面白いと思ったのだろう。
しかし八月も半ばになると、ほとんどの人が飽きて買わなくなった。
「やっぱりさ、冷房の効いた部屋でゆっくり座って食べたいよね」
「そうそう。スーパーのアイスのほうがお得だし」
そんなことが続き、信号機はすっかりふてくされ、通る人をつかまえては恨みごとを言うようになった。
「まったく人間という奴は。誰のおかげで道が渡れると思ってるんだ」
そしていつまでも信号の色を変えてくれない。人々は嫌気がさし、ますますそこを通らなくなった。
閑散とした信号機の下で、りん子はかき氷を食べていた。ひんやりと甘いいちご味だ。
「おいしいわ。舌が赤くなっちゃうけど、そこがまたいいのよね」
「そうかそうか。そんなに好きなら町中を回って宣伝してほしい。そうだ、売り子のバイトも頼もう」
「断るわ。暑いもの」
りん子は食べ終わったカップをビニール袋に入れた。歩き出そうとしたが、信号は変わらない。
「通せんぼしたって引き受けないわよ」
「お前たちは薄情すぎる。興味のある時だけ寄ってきて、飽きたら見向きもしないのか」
そして信号機は不平不満を繰り返した。毎日働く信号機に、人間は賃金を払うべき。交通ルールを守るだけでは足りない。信号機がいかに素晴らしく有能であるかをテレビやネットで発信するべきだ、と。
りん子は髪をかき上げた。額から汗が流れ落ちる。このまま炎天下で話を聞いていては、体ごと蒸発してしまう。
「文句言ってても仕方ないでしょ。人に来てもらいたいなら努力しなきゃ」
「努力ならいつもしている。赤は新鮮ないちご、黄色はビタミンたっぷりのレモン、青は目も覚める爽やかなソーダ。これ以上の贅沢があるか」
「そうね。少なすぎるわ」
りん子は空を見上げた。焼け付くような日差しは、雲ひとつ寄せ付けない強さだ。
「人間ってね、威圧しても動いてくれないのよ。ますます嫌いになるだけよ」
「だから薄情だと言っているんだ。特に最近の若者や、中年の政治家や高齢のドライバーは」
「虹!」
りん子が叫ぶと、信号機が驚いて数センチ飛び上がったように見えた。が、実際はアスファルトにしっかり生えている。
「何だ急に、うるさい」
「太陽の光は虹色よ。つかまえれば色とりどりのかき氷ができるわ」
「おい、何をするんだ、待て!」
りん子はすいすいと信号機に登り、てっぺんに立った。見下ろすと、今まで自分のいた場所は信号機のかげになっていた。
「少しは役に立ってたのね。日よけとしては」
じりじりと照り付ける日差しが、さっそく頭にも肌にもこたえてくる。登ってみたはいいけれど、どうすれば太陽の光がつかまるのかわからなかった。
りん子は汗をぬぐい、ふらつきそうになるのをこらえた。今倒れたら、熱い歩道の上に真っ逆さまだ。
「そうだわ!」
りん子はポケットからスプーンを出した。かき氷についてきたプラスチックのスプーンだ。それを手に持ったまま、ゆっくりと腕を伸ばしていく。
「少しだけ分けてもらうわ。盗もうなんて思ってないわよ、少しだけ……」
狙い通り、スプーンの先で太陽の光に触れると、さくっとすくうことができた。まるで積もりたての雪のように、さらさらと軽かった。
ひとさじ目は燃えるようなオレンジ。次は優しいブルーグリーン。その次はくすぐったいようなピンク。スプーンを逆さにすると、色のついた光が信号機へ降っていく。
「すごい、すごいぞ! こんな色は初めて見た」
信号機は興奮して前後左右に震えた。りん子は両足で踏みとどまり、さらに光をすくった。夢のような金色、水底と同じ群青色、やわらかな若草色。真夏の空が気まぐれを起こしたように、たくさんの色が生まれた。日か沈み、光が届かなくなるまで、りん子はスプーンを振りかざした。
「こんなものね。あんまり欲張ると、月が反射した分まで集めなきゃならないし」
りん子は信号機を滑り降り、できたてのかき氷を一つ買った。虹色で、てっぺんに白い練乳の雪だるまがついている。
「かわいい!」
「お前だよ。似てるだろう」
「ありがとう。でもそんなに一生懸命やることないわ。ほどほどがいいのよ」
その日から、信号機のかき氷屋は少しずつにぎわいを取り戻した。太陽が毎日光を分けてくれるらしく、レパートリーも増えている。血も凍るほど恐ろしい紫のシソと、人生を悟らせる深緑の抹茶が人気だ。
困ったことも起きた。メニューの数だけ信号の色も増えてしまったので、歩行者たちはいつ渡ればいいのかわからないのだ。
「今の、青じゃなかったか」
「いや、信号の青はもっと緑っぽいぞ」
「あれは水色だ、俺が食べたブルーハワイだ」
たくさんの人が足を止め、色や味について話しているのを、信号機は嬉しそうに見ている。りん子は晴れ渡った空を見上げ、キンと頭にのぼる氷のすがすがしさを思い浮かべた。
「それでもやっぱり冷房の効いた部屋で食べたいわね」