第六話 報酬は弁当
作業中の生徒に混じって、俺と礼二も椅子を並べる。
真川高校は結構な数の生徒がいる。これから入ってくる新入生も数が多いみたいだ。並べる椅子は、百を超えていた。
肉体労働は苦手じゃない。俺は黙々と椅子を並べた。
まだ春先だってのに、汗が出て来た。それをハンドタオルで拭いつつ、作業を続ける。
椅子は、一時間もしないうちに並べ終わった。時間は十一時五十分。腹が減って来た。
このままどこかのファストフード店にでも行きたい気分だった。だけど、まずは宮崎先輩に報告しなければならない。
「うあー、つっかれたなあ」
礼二は年寄り臭く、腰を叩いていた。気持ちは分かる。俺も腰が痛い。
「礼二、これ終わったら、どっかで飯食ってくか?」
「ああ、いいな、それ。腹減ったわ」
他の生徒は、もういなくなっていた。なので、礼二と二人で生徒会室に向かう。
「バイト代ってなんだろうな? 金一封か?」
「それはないだろ……」
答えながら、俺たちは生徒会室に着いた。
中からは、明るい声が聞こえてくる。たぶん宮崎先輩だろう。よく響く声だった。
ドアをノックしてから、ノブを引く。
「失礼します」
中に入ると、生徒会のメンバーらしき生徒たちが、車座になって座っていた。
その中央には、大きな重箱があった。
「おお、竜崎君に、渡辺君か。待っていたぞ」
上座に座っていた宮崎先輩が、手招きする。何だろう、と近づくと、
「これがお礼だ。さあ、みんなで食べよう!」
宮崎先輩は、重箱を一つ一つ並べていった。
その中には、おにぎりに、唐揚げ、卵焼き、ゴボウのきんぴらなんかが入っていた。見た目そのまんま、弁当箱だったみたいだ。
「今日は学食が休みだからな。私のお手製だ。遠慮なく食べてくれ!」
隙間に座らせてもらい、割り箸を受け取る。ちょうど腹が減っていたこともあって、宮崎先輩の弁当はとても美味そうに見えた。
紙の取り皿が配られると、生徒会メンバーたちは我先にと箸を伸ばす。
「会長の弁当、久しぶりだなー」
「今日はこれを楽しみにして来たんだよな」
「会長、お茶くださーい」
宮崎先輩と、メガネの先輩も色々つまんでいた。無礼講というやつか。俺と礼二も、いただくことにする。
おにぎり、卵焼き、ソーセージと貰ったが、どれも本当に美味かった。宮崎先輩は料理が上手いみたいだ。
部屋にいるみんなが、弁当を褒めている。それを聞いた宮崎先輩は満足そうだった。
「残さず食べてくれ。遠慮はいらないぞ。どんどん食べろ!」
言われるまでもなく、弁当はなくなっていく。俺はまわりに負けないように素早く箸を伸ばし、気になるものをどんどん貰っていく。
一応、これでも成長期にして食べ盛り。美味い飯はありがたい。
弁当箱が空になるまで、時間はかからなかった。部屋にいるみんなは満足して、紙コップに注がれた茶を飲んで一服しはじめた。
俺も茶を貰う。喉が渇いていたので、体によく染み渡った。
「ははは、本当に空にしてくれるとはな。嬉しいぞ」
言葉通りに嬉しそうな宮崎先輩を見て、メンバーたちが笑う。
「会長の弁当を食べるために生徒会やってるようなもんですからね!」
「次に食べられるのはいつかなあ?」
みんな、早くも次の機会を考えていた。生徒会内では、かなり好評らしい。俺にもその気持ちがよく分かる。
「うんうん。私も作り甲斐があるぞ。次はもっと豪華にしよう」
やったー、と合唱が起きる。生徒会の胃袋は、宮崎先輩にがっちりと掴まれているようだ。
「竜崎君、渡辺君、突然の頼みだったが、聞いてくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ。こんなに美味い飯、初めてかもしれません」
「口が上手いな、竜崎君!」
一服終わると、さて、と宮崎先輩が立ち上がった。
「後は細かな装飾くらいだ。生徒会に任せてくれ」
「あ、はい。お疲れ様です、ごちそうさまでした」
生徒会のみんなに温かく見送られてから、俺と礼二は下駄箱に向かった。
「美味かったな、あの弁当。勇人ががっついて食うところ、久しぶりに見たわ」
「そういうお前もかなり食ってただろ」
「だって、あんなに美味いんだぜ? 食わなきゃ損だろ」
「まあ、分かる」
バーガーなんかに比べたら、雲泥の差ってやつだ。もし次に手伝いを頼まれたら、俺はハイと即答する自信がある。
昇降口までの短い間を、他愛ない会話で過ごす。そして下駄箱前まで来ると、一つの人影を見つけた。
特徴的な、赤い髪。今朝知ったばかりの色だ。確か名前は、
「あれ? ウイングフィールドさんじゃね?」
礼二が言うと、呼ばれた当人はすぐに気づいた。
「え? ……あ、同じクラスの」
「渡辺礼二と、こっちは竜崎勇人。どしたの? ホームルーム終わってからもうかなり過ぎてるじゃん」
「先生と話すことがあって。さっき終わったの」
「あー、そっか、転入生だもんな」
礼二と話すつつも、ウイングフィールドはチラチラと俺に視線を送って来た。
何か、気になるようなものでもあるんだろうか。さっき、目が合っちまったし。
考えていると、礼二が肘で突いてきた。
「……おい、勇人、威嚇すんな」
「いや、してねぇよ」
「お前、目つき悪いからなあ」
「うるせぇ、生まれつきなんだから仕方ねえだろ」
俺にはその気がないのに、にらんでいるとでも思われたのかもしれない。
小声でのやり取りは聞こえていなかったようで、ウイングフィールドが首を傾げた。
礼二が慌ててフォローする。
「ああ、気にしないで。ってことは、いま帰り?」
「うん。二人も?」
「ちょっと生徒会の手伝いがあって。俺らも帰るとこ」
三人でささっと靴を履き替える。会話は続かず、
「俺、自転車だから。それじゃあな、礼二。と、ウイングフィールドさん」
と、俺が言うまで、誰も話をしなかった。
「おう、またなー」
「は、はいっ。また、明日……」
礼二と、何故だか怯えている風のウイングフィールドと別れ、俺は帰り道を走る。
「……俺、何もしてないんだけどな」
転入生の不思議な態度に違和感を覚えながら、自転車をこいだ。