第五話 お手伝い始めます
生徒会長は強引です。
「よっと」
俺の手を支えにしながら、生徒会長・宮崎リンドウが立ち上がる。
「すみません、でした。生徒会長」
上級生、しかも生徒会長ということで、さすがに頭を下げなきゃならない。遅れて来た礼二も、
「うおっ、会長!? なにしたんだ、勇人」
「ああ、ちょっとぶつかっちまって……」
生徒会長を見て、驚いてた。
「なんだ? 二人とも。私がそんなに珍しいか?」
対する生徒会長は余裕の笑みで応える。俺と同じくらいの背丈に、さらには風格ってやつだろうか、向かい合っただけでも迫力がある。
珍しいとは思わないが、有名人に会うのは初めてだ。生徒会長といえば、俺もいくつかの噂を知ってる。
曰く、お金持ちのご令嬢。曰く、全国試験の上位常連。曰く、教師陣すら牛耳るカリスマの塊。
どれも本当かは知らないが、生徒会長の性格と振る舞いから多くの話がある。実際、誰も生徒会長には逆らえないのだとか聞いたこともあったな。
そんな相手にぶつかって、俺は頭をかきながら謝る。だけど、生徒会長は気に留めていないみたいで、
「これからは注意するように。君たちも明日から後輩ができるんだ。あまりうかつなことをしてはいけないぞ」
「はい、分かりました。ホント、すみません」
「うん、悪いことをしたら謝る。当然だな。素直でよろしい」
ポンポンと俺は頭を撫でられた。この歳で、さらには歳の近い人にやられると恥ずかしい。とはいえ、逆らうこともできずに俺はしばらく撫でられた。
「会長、そろそろ」
この声がなければ、いつまで撫でられていたことやら。
生徒会長の後ろには、別の上級生が控えていた。こちらも女子。ふちなしのメガネが特徴的で、長いポニーテールがさらりと揺れている。
「おっと、そうだった。では……と、いきたいが」
生徒会長は俺の頭から手を離すと、もったいぶるかのように、俺と礼二を眺めてきた。
これ以上、何かお叱りを受けるのだろうかと俺は姿勢を正す。礼二も、かしこまって直立不動だった。
「二年生、今日はもう何も用事は無いのかな?」
「え? ああ、ありませんけど……」
「では、どうだろうか。生徒会の手伝いをしないか? 今から入学式の準備をしなければならないんだ」
「はあ……?」
「なに、仕事は簡単だ。明日のために、体育館で椅子を並べるだけだ。どうだい?」
どう、と言われても、俺は真っすぐ家に帰るつもりだった。断りたいが、ぶつかってしまったこともあり、はっきりとは言いづらい。
俺の無言を、生徒会長は肯定と否定のどちらに取ったろう? 続けて、
「タダ働きではないぞ。バイト代というわけでもないが、手伝ってくれればそれなりにお礼はする。どうだ?」
お礼と聞くと、心が揺らいだ。どうせ家に帰っても暇だろう。マンガを読んで一日を過ごすよりも、手伝いをする方が有意義かもしれない。
「えーっと……」
「答えははっきりとな。私は中途半端は嫌いなんだ」
「じゃあ、手伝います」
「そうか! ありがとう、二年生!」
生徒会長のカリスマにやられたんだろうか。俺はうなずいてから、手伝いを申し出た。
「礼二はどうする?」
「いいぜ。俺もどうせ暇だったしな」
悪友もバイト代に惹かれたのか手伝うと言った。
生徒会長は満足そうに笑い、右手を差し出してきた。
握手、ということだろうか。俺は自分の右手を重ね、
「よろしくな、二年生! いや、二年生と呼び続けるのも失礼か。私は宮崎リンドウ。君たちの名前を教えてくれないか?」
知ってます。
「二年F組の、竜崎勇人です。こっちは渡辺礼二」
「竜崎君と、渡辺君だな。分かった。では、早速行こうじゃないか」
律儀に名乗る生徒会長は、握手したままの俺の手を引っ張った。意外と柔らかい温かさに、俺ははさっきとは違う恥ずかしさを感じる。お手て繋いでなんて、幼稚園児か!
「せ、生徒会長、自分で歩きますから……」
「はは、恥ずかしいか?」
「えっと……はい」
「素直だな。こちらまで恥ずかしくなりそうだ」
笑いながら言う生徒会長には、恥ずかしさなど少しも感じない。むしろ、喜んでないか?
「それと、私のことは会長ではなく、宮崎と呼んでくれ」
「分かりました、宮崎先輩」
「よしよし。君は素直で良い子だ」
子、と言われてもたったの一年しか変わらないんだが。
生徒会長は噂よりも懐が広いらしい。豪気、とも言うのだろうか。生徒の代表と選ばれるだけのことはある。
たどり着いた体育館では、もう数人の生徒が作業に取り掛かっていた。
「よし、では竜崎君、渡辺君、手伝いを頼む。終わったら、生徒会室に来てくれ。三階の北側、端にある。迷うことはないと思うが」
宮崎先輩はこう伝えると、メガネの先輩と一緒に出て行った。会長は別に仕事があるのかもしれない。
「……んじゃ、やるか、礼二」
「おう!」
俺たちは、作業中の生徒に混ざって仕事を始めた。
グイグイ引っ張られていく主人公です。