第四話 竜胆(りんどう)
また一人登場です。
三人目までは少し間がありますのでお待ちください。
遠くからでも聞こえる会話を、俺はなんとなく眺めてしまった。加わるのではなく、観察するように竜姫=ウイングフィールドを見ていた。
「帰るかー。って、どうした、勇人」
「ん? ああ、帰るのか?」
「おう。今日は特に用事もないんだろ?」
「そうだ、な」
礼二も、俺の視線の先を見る。それだけで悪友は何やら悟った顔をして、
「そうか、勇人にもついに春が……」
「どういうノリだよ。別になんとなく見てただけだっての」
「まあまあ、いいじゃないか。俺たち、そういうのには無縁だったし。ここでいっちょ決めてみるのも……」
「言ってろ」
鞄を持ち上げて、俺はさっさと教室を出ようとする。だけど、そこでまたうっかり転入生の方を見てしまった。
目が合う。やばい、気づかれた。
俺はさっさと視線をはずす。変に意識していると思われると厄介だ。まあ、あの見た目に興味があるけど。
あの転入生、何気に好みかもしれない。礼二じゃないが、お近づきになれるなら、拒みはしないだろう。
とはいっても、あっちは何重にも囲まれていた。俺があそこに切り込んでいくのは無理ってもんだ。
礼二が追ってくる。しかも、
「いいのか、勇人。こういうのは最初が肝心だぞ。取り巻きもいるし、声をかけるなら、今がチャンス!」
なんて言ってきやがった。
「お前もカノジョいたことないだろうが。なに知ったかぶりしてんだよ……」
俺の呆れた声も、礼二は気にしない。
「言うな。そして、言わせてくれ。勇人、玉砕してこい」
「しねえよ」
好みだけど、一目惚れするってほどじゃない。
「なんだー、つまんねーなー。勇人が玉砕したところ、見たかったんだけどなー」
「趣味悪すぎんだろ。むしろ、礼二が行け」
「いやあ、俺は黒髪が好きだからさあ」
芝居がかった悪友を放って、俺は先を歩く。礼二が黒髪派なのは知ってる。長い付き合いだからな。というか、黒髪好きなのはトラウマも関係してるんだが、それはともかく。
「おーい、待て待ってくれ勇人」
「待たねえ」
早歩きを、さらに小走りにして先を行く。妙なノリの礼二は、無視するに限るわ。
だけど、そこで前に気を配らなかったのが悪かった。俺は階段の方へ曲がろうとして、
「あっ」
「うおっと」
うっかり、人にぶつかってしまった。
こっちは一歩下がる程度で済んだが、相手は後ろにバランスを崩していた。俺は慌てて、手を伸ばした。
「っと、悪い。大丈夫か?」
転ばれる前に、なんとか相手の腕を取った。
転んで、泣かれでもしたら面倒だ。相手のことというよりも、自分のことを考えて俺は助けた。
ただ、そこで固まっちまった。
「……ふう、危なかった。前を見るんだぞ、二年生。あと、廊下を走るのはやめなさい」
「え? ああ、すみま、せん」
相手に見覚えがあった。ついさっき、一時間もしないうちに見た顔だ。
かっちりと着こなした制服に、三年生のクラス章がある。長い黒髪に凛とした態度。転びそうだというのに、全校集会で見た印象そのまんまだった。
「だが、助けてくれたことには礼を言わないとな。ありがとう、二年生」
生徒会長、宮崎リンドウが目の前にいた。