第二話 ドラゴンプリンセス
さっそく一人目のヒロイン登場です。
また一時間早く起きた俺は、身なりを整えた。鏡の中には、あの頃とは少しだけ変わった自分がいる。
成長した、と自分で言うのも恥ずかしいが、少しは大人の顔立ちに近づいてきた。少年、という区分から抜け出せそうだ。
髪型と目つきの悪さは相変わらずだが、これは仕方がない。髪型を変えるには勇気がいるし、目つきは生まれつきなのでどうしようもない。
食パンを焼きつつ、猫のシュラにエサをやる。美味そうに食事を取るシュラを眺めつつ、俺は牛乳をグラスに注いだ。
焼きあがったパンは、長年同じブランドのもの。親父の好みらしく、ずっと変わっていない。
まるで、あの時の再現のような、と感慨深く思う。思って、そういえば昨日一昨日も同じことをしていたと思いだしたが。
俺の学校、真川高校までは、いつも自転車で通っている。
愛車は、今日もギコギコとうるさかった。この前、油をさしたというのに調子が悪い。そろそろ買い替え時なんだろうか。
高校までは、片道二十分。今日は早起きし、さらには天気が良いのでのんびりと走れる。
今日から高校二年生、ということで、クラスが変わる。真川高校は一年ごとにクラス変更がある。
どうなるだろうという疑問はあったけど、不安はない。これでも一応、人付きあいには困ったことがない。
学校に着くと、早速クラス表を見に行く。昇降口に貼られた三枚の大きな紙。その真ん中が、二年生のものだった。
俺は、F組に自分の名前を見つけた。ついでに、悪友の名前も。
三階建ての二階が、二年生の教室だった。F組は端の方にある。俺は軽い鞄を肩から下げて、教室に入った。
もうに、何人かの生徒が座っていた。黒板に座席表がある。俺も自分の席を見つけて、
「よう、勇人!」
さらにその後ろに悪友がいることに気づいた。
「礼二か。また同じクラスだな」
「おう、これで中学んときから五年連続だな!」
「嬉しくねえ……」
「……そう言うなよ。マジで言われるとへこむから」
渡辺礼二、先ほどクラス表で見つけた悪友だ。
中学一年からの付き合いで、もう五年。どんな縁があるのか、ずっと同じクラスで過ごしている。
「俺らのどっちかが女子だったら、運命感じるんだけどなあ」
「夢見すぎだろ、お前。つか、今日は早いな、礼二」
「そりゃあ、そうだろ。クラス替えだぜ? ちょっとはワクワクするもんだろうが。お前だって、今日は早いじゃねえか」
「ん? ……ああ、ちょっと夢見が悪くてな」
「夢だあ? なんだ、お前の方が夢見てるのか」
「お前の妄想とは別だよ」
ひっでぇ、と言いながら、悪友は笑っている。これくらいのやり取りはいつものことだ。
「ま、この調子だと来年も同じだな。よろしく頼むわ」
「へいへい」
そう礼二の言葉を聞き流しながら、俺は今朝の夢を思いだした。
まだあの頃の夢を見るというのは、精神的に成長していないからだろうか。そうだと思うと、中二病じみた夢をさらに恥ずかしく感じる。
だというのに、
「なあ、勇人の夢ってどんなのだよ? 夢占いしてやろうか?」
なんて、礼二が思い出させてくる。
「いいよ。ってか、お前、占いなんかできないだろ」
「まあ、そこは気にすんな。……その顔からすると、悪夢だな?」
「ああ、そうだよ。化け物相手にするような夢だ」
「ははっ、ホッケーマスクの怪人にでも襲われたか? それとも、ピエロとか」
「どっちでもねえけど、嫌な夢だったよ」
「お前、あんまりホラー系得意じゃないもんな」
勝手なことを言う悪友は無視。俺は耳を塞ぐ振りをして、おしゃべりを終わらせた。
段々と、クラスに生徒が増えてくる。再会を喜ぶ奴もいれば、一人でおどおどしている奴もいる。
新しいクラスということで、みんな色々と思ってるようだ。俺は礼二と一緒だからか、既に不安感も期待感も失ったが。
生徒がそこそこ揃ったところで、担任だという若い女教師が入ってきた。
「はいはい、みんな、注目ー」
手を叩いて、生徒の注意を引く。担任は見た目のわりに、肝が据わっているらしい。新人じゃなさそうだ。
「はい、今日から二年F組の担任をする、新堂です。これから一年間、よろしくお願いします」
先生が挨拶をしたけど、沈黙。
「よろしく、お願い、します!」
新堂先生が言い直した。迫力に圧された生徒の数人が、おねざーす、という気の抜けた返事をした。
「……まあ、いいでしょう。今日は、全校集会の後に、ホームルームです。すぐに終わりますが、皆さん気を抜きすぎないように。いいですね?」
今度は、うーす、というやる気のない返事が。新堂先生は不満そうだったが、時間が迫っていたからか、早速俺たち生徒を体育館へと連れて行った。
全校集会といっても、大したことはやらない。校長が当たり障りのない話をして、生徒会長が挨拶をするくらいだ。
話をまともに聞く生徒は、どれくらいいるのやら。周囲からは、早く終われ、という空気しか感じない。
「では、次は生徒会長の宮崎リンドウさん、お願いします」
司会役の教師が呼ぶと、一人の女子生徒が、体育館の壇上へ上がった。
背が高い。長い黒髪をさっそうとなびかせる様が似合っており、モデルだと言われても信じられる。顔立ちも良く、自信と活力にあふれていた。
「皆さん、おはようございます。私は生徒会長の宮崎リンドウです」
大きな声が響いた。校長のだらしない声とは違う。
「新学期、新学年ということで、期待に胸を膨らませている方も多いでしょう。明日には、新入生もやってきます。三年生は最上級生として、二年生は見本になる先輩として、新たな一年を送ってください。以上です!」
堂に入っていた。心なしか、緩んでいた空気が引き締まった気がする。
あのように堂々とした生徒会長がいたとは、俺は知らなかった。怪しげな噂をいくつか知ってるくらい。去年の生徒会選挙、演説の時には寝ていたからな。
短い言葉にも好印象を抱いた。あれならば、信任されるのも分かる。
どこからか、宮崎先輩、とか、さすが会長、とか、リンドウ様、とか聞こえてくる。最初二つは普通だが、様付けでも呼ばれているのか。俺もまたまだこの学校のことを知らないらしい。
生徒会長が短くまとめてくれたので、全校集会は早々に解散となった。
次は、ホームルームだ。
新学年、新クラスとなると、恒例のイベントがあるのだろう。俺は少しばかり、面倒くささを感じる。
教室に戻ると、新堂先生が早速とばかりに、
「それじゃ、自己紹介してもらいましょうか」
と、予想通りに持ってきた。
クラス中がざわめく。
「あー、めんどくさいよなあ」
と、礼二もこの調子。俺も言葉にこそしなかったが、礼二に全面的に同意する。
だが、新堂先生は腕を組み、
「と、行きたいところなんですけど、実はまだ一人、生徒が来ていません。連絡があったので、そろそろ来るとは思うんですが」
そう首を傾げる。
新学期早々に遅刻とは、大胆な奴がいたもんだ。
俺はあくびを噛み殺しながら、礼二は文句を言いながら、新堂先生は生徒の名簿を見ながら遅刻している生徒を待った。
とはいっても、待ったのは五分程度だ。廊下から、せわしない足音が聞こえてくる。がらりと引き戸が強く開かれ、そこに、
「す、すみません、遅れました……」
肩で息をする女子生徒がいた。
よほど慌てて来たのか、長い髪はぼさぼさ、制服もぐちゃぐちゃ、女子としては第一印象が残念過ぎた。
ただ、日本人離れした赤い髪に俺は気を惹かれた。顔立ちも外国人っぽい色が濃い。瞳に至っては、緑がかっている。
「えーっと、ウイングフィールドさんね?」
「はい、そう、です」
女子生徒は、息を切らせつつ、なんとか答えた。
名前からして、純日本人ではなさそうだ。
「せっかくだし、自己紹介はウイングフィールドさんから始めましょうか」
「えっ、わ、分かりました」
女子生徒は、ささっと髪と制服を整え、黒板の前へ。
そして、
「タツキ=ウイングフィールドです。皆さん、よろしくお願いします!」
勢いの良い、はきはきとした挨拶をして見せた。
なぜプリンセスなのかは、次回に判明します。