十 .1
――――わざわいなるかな、血を流す町。その中には偽りと、ぶんどり物が満ち、略奪はやまない。
ナホム書第3章1節
「はあっ!はあっ!はあっ!」
僅かな月明かり。
白く凍る吐息。
人気の無い街の静寂を冷たく照らす夜の街道。
「はあっ!はあっ!はあっ!」
何かに追い立てられるように影が伸びやる石畳の床を走るロングコートの少女。
「はあっ!はあっ!あっ!?」
石畳の溝に脚を取られ転ぶと頭を覆ったロングコートのフードが外れ長い銀髪がこぼれ、月明かりを受けサラサラと流れる。
「…痛、足が…早く逃げないと…」
痛めたのか少女は脚を押さえてなんとか立ち上がろうとする、が。
「へいへいっ、そんな逃げなくたっていいじゃない?俺ら悪いことしてないぜ?」
「へへっ、そうだぜ。まるで俺たちが"ナニカイケナイコト"
しようとしてるみたいだろ」
いつのまにか現れたのか、少女のすぐ背後にキャップを被った青年とピアスを複数付けた青年が立ち、少女に長い影法師を投げかけていた。
「ひぃっ!?」
突然背後から声を掛けられ震えながら恐る恐る顔を向ける少女。
「おおっ!アタリだぜっ、メチャンコ激マブじゃん!しかも超清純、処女っぽい!今夜はツイてるーっ!!」
「マジかっ!最近クソビッチのヤリマンどもしか相手してねーから久しぶりじゃん!!」
ガラの悪い青年たちがガッツポーズしたり飛んだり跳ねたりしている。
「え…?え…?」
ひとり取り残された少女は戸惑いながらも、ゆっくりと身を起こしアホのように騒いでる背後の青年たちから逃げるべく全速力で走り出した。
「きゃっ!?」
全速力で走り出した途端前方の何かに顔面から突っ込んだ。
「おっと」
顔から前のめりにぶつかった"ナニカ''から今しがた聞き覚えのある声が自分の正面から聞こえた。
「え…」
恐々と顔を上げるとキャップの青年の胸板だった。
「きゃあぁああっ!!!」
驚愕した少女は腰を抜かし後ろ手に倒れこむ。
「え…?そんな、さっき後ろに…?」
後ろを向くとピアスの青年がニヤニヤとこちらを見下ろしている。
それはまるでこれから捉えたネズミをいたぶり遊ぶ猫のように。
「そんな可愛い悲鳴あげられちゃったら悲しいじゃん?」
キャップの青年がゆっくりとゆっくりと少女に近づく。
「…い、嫌っ、来ないでっ」
涙声で震える少女。
「…ヤベェ、たまんねえっ、ヤル前に味見したくなっちまったぜっ…」
キャップの青年がベロリと舌舐めずりすると口元から常人にはあるまじき二本の鋭い牙が覗いた。
「ひいぃぃっ!?」
後退りする少女の背中がぶつかり、ビクッと視線を上げる。
「…へへっ、俺の分も残しとけよなっ、初モノ、ミイラにされちまったらシャレにならねぇーぜっ」
ピアスの青年の口元がニヤリと笑い鋭利な牙を見せる。
「ひっ!!」
座り込む少女を挟むように立つ青年。
キャップの青年がおもむろに少女の肩を掴み押し倒し迫る。
「いやあぁあっ!やめてぇっ!!やぁあああっ!!!」
キャップの青年の口元が見る見るうちに耳先まで裂けて鋭い乱杭歯が並ぶ異形に変わる。
「いやぁあああああああああっっっっ!!!!」
玲瓏と生者の気配の無い夜の街を照らす月だけが少女の谺する悲痛の叫びを静かに聴いていた。
「――――やめろって言ってんだろがっ。オレ様にクセェ口近づけんじゃねえよ、クソ野郎」
ガチリとキャップの青年の大きく開いた口の中に白銀のリボルバーが差し込まれた。
――――轟音。
吹き跳んだ上頭部。
牙を生やした下顎だけが長い舌を突き出し、パタパタと周りに血の雨を降らしながら後ろに倒れこむと同時にそれは燻んだ灰となり服だけを残して散って逝った。
…チャリ、と後には銀装の弾頭が残された服の隙間から石畳の上に転がった。
「――――なっ!!?」
仲間が塵に変わった一部始終を呆然と見ていたピアスの青年の顎下にシルバーのリボルバーの長い銃身がガチャリと突き付けられる。
「…テ、テメエっ!まさか、最近噂の吸血鬼狩りっ」
薄明かりの街中に閃くマズルフラッシュと反響する重低音。
最後まで喋ることはなくピアスの青年の首から上は消滅し、直ぐに灰となり塵になった。
「〜汝カインの末裔、灰は灰に、塵は塵に、土は土に〜ってか?」
透き通るような可憐な美声。
少女は羽織っていたロングコートをバサリと脱ぎ肩にかける。
ロングコートの下には濃紺の修道服を身につけた銀髪の美少女だった。年の頃は16〜7ぐらいか、長い綺麗な銀髪の金色の目をしたすれ違えば10人中10人が振り向くだろうとても美しい乙女だった。
少女は手にした大型のリボルバーを器用に西部劇のガンマンのようにクルクルと回し修道服のスカートを捲り白い太腿のガーターベルトに巻かれたホルスターに納めた。
「…しっかし、よくこんな罠で引っかかるなあ。今夜だけで何匹目だよったく、もうオジサン疲れちったよ〜」
修道服の少女は可憐な声に似つかわしく無い男のような言葉使いで文句を言うとブルッと身体を震わせる。
「う〜寒ぃ〜、あ〜ダメだ、一杯やらんと」
そう言って修道服の懐から小さな酒瓶を取り出し、蓋を回して開け、クピリとちいさな愛らしいピンク色の唇で酒を煽る。
「ン〜、ぷっはーっ!あーやっぱ仕事の後の一杯は格別だなあ〜」
そう言って若干赤い顔をして少女が再び飲もうと酒瓶を傾けようとした時。
「いけませんね、また貴女の悪いクセが出たようですね。シスターミハエル」
何処からともなく長身痩躯の眼鏡の神父服に身を包んだ男が現れた。