閑話⑮ 騎士学校
これで三章閑話は最後です。
「では授業を終わります」
「ありがとうございました」
鐘の音が授業の終わりを告げる。教師はチョークを置いて教科書を閉じ、教室を出て行った。次は昼休憩の後に実習だ。教師に続くように他の生徒たちもグループを作って教室を出ていく。最後に残ったのはせっせと黒板の文字を書き写していた一人の少女だ。
金髪碧眼のぽわぽわした雰囲気の少女。白と赤を基調とした凛々しい制服……を改造したメイド服も、彼女が着るとなんだか可愛らしく見える。彼女はのろのろとノートを書き終えると、ノートを置いて、ぐぐっと伸びをした。
「疲れた。そして」
誰もいない。少女一人を残した教室の外では、若い男女のにぎやかな声が聞こえてきた。
「どうして私には友達ができないんだろうなぁ」
いつものことだ、と割り切るには少女は孤独が好きでも、達観してもなかった。少女――“緑の玉石”フィリーネ・トーラナーラは深々とため息をついた。
*
「はむ。はむ。……うんおいしい」
お昼はさみしい。フィリーネは校舎の屋上で一人サンドイッチを食べていた。屋上にいるのはフィリーネ一人。入学はじめはもっと大勢の人が屋上で食事をとっていたのだが、今では屋上を使うのはフィリーネ一人。
他の生徒が屋上を使わなくなった原因が自分にあると気づけないほど、フィリーネは鈍感な少女ではなかった。
空は澄み渡るような青空。冬の空はきれいだ。いや、春でも夏でも秋でもきれいだけど、種類がちょっと違う。とにかく、きれいなものはきれいなのだ。
騎士学校は午前中が座学で、昼休憩をはさんで午後から実技というカリキュラムになっている。フィリーネは現在騎士学校で日々勉学に励んでいるが、フィリーネは絶賛ぼっち中だった。
午前中の座学で長机の隣に座る人はいない。昼ごはんを一緒に食べる人がいない。午後の実技も組んでくれる相手はいつも先生だ。
絵に描いたようなぼっち。理由がないわけではない。
「私が危険なのはわかるんだけどな」
どんよりとした空気を発しつつ、サンドイッチをかじる。フィリーネは自分に近寄ることが「危険」であることはわかっていた。
フィリーネは防御特化の玉石だ。それはもう、フィリーネ自身がどうしようもないくらいに守りに特化している。フィリーネが常時展開している「反転」の精霊術。効果はフィリーネに触れた相手に触れた衝撃を上乗せして返すというもの。しかも相手の悪意のようなものに反応するのか、敵意を持って下手に触れれば、簡単に骨折してしまうくらいの威力が出てしまう。
うっかり触れば骨が折れる(物理)女に近寄りたい人間はそうそういないだろう。
しかもこの精霊術、フィリーネが意図して展開しているものではない。フィリーネが玉石としての才能が開花してからずっと、まるでフィリーネを守るように、勝手に展開されているのだ。
それを知らずにフィリーネに触ってしまって、何人もの被害者が出た。全身の骨を折ってしまった黒髪の少年の例もある。
だから座学で一緒に座ってくれる相手はいない。昼ごはんも同様。午後の実技も玉石として相応の実力を備えているフィリーネと釣り合う生徒がいない。
ゆえにぼっち。その点、フィリーネ唯一の親友のシイナは影衆の筆頭代行として、フィリーネに触れないように立ち回るし、シイナならば触れてしまっても、パチンと弾かれる程度の被害で済む。
「はぁ」
サンドイッチはおいしいが、誰かと一緒に食べる相手がいればもっとおいしいはずなのに。親友のシイナは仕事中で、最近顔を見ていない。
フィリーネは屋上にいて、学校の中庭で楽しそうにおしゃべりする集団を眺めながら食事を終える。空になったバスケットをバックにしまい、立ち上がると屋上に設置されたスピーカーが音を鳴らした。
「フィリーネ・トーラナーラさん。フィリーネ・トーラナーラさん。理事長がお待ちです。今すぐ理事長室まで来てください。繰り返します——」
「リリアーナ様が?」
騎士学校の理事長は王妃でもあるリリアーナだ。何の用だろう。フィリーネは理事長室へ行くために、屋上を出て行った。
*
「王妃様直々にお呼びがかかるなんて、玉石はいいご身分ですわね。平民のくせに」
「ほへ?」
すたすたと廊下の真ん中を歩いていると、横から声をかけられた。
「えぇと。そうだね?」
「なにが『そうだね?』ですか! わたくしのことを馬鹿にしていらっしゃるの!?」
フィリーネに声をかける生徒は騎士学校にはいない。しかし何人かの例外はいて、声をかけてきた彼女はその例外の一人だった。
ぐりんぐりんとばねのように伸び縮みする立派な金髪縦ロール。気の強そうな赤色の瞳と吊り上がった大きな目。背丈は小柄で、女性としては背の高いフィリーネを見上げる形になる。
その少女がフィリーネに声をかけたことで、周囲からざわめきが起こる。それを気にする様子もなく、少女はフィリーネをにらみつけた。
「そんなつもりはない……よ? 私が平民なのも、玉石なのも本当のことだし」
にらみつけられたフィリーネはおどおどとした態度で返す。だが少女はその態度すら気に入らないらしい。
「……っ!! なんですのその言い方! わたくしが王族であることを知っての言葉ですか!」
「わかってはいるよ? レモリア・リティア・オウルファクトさん」
金髪縦ロールの少女レモリアはオウルファクト王国の王家に連なる一族の人間だ。王位継承権は第四位。現王であるグランヘルムは彼女の叔父にあたる。
「それであの……私に何の用?レモリアさんが言う通り、リリアーナ様に呼ばれてて、急いでいるんだけど」
「あ……ぐっ卑怯よ!」
「な、何が?」
レモリアは顔を真っ赤にしてびしとフィリーネに指を突き付けた。訳が分からず、フィリーネは戸惑う。レモリアは指でフィリーネの頬をぐりぐりとでもしたいのか、すぅと指が前に出てきている。
フィリーネは慌てて後ろに一歩下がった。
「私に、触らないで」
「お断わりよ! わたくしにも考えがあるんですから!」
フィリーネに触れれば怪我をする。レモリアもわかっているはずで、実際怪我をしたことがあるのだから触れようとするはずがない。だがレモリアは自信満々な顔で鼻をフンすと鳴らした。
「わたくしが自分にかけたこの防御精霊術があればあなたの自動反撃くらい……」
「ネトナウ」
そしてレモリアの指がペトリとフィリーネの頬に触れる、その直前レモリアの指の周りに風が舞い起こった。フィリーネの常時展開されている自動反撃だ。風がレモリアの指をへし折ろうとする。
しかしレモリアも負けてはいなかった。その反応は予想できたとばかりに、片方の手で持った精霊器のスイッチを押す。すると、伸ばしたレモリアの指先から突風が吹いた。
レモリアが持ち出したのはリリアーナの「遅延」の精霊術を再現した精霊器だ。あらかじめ登録しておいた精霊術を、スイッチ一つで発動させるという国宝級の精霊器。それをレモリアは「フィリーネの自動反撃に対抗するため」だけに持ち出した。
ばれれば後で説教間違いなしの行為。レモリアが登録していたのは中級の緑の精霊術。精霊術を精霊術で押し返すつもりだ。
二人の風が衝突する。拮抗は一瞬。結果はすぐに出た。
「きゃっ!」
「ごめんなさい!」
吹き飛ばされたのはレモリアだった。レモリアは指をへし折られることはなかったものの、追加反撃で自分の起こした風に飛ばされ、廊下に投げ飛ばされた。廊下をゴロゴロと転がり、自慢の縦ロールを乱したレモリアは、震える声でまたフィリーネを指さす。
「つ、次こそは……ガク」
「レモリアさーん!!」
力を失った様子で倒れるレモリア。バタンと飛ばした手が廊下に落ちる。フィリーネの悲鳴が廊下に響き渡った。
当然だがレモリアは死んでいない。気を失っただけだ。駆け寄ったフィリーネはレモリアに触れることもできずにおろおろしている。二人の茶番を見ていた他の生徒は関わり合いになりたくないと目をそらしている。
ちなみに、レモリアはリリアーナの呼び出しに因縁をつけるように話しかけてきたが、精霊器の持ち出しや、「遅延」の設定にはかなりの時間がかかる。そしてレモリアはフィリーネ同様ぼっちだった。
レモリアはフィリーネに執拗に突っかかる。理由は言うまでもないだろう。
*
「随分と遅かったわね」
「その、いろいろとありまして」
「そう。大体察したわ」
その後、駆け付けた教師にレモリアを任せた後、フィリーネはリリアーナのいる理事長室を訪れていた。リリアーナはフィリーネの口調から、またレモリアが因縁をつけてきたのだろうと察しをつけて、内心苦笑する。
「あの子も素直じゃないからね。いいわ。急に呼び出してごめんなさいね。フィリーネに聞きたいことがあったの」
「なんですか?」
「学校は、楽しい?」
「……た、たたた楽しいです、よ?」
「うん。わかったわ」
どもりながら、目を泳がせながらの言葉だ。信用なんてない。フィリーネの性質をリリアーナはよく知っているし、そのせいもあって彼女が人付き合いが苦手なことも知っていた。
「ねぇフィリーネ。今騎士学校で“特別クラス”を作ろうって話が出ているのだけれど、知ってる?」
「特別クラス、ですか?」
時間もない。前置きはほどほどに本題を切り出す。フィリーネは初めて聞く言葉に首を傾げた。
「知りません。どんなクラスですか?それ」
「端的に言うと、騎士学校の中から特に才能、能力のある生徒を集めて、英才教育を施そうって目的のクラスね。あなたも当然候補に挙がっているわ」
騎士学校自体、優秀な人材を育てるために作った組織だが、特別クラスはさらにその目的を特化させたものだ。最高の生徒に最高の教師の最高の教育を与えることで、最高の人材を育てる。
「騎士学校の現生徒に限らず、軍や現騎士、精霊術師協会からも有望な人員を集める予定です。実を言えば、候補も出揃って、春から始動するつもりでした」
担任教師をやってくれる人もつかまりましたし、と満面の笑みでリリアーナがつぶやく。
対してフィリーネの反応はあまり芳しくない。
「そ、そうですか」
いまいち実感がわかないのだろう。特別クラスに編入となれば、今いるクラスメイトから離れることになるが、もともと集団から孤立していたフィリーネだ。変化はないと思っているのだろう。
不器用な生き方をしている。リリアーナはフィリーネを見ていると思う。大きな力には代償がつきものだ。そして払われる代償として、真っ当な人間関係の喪失はごくありふれたものだろう。
取り込もうとする下種が現れるか、畏れられて孤立するか。違いはあれど対等な人間関係は気づけまい。
リリアーナの少女時代もそうだった。精霊術の並外れた才能ゆえに幼いリリアーナは両親から見放され、孤立した。頼れたのはたった一人で、でもその人は……
だめだ。これ以上考えると落ちる。リリアーナはあの別れを通して変わったのだ。リリアーナが自ら名乗った“愛しき永遠”という二つ名も、その決意なのだ。
願わくば、と思う。願わくば目の前の孤独な少女によき出会いがあることを。人との出会いは人生を変える。リリアーナが彼女とグランヘルムと出会って変わったように、フィリーネにもシイナ以外の友人ができれば変われるはずだ。
フィリーネと触れ合っても傷つかない。そんな友人が特別クラスを作ることで生まれるかもしれない。
「ただ問題は山積みなんですよね」
フィリーネを帰し、一人になった理事長室でリリアーナは頬杖をついて、窓の外を眺めた。
「担任教師は重傷意識不明。帝国の動きは意味不明で、イゾの町は機能不全に陥ってる。皇国との交渉は大詰めで、つくづくやるべきことが多いですね」
リリアーナは座り心地のいい椅子を立った。王国に余裕はない。帝国が本気で攻めてくれば玉石だけの力で抑えられるとは思えず、帝国の新兵装は解析不明。ニントスに任せることで何かわかればいいのだが、といったレベルだ。
「帝国の沈黙は何なのでしょうね。どうせろくなことにはならないとは思いますが……」
帝国は征服欲旺盛で、常に周辺諸国と戦争としている。植民地となった国も多く、その国を足掛かりに、隣接していない国とも戦争を始める有様だ。
王国が今まで無事だったのは、王国が帝国の攻めるに値しない国だったからに他ならない。だが今は違う。王国は帝国の顔に泥を塗った。もし帝国が全力をもって王国を攻めてきたら。王国は果たして勝てるのだろうか。
「いえ、勝たないといけないんです。そのための騎士学校で、そのための玉石なのですから」
国力で劣る以上、個の力で帝国と戦うしかないのだ。兵士と騎士の底上げをしつつ、玉石に匹敵する人材を育てる。
リリアーナは机に広げた特別クラスの候補生徒の名簿に目を向けた。誰もが玉石になりうる可能性を秘めた存在。リリアーナは名簿の名前を撫でた。
「マコト・カミヤ。期待していますよ」
イラの生徒神谷真琴。特別クラスで誰よりも速く玉石になりうる可能性のある子ども。
帝国との戦争が始まるまで、あと何年もつか。リリアーナはすがるように、名簿の名前たちを眺めていた。
これにて三章はおしまい。週末に一部の登場人物紹介ともう一話はさんで、第二部四章へ進めたいと思います。




