第80話 二人の復讐者
章題回です。
イラは幻を見ていた。目の前には殺すべき帝国軍人セレナ・ルーンロイド。なのに、イラの目にはここにいるはずのない男の背中があった。
黒いロングコートを着て、手に朱い刀を持っている謎の男。後ろ姿だけだから顔は見えない。くせっけのある茶色の髪に小柄な体躯。どこにでもいそうな風貌にもかかわらず、男は世界に我ありと言わんばかりの存在感を放ち、堂々たる後ろ姿を見せている。
彼はイラを導くようにイラの一歩前を走る。イラは左の透徹の刀を振りあげ、唱える。
「〈放て 透徹〉」
振りぬいた後に生成される透徹の水晶。それを見て、男がふっと笑った気がした。
*
「あぁ……っ!」
ずっと戦いを見ていた双刀の女は、イラにしか見えないはずの幻影を見て、歓喜に震えていた。へたり込み、ふるふると全身を震わせて目から涙を流している。
「ようやくようやく会えたあの時からずっと待ってたまた会えるって信じてた」
女の声には隠し難い狂気がにじんでいた。女は涙を垂れ流しながら口を半月状に吊り上げ、嗤っていた。その嗤いはイラやセレナの嗤みよりも禍々しく、そして純化された感情が見えた。
「カリウス……!!」
*
「ふざけるな」
セレナは目の前の理不尽に怒りを感じていた。イラが刀を振り払うと、そこから透徹の水晶が生まれた。とがった礫がセレナを穿とうとする。セレナは妖刀で透徹を斬り払う。
理不尽だ。どうしてここまで策を練って、人間離れしてもなお“透徹”を殺せない。どれだけ追い詰めようと引き出しをあけるように、新たな力を持ち出して対抗してくる。
「私はただ、父さんを殺した“透徹”を殺したいだけなのに!」
*
真琴はイラとセレナの戦いをずっと見ていた。両手足を貫かれた衝撃で、“龍骸”は破壊され、自我を取り戻した真琴は倒れ伏したまま二人の激戦を見ていた。
「先生……」
悔しい。何もできないことが悔しい。イラを傷つけてしまったことが悔しい。自分が弱いことが悔しい。
何より、今自分が這いつくばっているだけなのが悔しい。
どうして俺はこれほどまでに弱いのかと。
「くそ。くそ……くそ!」
「マコト」
涙を流す真琴に、誰かが声をかけた。
*
“憤怒”の力の一端をイラは振るっている。イラは絶え間ないセレナの猛攻を、細剣と刀で凌ぎ続ける。
「ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな」
「はっ……はっ……はっ……〈透徹 顕現 穿ち 滅ぼせ〉」
限界を超えたイラにはもはや、セレナの攻撃を全て受け切る力は残っていない。怨嗟混じりのセレナの剣撃を受けながら、絶え絶えの息で詠唱をする。
精霊の言葉を使っていないのに、透徹の刀から七色の水晶が創り出される。礫大の、三十の殺撃。
放たれた透徹を、セレナは“神狩”と二本の蜘蛛脚で受ける。身を低くし、顔面に触れることだけは避ける。
「づ」
脚が礫を受けて悲鳴を受ける。外れたはずの透徹が方向を変えて、セレナを襲う。高い追尾性能と貫通性。この凶悪な性能は、間違いなくイラの“穿つ透徹の礫”だ。
“霊装”が礫で貫かれることはない。だが衝撃は伝わる。くらうのは二度目。しかも一部を操糸に食われたせいか、“霊装”の防御力が低下している。骨が折れ、肉が千切れ、内臓が裂ける。しかしセレナは動きを止めない。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね……死んで!!」
礫を受けながらセレナは姿勢を低くしたまま“神狩”を伸ばす。伸ばした刀はイラの右肩に突き刺さる。イラの苦悶の声。セレナは体を前に押し出しながら刀をひねって引き抜く。
「ああああああっ!」
イラの体が前にふらついた。立ち上がり、妖刀を振り上げる。振り下ろした妖刀は六色細剣に阻まれる。
その時、イラが手首を返した。妖刀が不自然な軌道で斜めに落ちる。刀に引かれるようにセレナの体勢も崩れた。
勢い止まらずセレナはひっくり返り、腹と首を晒す。セレナは息をのむ。イラは刀を突き下ろしてきた。
イラがしたことはただ手首を返すという一動作。それだけの動きで、セレナの肉体は支配されて、体のバランスを失った。
これまで受けたことのない技術。肉体と力の流れを完璧に理解した上で、こうなるとわかった上で用いられる妙技。知らない。こんな技術知らない。こんなもの、こんな絶技は帝国の誰も使っていない。
「かっ!」
セレナの首に透徹が突き当たった。しかしセレナの首まで軍服は伸びている。刀が首を斬ることはない。
「〈貫け 透徹〉」
ならばとイラは詠唱。刀から生まれる透徹。衝撃が奔る。セレナは地面を転がりながら口から真っ赤な血を噴き出した。
「ぅあ」
「死ね」
嫌だ。セレナは闇雲に妖刀を突き出す。闇雲であってもセレナには積み上げた技術がある。“気”で射程の拡張された刺突は、今度はイラの操糸まみれの首を貫く。
それでもイラは倒れない。だが動きは止まった。セレナはイラから離れるように転がり起きる。
「くっ」
地面に這い構え、血を垂れ流しながらセレナはイラをにらみつける。イラはふらふらと体を動かし、セレナに向かって、おぼつかない足取りで歩み寄る。セレナを間合いに収めた時だけ、イラの動きは最適化する。
イラは消えそうになる意識をつなぎとめることで必死だった。気が狂いそうになる激痛に耐えることで必死だった。
剣を握る手に力が入らない。前に踏み出す足が動いているのか分からない。視界は暗く、男の幻影も見えなくなった。
暗い視界にセレナが映る。イラは反射的に六色細剣を横薙ぎに振るった。受け止められる。イラは全身の筋肉を脈動させ、力を手首に集約する。小さく細剣を跳ね上げる。セレナがまた後ろに吹っ飛んだ。
おかしな話だ。イラはこんな技術を見たことがない。イラが収集した技術の中に、こんなものは存在しない。
まずもって、操糸自体が戦闘のための機能をほとんど止めているのだ。今、操糸はイラの生命の維持に全力を注いでいる。だから操糸と追憶の義眼が記録している技術を、使うことができないはずなのだ。
イラには精霊術を扱う才はあっても、剣を扱う才能はなかった。天才と比べて才能がないという意味ではない。凡人と比べてなお、イラは武器を使う才能が欠如していた。
だからこその操糸で、追憶の義眼だ。近距離で戦うために他人の技術を求めたイラは、見た動きを記録し、再現する術を求めた。
それが憎い帝国の戦闘技術を習得することにつながったのは皮肉な話だが、ともかくこれら二つの精霊器の補助がない状態だと、イラはへっぴり腰の剣くらいしか振ることすらできないはずだった。
にも関わらず、イラは剣を触れないどころか、誰も知らないような妙技でセレナをいなしていた。操糸や追憶の義眼にない未知の技術。イラはそれを体得し、使っている。
できることは相手の動きをいなす程度。それだけがイラの体に叩きこまれていた。
操糸の補助がなくなったからこそ、表に出てきた技。イラは不器用に剣を使う。
イラはすでに限界で、セレナも、不死身かと思うようなイラに焦りを感じていた。だがその焦りも次第に落ち着く。セレナに冷静に現状をとらえる目が返ってくる。
「〈透徹 はな〉」
「しぃぃっ!」
吹っ飛ばされたセレナは空中で一回転し、二本の足で着地した。精霊術を使おうとしたイラを戦いの余波で生まれた瓦礫を蹴り上げて妨害し、双刀を構え、イラに迫る。
“霊装”に頼りきりになるからイラを仕留められない。化け蜘蛛としてではなく、セレナ・ルーンロイドとして、イラを殺す。
「心臓がだめなら首を落とす。首でもだめなら脳だ。それでだめなら、死ぬまで体を破壊する。それでだめなら……」
ぶつぶつとつぶやきながらセレナは踏み込みと同時に右の妖刀を振り下ろした。イラの刀が持ち上がる。セレナは刀と妖刀が触れる瞬間で妖刀を止め、真横に振り切る。あれに触れてはいけない。刀に触れれば体勢を崩される。
力の向け先を失った透徹の刀は空を切る。雷撃のごとき一閃が奔った。イラの左手が宙を舞う。ものもろくに見えていないであろうイラの目がわずかに見開かれる。
「し……」
「ぬのはお前だ。イラ・クリストルク」
“神狩”で左腕を斬り落としたセレナはそのまま“神狩”でイラの首を狙う。イラは歯を食いしばって後ろに倒れるように避ける。ガチリ。六色細剣から音が聞こえた。
構わない。セレナは倒れるイラの横腹を蹴り上げる。シリンダーが回転する。回転して、回転し続ける。
蹴られたイラは地面に倒れこむ。起き上がるより先に首を斬り落とす。頭を砕く。セレナはイラに向けて、“神狩”を振りあげる。
左手を無くして、右手は間に合わない。今度こそ殺せる。油断はしない。イラという存在がこの世から消え去るまで、イラから集中を切らさない。セレナは全霊をこめて刀を振り下ろす。
「くぁ……」
「死ね」
振り下ろした刀はまっすぐ倒れたイラの首に迫る。六色細剣は動いていない。シリンダーを高速で回転させたまま、そのままだ。
セレナの頭に父の顔がよぎる。大好きだった父の横顔。今ようやく父の復讐を遂げることができる。
「お父さん」
セレナの目には憎いイラしか映っていない。セレナとイラ。そして亡き父。セレナの頭にあるのはそれだけで、だから気づくのが遅れた。
「うぉぉぉぉ!!」
「がぁぁぁあ!!」
「なっ……」
“神狩”は倒れたイラの首のすぐ横に振り下ろされた。外した。イラが視界から遠ざかる。衝撃。セレナは八目で、イラにも視線を向けたまま、視線を左右に動かした。
「俺たちを」
「なめるな!」
そこにいたのは真琴とクイナス。龍剣と長刀に斬りつけられ、“霊装”に阻まれて斬られはしないものの、体勢を崩される。
妖刀の支配。真琴とクイナスは妖刀“増鬼夜行”で支配していたはず。セレナの支配下にあったはずなのに、どうしてそいつらがセレナに牙をむく。
セレナは即座に妖刀に意識を傾ける。すると真琴もクイナスも、苦しそうに顔をゆがめた。
「まさか、私が戦いに集中している間に妖刀に抗った?負の感情を、制御した?」
事実、妖刀を通じて送り込んだ感情を増幅させればクイナスはすぐに膝をつき、長刀を取り落とした。しかし真琴は抗う。
「がぁぁぁぁ!!」
真琴は再び龍剣を振りあげ、振り下ろした。振り下ろされた剣は力弱い。でもすぐに片付けないと。真琴に向き直ったセレナは妖刀で、簡単に剣を弾くことができた。触れあった瞬間に、妖刀から感情を流し込む。真琴はまた感情に飲み込まれ、ぐらりと体が傾く。
「邪魔だ」
二人の冒険者が決死の思いで稼いだ時間はほんの数秒。十秒にも満たないわずかな時間だ。だがそのわずかな時間だけ、セレナはイラから意識が外れた。
真琴が落ちたことを確認すると同時に、背後からぞっとするような殺気を感じた。
「セレナ・ルーンロイド」
見ればイラが六色細剣を振り上げていた。六色細剣のシリンダーは回転を続け、刃が六色の光に包まれている。
「私の……」
「死ね」
イラが六色細剣を振り下ろす。それはお世辞にも、鋭くも、速くもない一振りだった。それこそ兵士が初めて剣を使ったような、そんな不格好な剣。先ほど見せた妙技の起こりも見えない。
避けてしまえばいい。だが倒れた真琴とクイナスが邪魔で、避けられなかった。だからセレナは妖刀で受ける。力の入っていない剣だ。妖刀は魔剣や“霊装”同様、簡単には破壊されない強度がある。仮に体勢を崩されたとしても、真琴もクイナスも落ちた。だから問題ない。
問題ない、はずだった。イラの六色細剣と妖刀が触れ合う。瞬間ギチリと、嫌な音を聞いた。
「あ……」
六色の光が妖刀を侵す。真っ黒な妖刀に大きなひびが入った。信じられなかった。だが現実は変わらなかった。ひびは次第に広がり、やがて、妖刀全体を覆いつくす。
パキンと、妖刀が砕け散った。
六色細剣はゆっくりとセレナに向かって落ちてくる。眼前に六色細剣が見える。このままならセレナは頭から真っ二つだ。
どうする? “神狩”で斬り払う? 駄目だ。妖刀を破壊した力だ。“神狩”だってどうなるか。
受けられない。なら回避だ。剣は遅い。セレナは邪魔な真琴を踏みつけながら後ろに下がる。
その下がる足首を掴まれた。
「おまっ」
「逃がす、かよ」
憎悪に精神を侵されながらの真琴の執念。これでもう避けられない。六色細剣の間合いから逃れていない。セレナとっさに両腕を交差させて突き出した。“神狩”は失えない。なら“霊装”で受ける。
「……しぁ」
イラの口から弱々しい気勢がこぼれた。六色細剣がセレナの両腕に落ち、六色の光が“霊装”を侵す。
「ひっ」
光に触れたセレナは喉の奥から短く悲鳴を上げた。光が“霊装”全体にしみていく。今“霊装”とセレナは一体と化している。その“霊装”が、自分自身がじわじわと溶かされていく感覚。
「がいねん、かん……しょう。くらえ」
これが六色細剣に仕込まれていた最後の機能。シリンダーを高速回転させることで、概念に干渉し、万物を破壊する機能だ。
“霊装”が砕ける音がした。セレナの両手首が斬り落とされる。真っ赤な鮮血とともに、セレナの手が力なく地面に落ちる。
「私の、腕」
セレナは絶望のにじむ顔で、落ちた手を呆然と眺める。イラは六色細剣の切っ先を地面に落とし、短く息を吸う。
イラの目には深い憎悪がにじんでいた。ここでセレナを仕留める。六色細剣の刃にはまだ光が残っている。浮上する二太刀目。セレナは避けない。避ける余裕がない。
「あああああぁぁぁぁっーーー!!」
イラの素人の剣の二太刀目は、セレナの右手を肩口から切り取った。
夜空に太陽の光が射す。暖かな光を引き裂くような、セレナの悲鳴が響き渡った。
これにて決着。次で三章完結です。
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