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第70話 太陽の下で

体調を崩しておりました。申し訳ありません。

本日からまた連日更新再会です。


 真琴がクイナスたちと祝杯を上げに行った後も、イラは一人黙々と六色細剣のメンテナンスを続けていた。

 六色細剣は高い技術でもって作られた戦闘用精霊器だ。精霊器に必要不可欠な陣はシリンダーを分解した裏側に刻まれている。


「第七陣を総とっかえ。一から六も今の自分に合わせて陣の書き換えと書き足し。第八から第十五も配置と一部陣形の変更。肝になる第十六陣もきちんとはまった。これでようやく終わりですかね」

 イラは精霊器に陣を刻むために起動していた『炉』の精霊術を解除すると、椅子にもたれかかって深いため息をついた。そして目と目の間を指でもむと、すでに冷え切った紅茶を一口飲んだ。


 精霊器に刻まれる陣はシンプルなものなら一つの円からできる陣でいいが、六色細剣ほど複雑かつ、激しい運用をするためには、それだけ多くの陣が必要になり、バグが起きないようにする必要がある。

 精霊結晶と精霊器をつなぎ、無駄なくスムーズに精霊をやり取りするための第一陣から第六陣。イラの無色の精霊を吸い取り、第一から第六まで円滑につなげるための第七。第七を経由して精霊術を発現させる第八から第十に、初級から中級までの切り替えを担う第十一から第十三。そして第一から第十三までの陣を円滑にするためにはさめた第十四と十五。

 そして六色細剣の奥の手となる第十六陣。


 すでに高いレベルで完成した精霊器をいじるには、職人自体の高い技術が必要になるし、不具合が起きないように調整するのも難しい。特に第七陣の総とっかえは必要なことだったが、神経をすり減らした。

 イラは分解していたパーツを一つ一つ大事に組み立てていく。柄にシリンダーを取り付け、刀身をはめる。イラが無色の精霊を通すと、がっちりとはめこまれた。これで戦闘中に分解されることはない。

 それからシリンダーに精霊結晶をはめ込んでいく。黒、白、緑、黄、青。


 そして赤。差し込んだ赤色結晶は寸分違わず、シリンダーの中に封じ込まれた。部屋の中で試しに振ってみたり、引き金を引いてみたりする。

「ばっちりだ」

 慎重にメンテナンスをした六色細剣は不具合なく働いた。思わずイラの口元が緩む。


「あとは実戦で使ってみるのみですね」

 六色細剣を鞘に納めていると、階段を上り、部屋に近づく足音がした。

「ん?」

 時間はすでに深夜。聞きなれた足音だ。だがほんの(わず)かに片足を引きずっているような感じがする。


「ただいま」

「あぁ。おかえりなさい真琴」

 扉が開かれる。そこにいたのは黒髪黒目の若い青年。間違いなく、イラの生徒の真琴だ。


「……」

「どうした?先生」

「いえ、真琴。何かありましたか?」

「あったってなんだよ。そりゃクイナスたちと飯を食ってきたけどさ」

 真琴から酒の匂いがした。遅くまで飲んでいたのだろう。口調はしっかりしているが、顔も赤い。


 ならば足を引きずっていたのは酔いが回っているせいか?


「ですよね」

 真琴はイラの前を横切り、奥のベッドに向かう。ベッドの下に荷物を置くと、疲れたというようにベッドに倒れこんだ。

 チラリと、真琴の目線がイラの六色細剣に向く。


「そうだ。先生」

「なんです?」

「明日のことなんだけどさ。またみんなで飲もうって話になって、それで先生も誘ったらどうかって話が出たんだけど」

 どうかな。真琴の提案にイラは目を瞬かせた。


「自分が?クイナスさんたちとですか?」

「そそ。ほら聞いてたらクイナスたちも先生にお世話になったって話じゃん?だからまた飲みなおそうぜって話」

 真琴の言葉に嘘は見えない。だがイラは言いようのない不安に襲われていた。


 ()()()()()。表情の硬いイラに、真琴は首を傾げた。

「んだよ。先生もたまには酒を飲んだ方がいいと思うぞ?この前みたいに暴走されるのも困るけどさ」

「一言多いですよ」

 反射的にするのはいつものやり取り。イラの言葉に真琴は手をひらひらさせて答えると、そのまま眠りについてしまった。


「酒に酔っていたからでしょうか」

 言いようのない不安は真琴が酒に酔っていたからだ。イラはこの不安もきっと気のせいだろうと思って、自分もまた眠りについた。


   *


「んじゃ、俺は今日もクイナスたちと用事があるから」

「わかりました。夜の店は三番通りでしたか」

「あぁ。わかりやすいところにあるらしいから大丈夫だと思う。大熊酒店ってところだ」

「了解です」

 翌朝、真琴は起きてすぐに部屋を出て行った。クイナスたちはまだ怪我も治りきっていないはずだが、軽い依頼でも受けるのだろうか。

 ともあれ、六色細剣のメンテナンスも終わったことだし、明日か、明後日にはここを旅立つことになりそうだ。今日の会の後にでも言おうか。


 イラは服を着替えてぐっぐと背伸びをすると、階下に降りて行った。

「あぁ、お客さん。いつもの紅茶ですか?」

「はい」

 一階の喫茶店に降りると、いつもの女店員がくつろいだ様子でカウンターに座っていた。彼女はイラの顔を認めると、ペコリと頭を下げた。


「すぐに準備しますね」

 彼女はカウンターの裏に引っ込むと、ティーポットに茶葉を入れ始めた。彼女の手際には無駄がない。イラは手持ちのカバンにしまっていた精霊器研究の資料を読み始めた。リリアーナから手渡しでもらっていた最新の研究資料だ。

「そういえば、今は総学会の時期でしたね」

 資料は厚く、イラの目から見ても物珍しい研究結果が多い。冬のこの時期は東の都市ペリで研究者を集めての学会があっていたことを思い出した。


「ニントスさんもまた斬新な研究を打ち立てたものですね」

 “黒の玉石”ニントスは精霊器研究家としても有名だ。今年の研究内容は『妖刀、魔剣の異能の精霊器への移譲』。精霊器では再現できない特異な力を精霊器で再現するために、妖刀や魔剣とパスをつなぐことで限定的に再現しようという試みだ。

 これが実現するなら大したものだが、さすがのニントスでも実現まではいっていないらしい。まだ触りの、根幹となる部分だけだ。それでも時間をかければ十分実現できそうな理論が書かれている。


「どうぞ」

「あぁ、ありがとうございます」

 難解な資料を読み解いていると、店員が紅茶を持ってきた。カップを見ると、普段よりも色が濃い。


「昨日新しい茶葉が入ったので、お口に合えばいいんですけど」

「そうでしたか」

 店員の言葉に頷き、読みかけの資料を机の上に置く。そして紅茶に手をつけた。


「ふむ」

 この喫茶店で普段取り扱っている紅茶はさわやかな香りが特徴的だったが、今日のは濃厚な渋みとその裏にあるほのかな甘みが調和したものだった。少々味が強いが、悪くない。

「どうですか?」

「いいと思いますよ。少し味と香りが強いので、食事とともに食べるには不向きでしょうが」

 この紅茶は単体で完成しているものだ。味が強い分、他の味を邪魔してしまう。


「そうですね。なら今度から、この紅茶を出す時は、それだけの時にしますね」

「えぇ。……ところで」

 イラは店員の腕を指さして言った。


「腕を怪我しているようですが、何かありましたか?」

 イラに紅茶を淹れ、持ってきた店員は腕に小さな傷があった。まるで誰かにひっかかれたような、普段生活する中では つかないような傷だ。

 店員は傷のことを指摘されると、一瞬無表情になった。ピクリと、イラの眉が上がる。今、何か嫌な感じはしなかっただろうか。


「……ちょっと。野良猫を撫でようとしたらひっかかれたんです」

「なるほど」

 誤魔化された。店員のひっかき痕は犬猫によるものではない。大きさからして人間か、それに近い存在からつけられた傷だ。

 しかしわざわざイラを誤魔化す理由がわからない。しいて言えば、イラに知られたくない何かしらの理由があった場合……


「いえ、これ以上は邪推ですね」

 相手も妙齢の女性だ。あれこれ詮索するのは失礼にあたるだろう。イラは首を横に振って席を立った。

「お……」

 その際、イラはふらつき、机に手をついた。眩暈(めまい)。それは少しの間じっとしていると治った。


「……貧血ですかね」

 六色細剣の手入れで疲れていたのだろうか。ほんの数日部屋にこもって作業をしていただけでこれとは。

「真琴からおっさんと言われてもしょうがないですね」

 気晴らしに少し町を歩こう。イラは店員に紅茶の分のお金を渡して木陰の小鳥亭を出て行った。


   *


 イラが出て行ったあとの店内。店員はイラが出て行った出口を無表情に眺めていた。そして、

「キイラギの麻痺毒は効果なし」

 と小さくつぶやいていた。


   *


 喫茶店を出たイラは、以前クイナスにあれこれ技を教えた公園に来ていた。公園の様子は変わりない。子どもに老人に主婦に。老若男女問わず雑多な人々が集まっている。

 イラは公園のベンチに座り、空に昇る太陽を見た。太陽は今日も変わらず空に高く昇っている。冬の太陽は寒さを溶かすようにやさしく照っている。陽光に照らされていると、気持ちが不思議と落ち着いてくる。


「思えば、最近は太陽の日ざしを浴びていなかったですからね」

 部屋にこもり切りの生活はよくないのだろう。そして不安なことがあるのも。

「自分は真琴を失うことを恐れているのでしょうか」

 六色細剣のメンテナンスを終えて、イラはようやく自分の感情のわけを考えることができた。考えてみれば簡単なことだ。真琴は冒険者で、イラは玉石。いずれは離れてしまう関係であることが怖かった。

 その象徴が“龍王の咆哮”だったのだろう。真琴が昔所属していた冒険者のクラン。イラは真琴を連れ去られそうで無意識のうちに彼らを警戒していた。


 その気持ちがほどけたのは、真琴がオーガ討伐の依頼を終えてからだ。クイナスが真琴にふられたと言ったからだ。

 今の真琴と“龍王の咆哮”は釣り合わない。それが分かったからこそ、今のイラの安堵感はある。

「つくづく嫌な人間だな」

 違いがはっきりしなければ安心できない。相手が下で、確実でなければ心安らげない。


「俺は昔からこんな人間だったか?」

 イラは自分の手の平を見た。何かあるはずもない、剣を握りなれた、戦士の手だ。イラの手には何も残っていない。


 イラは過去。まだイラの手のひらに全てが残っていた頃のことを思い出す。


「どうかな。ヘルミナ。君から見て、俺はどんな人間だった?」

 そんなこと、わかるはずがない。ヘルミナはここにはいないし、第一もう十三年も前にヘルミナは死んでいる。問いかけても答えが返ってくるはずがない。

 それをわかって問いかけてしまうのは、イラがまだ過去を振り切れていないからか。


 イラはロエ村に住む精霊術師の家に生まれた。精霊術師とは言っても、辺境にある小さな村のだ。大したことはしていない。下手すれば呪い師一歩手前の家系だ。

 今でこそ凡人を自称するイラだが、当時のイラは自分のことを才能ある人間だと思っていた。何せ十代前半で、中級の精霊術を行使できたのだ。しかも不格好ながら、ごくごく一部の人間にしか使えない固有術式まで使うことができた。


 自分が才能ある人間だという幻想が打ち砕かれたのは、村を偶然訪れたグランヘルムとリリアーナだが、それ抜きでもイラは市井の中では才能があった方だろう。

 あの頃は自信があった。相手が下にいると思わなければ安心できるような人間ではなかった。そうでなければ村の子どもたちの教育係になどされることはなかっただろう。ヘルミナの父であった村長は、高慢ちきな男を一人娘の許嫁にするような人ではなかった。


 あの日々は幸福だった。だがそれはもうない。なぜならそれは全て帝国に奪われたから……


「駄目だな。これ以上は」

 大切だから、思い出したくない。ヘルミナたちはどうしようもないほど愛おしい。だからこそイラの胸に残った愛おしい思い出すら、油断すれば復讐心で塗りつぶされてしまう。


 イラはふぅと息を吐き、目をつむった。この復讐心が太陽の光で溶けてしまえ。そんなことあるはずもないのに、願ってもいないはずなのに、イラの理性はふとそう思ってしまった。

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