第68話 祝杯と暗雲
ちょい遅れました。
すみません。
「久しぶりだなマコト!元気そうで何よりだ!」
「はいはい。ベアさんも元気そうでよかったよ」
真琴がハイオーガを倒して五日後。ちょうどイラ達が町に来て七日目のこと。真琴の傷は癒え、立ち歩くことができるようになっていた。
そこで真琴はベアから呼ばれていたことを思い出し、クイナスたちと一緒に冒険者ギルドを訪れていた。
久しぶりにも思える冒険者ギルドは、真琴の目にはいつも通りに見える。当たり前か。たった数日で変わるわけがない。
「ん?」
しかしクイナスたちはギルドに入った時にそっと首を傾げていた。
ギルドに入ると入り口近くのソファにベアが一人で腰かけていた。彼は真琴たちの姿を認めると、朗らかに笑う。なんとなく初めてベアに会ったときのことを思い出した。しかし、ベアは鎧も武器であるはずの大斧も身につけていなかった。
「ははっ!しっかしお前はほんとにすごいな。あれだけの重傷がほんの数日で元通りか」
「まぁな」
イラにオーケーをもらった以上、真琴は完全ではないにしろ復調した。もう一度ハイオーガと戦うのは無理だが、無理せず戦うなら問題はない。
ほとんど化け物じみた回復能力には助けられてばかりだが、よく知らない人間からすれば気味が悪いものではないだろうか、思ったのだがベアは純粋に真琴の回復を喜んでいるように見えた。
「ん?どうした?」
「あ、いやなんでもない」
その時、真琴とベアの目があった。ベアが真琴をまっすぐに見つめている。その視線に違和感を覚えた。
「それで、今日はどうしたんだ?祝杯上げるための飯だけか?」
真琴がこれ以上の言及をする前に、クイナスがベアに聞いた。ベアは首を振る。
「いや、ハイオーガ討伐の件について少し話をとな」
「あんたがか?」
それは顔役とはいえ一冒険者のベアではなく、ギルド職員がするべきものだろう。ヘーハイトスが眉をひそめると、ベアは首に下げたギルドタグを手に取った。
「……実は冒険者を引退しようかと考えていてな。ギルドにはもう話を通してある。今日はその予行練習のようなものだ」
「え?」
あっさり冒険者をやめると言ったベアに四人はおかしなものを感じた。しかしベアはまるでつきものが落ちたような顔で言う。
「ハイオーガを見てわかったんだ。俺はもうトシなんだってな。だからまだ戦えるだろう連中のサポートに回りたいんだ」
「……ベアさんはまだまだ現役だと思うが」
ベアとともに壁役をしたガッツがつぶやくが、ベアは黙って首を振る。
「いいや、だめさ」
「そう、か」
「それで、話はハイオーガの死体と、あとマコトのことだ」
「俺?」
自分を指さす真琴に、ベアはポンと肩に手を乗せた。
「あぁ。マコトはほとんど一人でハイオーガを討伐した。その功績は計り知れない。だからマコトを聖銀級に認定したいというのがギルドの考えだ」
「それって……」
聖銀級。大陸にたった三人しかいない真金級の次にあたる等級。大国でもほとんど見ない上から二番目の等級だ。なるためには誰にも文句を言われないだけの実力と実績が必要になる。
ギルドが公式に認定している聖銀級は五十八人。金級冒険者の十分の一ほどしかいない。
ギルドから推薦されるなど並大抵のことではない。突然のことに、真琴たちは言葉を失った。
「やったじゃねぇか!!」
いち早く硬直から回復したヘーハイトスが真琴の背中を強くたたく。続けて復活したクイナスとガッツも同じくバンバンと真琴の体をたたくが、真琴は未だにポカンとしたままだ。
「おめでとう……と言いたいところだが、すぐにとはいかないようだな」
そこにベアが申し訳なさそうに言った。
「どういうことだよ」
「マコトには聖銀級に認められるだけの実力がある。しかし実績の数が足らないらしい」
つまり真琴は実力だけならすでに聖銀級だが、ギルドへの貢献度合いが足らないということだ。
「聖銀級の依頼をいくつか一人で達成するか、金級の依頼を地道にクリアするか。冒険者に専念して一年くらいはかかるだろうが、何、聖銀級への切符は手にしているから」
「ごめん。そういうことなら聖銀級にならなくていいや」
真琴がベアの言葉を遮る。ベアはピタリと固まった。
「聖銀級が、いらないのか?」
「あぁ。俺は今は先生と一緒にいたい。もっと強くなりたい。聖銀級の等級は確かに欲しいけど、でもそれで先生から離れることになるのなら」
「それは」
ベアは真琴の言葉を信じられないという顔で聞いていた。そしてぐっと拳を握りしめる。
握りしめた拳からは血がにじんでいた。
「ベア?」
その時だ。ヘーハイトスはベアから嫌な気配を感じた。ほんのかすか。だが無視できない程度の何か。しかしベアは顔を一瞬赤くさせるとまたさっきと同じようになり、表情を和らぐ。
「……わかった。なら俺から後でそのようにギルドに伝えておこう」
「すみません」
聖銀級は冒険者の憧れだ。それをみすみす蹴ってしまうなど。謝る真琴にベアはとんでもないと手を振る。
「じゃあハイオーガの死体は後で受付でもらうとしてだ。今からオーガ討伐の祝杯を挙げるとしようじゃないか!」
*
「なぁベアさんどこまで行くんだ?」
ギルドを出た真琴たちはベアの案内で、イゾの町の小道を通っていた。
「この奥に隠れた名店があるんだ。あと十分くらいかな」
昼を過ぎて夕方になった小道は薄暗い。左右を青灰色のレンガで囲まれ、息が詰まりそうだ。
ベアを先頭に、前からクイナス、真琴、ガッツ、ヘーハイトスの順番に歩く。ベアはクイナスの文句を軽く流し、薄暗い道を進んでいく。
「ベア」
しかし十分たっても店にはつかない。イゾの町は計画的に作られた人工的な街だ。曲がりくねった道ではないが、奥まった人目のつかないところまで来たことはわかる。
こんなところに本当に店などあるのか?何かがおかしい。クイナスが眉をひそめていると、不意にベアが振り返って、すっとクイナスに向かって手を伸ばした。
「なぁ、クイナス」
「……なんだ」
ベアから得体のしれないものを感じ、クイナスは一歩後ろに下がって、ベアの手を逃れる。夕焼けの光がベアの顔に射す。クイナスははっと息をのんだ。
ベアの目が、赤く妖しく輝いていた。
「お前……!」
「ちっ」
クイナスに触れられなかったことにベアは舌打ちをした。そして体を前に倒し、腰を低くする。戦うつもりだ。異変に気付き、真琴たちも警戒心を露わにする。
狭い小道で前にはベア。土地勘がないから道もわからない。訳が分からないが一度距離を取るべきだ。最後尾を歩いていたヘーハイトスは後ろを振り返る。
「あら」
「っ!?」
そこにはいつの間にかに一人の女が立っていた。
「誰だお前」
「ふふっ」
女との距離は約三十メートル。周囲に人影がないにもかかわらず、ヘーハイトスは女の接近に全く気付くことができなかった。
赤いロングコートを着た灰色の髪の女。その女は女らしい顔立ちと体を持ち合わせていながら隙が全く見えない。何よりヘーハイトスが振り返らなかったら、近寄られても気づくことはできなかったはずだ。
「初めまして」
女の存在に真琴たちも気づく。ヘーハイトスは弓をもって来なかったことを悔いた。今日はベアの話を聞き、祝杯をあげるつもりだったからまともな装備をしてきていない。ヘーハイトスが持っているのは小さなナイフ一本。ガッツやクイナスも似たようなものだ。
真琴だけは龍剣を持ってきているが、それでどうなるか。
「どうするクイナス」
怪しげな状況に、切迫した様子で真琴が聞いた。クイナスは真琴に頼られたことに頬を緩めると、パパっと女とベアに視線を向けて答えた。
「どうも何も、逃げ道はない。戦うしかないだろ」
「割り振りは?」
ガッツが腰に差していたナイフに手を当てる。
「俺とガッツでベアと対峙。真琴は女を頼む。ヘーハイトスは他に敵が来ないか警戒」
「わかった」
クイナスは素早く指示を出す。それを女は愉しそうに笑いながら、ベアは無表情に見ていた。
「せっかくだもの。遊んであげましょう」
女の一言を皮切りに、狭い小道での戦闘が始まった。
*
「はぁっ!」
小道は人が二人も通れば狭苦しい程度の広さしかない。真琴とガッツは半身になって立ち位置を変えると、真琴はそのまま女に向かって飛び上がった。
「へぇ」
両脇のレンガの壁を使った二段跳び。ヘーハイトスの頭の上を行く脚力に、女はすっと目を細める。
「思っていたより楽しめそうね」
女は腰の刀に手を当て、抜く。現れたのは真っ黒な刀身の刀だ。
「ちぃっ」
女は抜いた刀を下から上に向かって振りあげる。その刀は寸分たがわず真琴の龍剣と打ち合いになった。
女の刀は龍剣に触れても壊れなかった。生半可な武器では龍剣と切り結ぶこともできない。女からどろどろとした殺気が噴出する。この女は敵だ。真琴はそこでようやく女を正体不明から敵に認識を切り替える。
「お前は一体何者だよ」
「それを答える義理はないわね」
真琴の問いに女は不敵に笑う。真琴と女は一度距離を取り、再度切り結ぶ。だが小道で振り回すには、龍剣も女の刀も長すぎる。数度単調に切りあったところで女が上を指さした。
「こっちでやりましょう?」
「……乗ってやるよ」
真琴の返答に女はうなずくと、タンとその場から飛び上がった。飛び上がった先は小道を作る家々の屋根。平坦な屋根の続く場所で戦おうということだ。
「随分と」
女は特に力を込めた様子もなかったが、軽く上までジャンプした。無色の精霊を使った肉体強化。それが並外れて上手い。真琴は壁に一度足をつけて屋根まで飛び上がる。
小道には“龍王の咆哮”の三人と、ベアだけが残った。
「なぁベアさん。あんたどうしちまったんだ?」
「……」
クイナスの質問にもベアは何も答えない。ただあらかじめ準備していたのか、大振りなナイフを懐から取り出した。
「似合ってないぜ。それ。あんたには戦斧が似合ってたのに」
大柄なベアには大振りとはいえナイフがミスマッチだった。挑発も込めて言ってみたが、ベアは顔色一つ変えない。いや、
ベアの無表情なはずの顔には深い憎悪がにじんでいた。
「気色悪い。まじでどうなってんだよ」
無表情なのに、何かを憎んでいることはわかる。クイナスは表情を険しくしてナイフを構える。
「近くには誰もいないな。気持ちが悪いくらいに」
周囲を警戒しているヘーハイトスが言った。小道とはいえ、大きな町だ。住宅街の中だから人の気配がないとおかしいのだが、それがない。
「つまりこの襲撃はあらかじめ予定されてたってことか」
ますます油断はできない。クイナスは細く長く息を吐いて、ベアとの距離を一気に詰めた。




