第6話 模擬戦という名の拙い戦いを見る何か
地面に転がるマコトを見ながら、イラは深いため息をついた。
「いんやぁ。そこのあんちゃん随分と強いねぇ」
「かぁー! わけぇのによくやるぜぇ。俺もあと十年若けりゃなぁ!」
「そうですね。自分も正直驚いてます」
途中から騒ぎを聞きつけてイラとマコトの模擬戦を見ていた村人たちが、イラに向かってしきりにマコトのことを褒めていた。
「ほんと、ほんと。その子、見ない顔だけどお弟子さんかい?」
「そのようなものです。古い知り合いに頼まれまして。中々やんちゃなようだったので、こうして一度叩いてみました」
「ど派手な戦い方だなぁ。冒険者かいね?」
「金級だそうですよ」
「そいやまぁ! どうりで強いはずだわ。イラ君とまともに戦えるなんてぇ、すげなぁ」
「才能ってやつですかね。嫉妬してしまいます」
村人に答えるイラの言葉は、よくよく聞けば空虚で、彼自身そうは思っていないことがありありと分かった。確かにマコトには強く、派手で、才能がある。しかしだ。
「あまりに無様な戦い方じゃないですかね」
村人に聞こえないように呟く。その声からは才能一点張りの戦い方への、イラの落胆と怒りが隠しきれていなかった。
*
模擬戦の戦いを振り返ろう。まず初手。マコトは武器として“勤勉”の片手剣を使ってきた。“美徳”の魔剣、その数打ちの一つだ。能力は指定空間内の活性化。
“勤勉”は魔剣の中でも扱いにくい武器だ。何せ精霊術、肉体問わず一律に活性化させ、しかもその有効範囲は自分だけではなく相手にも及ぶ。単純に発動させているだけでは互いの消耗が速くなるだけでしかない。
だから瞬間的に発動と停止を切り替えつつ、相手の攻撃を暴発させたり自分の精霊術だけを強化したりするような工夫と技術が必要となる。というか、それが“勤勉”の基本的な使い方だ。
玄人好みの能力で上手く扱えれば脅威になるが、こともあろうにマコトはこのメリットを全て捨てて、単純な肉体強化の手段として用いた。
武器の使い方は人それぞれであり、型にはまらない戦い方も必要であり、また有用であることはよくわかっているが、さすがにマコトの“勤勉”の利点を全て殺してしまうようなやり方には呆れてしまった。
これでは肉体強化の力を持つ“傲慢”の数打ちの劣化でしかないではないか。
迫る動きも無色の精霊の扱いと二重に強化して生み出した速度だけはいいとして、それ以外の面ではまるで駄目だった。目線や筋肉の動きで、どう動くかの予測があまりにも容易だった。
だからかつて戦場で見盗った“流水”という技術で楽に対処することができた。
続く二手目。ここで初めてマコトはイラの技量の一端を把握し、油断が抜けた。続けて放った三連撃はまぁ、及第点と言っていいだろう。当たらないなら二撃目を、それでもだめなら三撃目。力任せの速度任せな攻撃ではあるが、単純ゆえに凌ぎづらい。
三手目の斬り合いも同じく及第点だ。イラが今回使ったナイフは黄色の精霊術が組み込まれた精霊器で、イラの自信作だ。起動させると周囲の黄の精霊を瞬間的に取り込み、重量を増す効果がある。リリアーナが来る直前まで作っていて、ちょうど完成したから試しに使ってみたのだが上手く機能して良かった。
マコトの手はさぞ痺れたことだろう。
総じてマコトは剣については色々と問題は多いが、速度、膂力、技術の点を見るに「戦力」という面では優れていることが分かった。「実力」が伴っていないことは事実だが、認めるべきところは認めるべきだろう。
だが精霊術。これはあまりにもお粗末すぎて笑えすらできなかった。精霊術の使用には正しい発音、正しい陣の運用に詠唱する呪文の暗記。そして通常視認できない精霊を把握する力と必要な精霊だけを選別し、陣の形に誘導する技術が必要とされる。
熟練すればとても役に立つ、だがそこに到達するためには長い時間が必要とされるからこそ精霊術士は貴重であると言われているのだ。幼い頃から精霊術に親しみ、毎日訓練を積み重ねることでようやく精霊術は形になる。洗練された理論に裏付けられた手法を身につけて初めて、精霊術士を名乗ることができるのだ。
だというのにマコトの精霊術はそんな前提を全てはるかかなたに放り投げ、強引に精霊を操作するものだった。そのせいで精霊の反発にもらい、本来出るはずの威力の三割も引き出せてはいなかった。
貴重な魔眼の力をまるで引き出せていない。
そんな雑な精霊術が効くはずもない。顔面に向かって放たれた精霊術もどきの炎は、緑の初級精霊術「エザク」で相殺した。お返しに「イウ」を返してみたが、マコトは避けることもせずに直撃した。おそらく精霊術を受ける経験自体が少なかったのだろうと考えておく。
そう考えないとやっていけない。
ともあれ、模擬戦で最も見るべきところであり、また指摘するべき部分はこの後だった。“勤勉”をしまい、龍剣と呼ばれる剣を抜いた。このあたりから広場の周囲に戦闘音を聞きつけた村人が集まってきたが、マコトは気づいていなかったらしい。
でなければ村人を巻きこむような規模の炎を発したりはしないだろう。イラがとっさに防いでいなかったら村人は大怪我。最悪死んでいたかもしれない。大事がなかったからよかったものの、分かっててやったならぶん殴ってほめてやるところだ。
閑話休題。龍剣を見てイラはナイフを収め、“透徹”の剣を生成した。一目見ただけで分かった。龍剣は危険だ。イラが作ったナイフ如き、簡単に破壊してしまうだろう。精霊器一つ作るのもただではないのだ。イラの場合、他の精霊器職人よりもかかるコストはずっと低いのだがゼロではない。作ったその日に壊されてはたまらない。
その点イラの透徹の剣はいくら壊されても困らない。どうせ即席で作ったものであるし、頑丈さもずば抜けている。だから龍剣と打ち合っても壊れはしない。
何せ「ウテツオト」、“透徹”を表す音節はイラが帝国を滅ぼしたいという執念の果てに生み出したものだから。
ともかく問題はその後だ。イラが透徹の剣を生み出した後、あろうことかマコトは観戦する村人を巻き込む形で炎をばらまいた。とっさにイラとマコトを覆うようにドーム状の水晶壁を作っていなければ、死者多数の大事故になるところだ。
実はマコトとの戦いで一番焦ったところはそこである。
そんなイラの焦りも露知らず、マコトは炎の中に自ら入って行った。ちなみに魔眼持ちのイラにとってはそんなもの目くらましにもならない。生物内にしか存在できない無色の精霊を捉えれば、例え炎の中でも位置は丸わかりである。
ただマコトが幻影剣と呼んでいた技には多少驚かされた。あれは概念術式に分類されるものだ。干渉する概念は「分裂」あるいは「数」。それに緑の精霊術による空気の密度変化を利用した目くらましが組み合わされたものだ。再現できるとしたら精霊術研究をしている“黒の玉石”かリリアーナくらいだろう。
とは言っても、不意打ち自体はバレバレだったので、イラはマコトが出てくるタイミングを見計らって緑の下級精霊術で打ち上げた。炎は熱である赤の精霊を最も生み出すが、同時に緑の精霊も生み出す。それを利用した形だ。
そして打ち上げられて目を丸くしているマコトの脳天に剣を叩きこんでノックアウト。イラとマコトの戦いはイラの完封勝利となった。
*
気を失ったマコトを担ぎ上げ、イラは自分の家へと帰る。
「リリアーナはどうしても自分に彼を押し付けたのでしょうね」
リリアーナの言っていた通り、マコトを扱いかねていたことは事実だろう。このピーキーすぎる少年を放りだしたくても放りだせなかった事情があることもまた事実。けれどリリアーナほどの人脈があればもっと適切な人選もあったはずだ。わざわざ罪人であるイラに未来ある若者を半ば強引に押し付ける必要はなかったはずだ。
まさかイラの中にくすぶる帝国への、どす黒い憎悪の炎をどうにかしようとして持ってきたわけではあるまい。
「ともあれ、引き受けてしまったのですから指導しないとですね」
口では文句を言いながらも、イラの頭の中ではどのようにマコトを指導しようかと計画を立てている。誰にでも理解できるカリキュラムを作る必要はない。マコトのための、極端に言えばマコトだけが理解できるカリキュラムであればそれでいい。
せっかくの才能だ。徹底的に磨き上げるとしよう。今恨まれても構わない。どうせ自分はマコトの人生の中で過ぎ去っていく人間だ。一通り指導が終わればもう会うことないはずの人間。ならば限界の上にある、極限の中で強くしてやろう。
『そんなことまで考えてるなんて、イラはすごいね』
『イラ兄ちゃん、精霊術教えて!』
『分かった。分かった。分かったからヘルミナもアイビーもそんなにくっつくなよ』
不意に過去の記憶が蘇る。噛みしめた唇から血が流れ出た。とうの昔に過ぎ去ってしまった過去。取り戻したいと渇望して、しかし取り戻すことなどできるはずのない過去だ。
「……ウレアノト アリ アタナ アン ウクム」
家路を行きながら詠唱。しかし何も起こらない。一節にまとめるべき音節をどうしてもまとめきれなくて、三節にしてしまった不格好な詠唱。
かつて存在した凡才なロマンチストが一つだけできた固有術式。今はもう失われてしまったちっぽけな精霊術だ。
「あの頃には戻れない、か」
当たり前だよな。あの頃の自分はもういない。穏やかな村にいた平凡な精霊術士イラ・クリストルクはもう死んだ。今ここにいるのは身を焦がすほどの願いを果たせなかった復讐鬼の残骸。無様で不格好に生き恥をさらしている愚か者だ。
イラは何かをこらえるように空を見た。気づけば空に昇る太陽はもうすっかり夕日へと変わっていた。