第67話 決意
「話は終わりましたか?」
「あぁ。ふられちまったよ」
イラが一階の喫茶店で紅茶を頼んでいると、まだ紅茶が届く前にクイナスたちが下りてきた。彼らはイラの姿を認めると、軽く手を上げて歩み寄ってきた。
「ふられた……そうですか」
「イラさんとしては一安心というところか?」
「どう、なんでしょうね。正直自分にもよくわかりません」
クイナスの言葉の意図はどこにあるのか。おそらくは最近のイラのもやもやを読み取っていたのだろう。クイナスはイラの言葉に、目を細めると、正面の机に座り込んだ。ガッツとヘーハイトスもその後に続く。
しかし冒険者たちはどうにも居心地が悪そうだ。線の細いヘーハイトスは例外として、クイナスもガッツも女性向けに作られた華奢な椅子に体を預けるのが不安そうだ。もちろん、店の空気が居心地悪くもあるのだろう。
「……すみません。紅茶キャンセルでいいですか?」
「あ、わかりました!」
イラは立ち上がると、奥に引っ込んでいた店員に声をかけた。
「外で話しましょうか」
「すまんな」
椅子を立ち上がりながらの言葉に、クイナスたちは申し訳なさそうに小さく頭を下げた。
*
「イラさん。あんたに頼みがある」
場所を移して町の広場。広場には走り回って遊ぶ子どもの姿や井戸端会議に花を咲かせる女たちの姿が見えた。
「なんでしょう」
戦いとは無縁そうな彼らを横目に、イラは広場にあるベンチに腰掛ける。
「俺たちに精霊術を教えてほしい」
「精霊術、ですか?」
「あぁ」
「なぜ?」
イラの問いに深い意味はない。しかしヘーハイトスは違う意味にとったらしく、苦々しい顔をした。
「国の重要人物から無償で精霊術を教えてもらおうなんて虫がいい話だとは分かっている。だが冒険者の俺たちがきちんと精霊術を学ぶにはあんたくらいしかツテが……」
「いえ、そうではなく。自分は単に理由が聞きたいんです」
「強く、なりたいんだ」
一歩前に出て、ガッツが答えた。
「それは……真琴のために?」
「そうだと言えるし、そうでないとも言える」
言葉を引き継いだのはクイナスだ。
「誰が何と言おうと、真琴は俺たちの仲間だ。あいつと肩を並べるために俺たちは強くなりたい。でもそうなることをあいつが望んでいるわけじゃないだろ」
「なるほど。それで精霊術ですか」
「あぁ」
真琴とクイナス達の間に大きな差ができてしまった。その差を埋めるために強くなりたい。その手段が精霊術というわけだ。彼らの決意は固い。イラはふむと顎に手を当てて考え込む。
「……教えることは可能ですが、その前にまず確かめさせてください」
「確かめる?」
イラはうなずくと、眼鏡を外して“見霊の義眼”を活性化させる。そして自分の周りに六色の精霊全てを集めて陣を作り、詠唱した。
「オレアトク イオヅト イエリエス イキスコル」
詠唱と同時に形成された陣がクイナス達のところまで飛んでいき、霧散した。そしてクイナスのところに緑、ヘーハイトスに赤、ガッツには白の精霊が集まった。
数は少ない。イラは眼鏡をかけなおし、首を振った。
「すみませんが、あなたたちに精霊術を教えることは難しいと思います」
「なぜだ!」
「適性と、年月の問題です」
いきり立つガッツに、イラは冷静に答える。
「真琴のような規格外を除いて、精霊術の習得には色の適性と、長い時間が必要です」
適性の有無は中級以上の精霊術を使えるかどうかに関係している。ならば下級以下には関係がなさそうなものだが、単にそういう問題ではない。
「まず適性。この有無は精霊術を使いこなすために深く関わってきます。簡単に言えば中級以上の精霊術を使うには適性があることが前提で、適性がある精霊術は他の色より覚えやすい傾向があります」
例えばイラは今でこそ精霊器を体内に埋め込むことで全色適性を手にしているが、もともと黄の適性があった。しかし全色適性になっても一番使いやすいのは黄色だ。青単色適性のエクスは言わずもがな、生来の全色適性のリリアーナも一番適性の深い白がベースの固有術式を所有している。
真琴は適性は全色最高峰のものを持っているが、緑が最も得意。これは真琴の生来の適性が緑だったことを示しているのだろう。
「先ほど適性の有無と深さを確認しました。クイナスさんは風を操る緑の適性。ヘーハイトスさんは赤、ガッツさんは白の適性でした。白が適性なのは珍しいことですが、今回はプラスには働きませんね」
「なぜだ」
「白は習得が難しいからです。そうでなくとも素人が初級の精霊術を習って使えるようになるまで最低三年はかかると思ってください」
「三年……」
変に言葉を選ばないイラ。五年という言葉に、クイナス達の顔に失望が混じる。
「しかも三年かけても使える精霊術はしょっぱいものです。適性が並外れて深いというのであれば、まだ可能性はありましたがそうでないなら学ぶだけ無駄です。知識として知っておくことはいいと思いますが」
「なら俺たちは……」
精霊術の習得がクイナスたちの希望だったのだろう。想像以上の高い壁にショックを隠せない様子だ。
そんな彼らの様子を見て、イラはかちゃりと眼鏡の位置を直した。
「そう失望しないでください。精霊術が無理なら、別の技術を磨けばいいだけのことです」
「だがそれ以外にすぐ強くなる方法があるか?」
「ありますよ」
イラの一言に、クイナスたちは表情を輝かせる。イラは三人に指を二本立てて見せた。
「まず精霊器や魔剣などで身を固めること。道具の力で強くなることです」
「それは」
イラの言葉に、クイナスは言いよどむ。
「わかっています。それはもろもろの理由。心情的にも経済的にも厳しいんでしょう?だから自分が提案するのは二つ目の方」
イラは指を一本折りたたんで、一本だけ立てた。
「あなたたちの今持っている武器を活かせばいい。それだけの話です」
イラの言葉に三人の頭に疑問符が浮かぶ。百聞は一見に如かず。イラは“操糸”を稼働させて無色の精霊を活性化させる。
「冒険者の多くは無色の精霊を、あなたたちの言う“気”の力を利用しています。要するに肉体強化。無色の精霊の扱いに慣れるほどに体は頑丈に、筋力は見た目以上に増し、目や耳はよくなり、疲労や怪我の治癒も早くなります。ですがそれだけではないんです」
イラが無色の精霊を活性化させていることに気づいたのか、クイナスたちがピリリとした空気を発する。やはり普段から無色の精霊を使っているだけあって、勘がいい。
「どういうことだ?」
「こういうことです」
イラとクイナス達の距離はおおよそ三歩の距離。イラの気配が膨れ上がる。瞬間、三歩の距離をイラが一瞬で詰めた。
「っ!?」
突如眼前に現れたイラに、クイナスが反射的に腰に差していた長刀に手を伸ばす。だが見ればイラはベンチに腰掛けたままだった。目の前にいたはずのイラはどこにもいない。キツネにつままれた顔で、クイナスはイラを眺める。
「これは……精霊術か?」
「いえ違います。“気当て”と呼ばれる技術ですね。忌々しいあのクズどもの……失礼。帝国流戦闘術の奥義のようなもののようです」
無色の精霊は外界に出ると、すぐに周囲の精霊に影響を受けて霧散してしまう。
しかし、強固に支配した無色の精霊は短時間であれば外界でもその状態を保つことができる。
「それが自分がさっきしたことの正体。自分の気配を無色の精霊に乗せてぶつけたんです」
以前イラがエクスに使った「虚剣」という技もこの気当ての技術を使っている。最もイラのそれは不完全で、オリジナルの使い手はそこに白の精霊術をからめるという離れ業をやってのけている。
無色の精霊と有色の精霊の混成の技術は、理屈は理解できてもイラには再現できない。
「これなら……俺たちにでも使えるようになると?」
「それはわかりません。ですが精霊術を学ぶよりはずっと有意義だと思いますよ」
無色の精霊を外界に現出させることははっきり言って難しい。しかし無色の精霊だけで高位の魔獣と渡り合える金級冒険者なら、十分に再現できる素養はあると見える。
特にこの技術は磨けば、射程の拡張や斬撃の増加などをすることもできる。
「どうすればできるかは、自分にも説明しにくいですね。強いて言えば自分を信じること。体の中を巡る精霊が、外に出ても崩壊しないというイメージ。そのイメージをもって練習すれば……いつかはできますよ」
「そうか。ありがとうなイラさん」
「いえ」
クイナスはほっとしたような顔をした。そしてさっそく使ってみようと体に力を込めている。
教えたばかりだというのに三人とも、すでに無色の精霊が少しだけだが外界にこぼれ始めていた。さすがは金級冒険者といったところだろうか。この調子なら一月もあれば調子をつかめそうだ。
「ところでこれは教えてもよかったのか?秘伝に属する技術だろう?」
「かまいませんよ」
ヘーハイトスの質問に、イラは最高の笑みで答えた。
「どうせあのクサレ帝国どもの秘伝です。盛大に広めてくれてかまいませんよ」
「そ、そうか。帝国が憎いんだな」
「言うまでもなく」
笑顔からどす黒いものを感じたヘーハイトスは、それ以上の言及をやめておく。
「そういえば、今回真琴が討伐したハイオーガの死体。あれはどうなりました?」
「あぁ、あれか」
ハイオーガは死後、肉体が精霊結晶のように変質していた。これは今回のハイオーガ特有のもので、冒険者ギルドが一時預かりをして、調べるように言っていた。
「昨日聞いてみたんだが、正直手が付けられないものらしい。解析しようにも、結晶なのか、生物なのか、金属なのかもわからず、ギルドの職人はおろか、町一番の職人にもわからないから加工もできないらしい」
要するに何一つわかっていないと。金級冒険者がからんでいる以上、ギルドが死体を持ち逃げすることはないだろうが、このままギルドに預けておくのももったいない。
「なら今度死体を引き取りに行きましょうか。王都の知り合いに頼めば摩訶不思議な物質でもある程度解析はしてくれるでしょう」
イラの頭に浮かんでいたのは“黒の玉石”ニントスだ。イラ以上の精霊器職人であり、万事に詳しい彼(彼女?)ならばという信頼だ。
「わかった。討伐者は真琴だから引き取るためには真琴が行く必要がある。だから真琴が回復してからの引き取りになると思うが、かまわないか?」
「えぇ」
ならばしょうがない。イラがうなずくとヘーハイトスはほっとしたような顔をした。
「それから、ベア……オーガ討伐に同行したこの町の冒険者が祝杯を上げたいと言っていてな。あとで真琴に伝えてほしい」
「重ねて了解です」
話を終え、イラはぐるりと広場を見まわした。穏やかな冬の太陽に照らされて、町の人々は好きなように生活している。
走り回って遊ぶ子ども。よたよたと散歩をする老人に井戸端会議に花を咲かせる女たち。せわしなく働く男。
「……」
しかしなぜだろう。この当たり前の光景から、イラは嗅ぎ慣れた不愉快な存在を感じ取っていた。
*
「憎い相手を殺すために必要なこと」
とある民家の中で、ベッドに横たわった女はつぶやいた。
「もし相手が自分よりも弱かったのなら、そこに下手な奇策は必要ない。正面から迫って、剣かナイフで心臓か頭を突き刺せばいい。心臓と脳を破壊されて生きていられる人間はいない」
女がいるのは何の変哲もない民家。住民もいるただの家。女はその中でまるで主のようにふるまっていた。
「相手が自分と同格なら、背後から襲う。不意を打って、手傷を与えて、対等から引きずり下ろす。そうすれば殺すことは簡単だ」
しかし、と女は身を起こした。
「なら相手が自分よりも圧倒的に格上だったなら?こちらの渾身の一撃を軽くいなし、相手の軽い一撃が致命傷になるほどだったなら?そんな相手を殺したいのならどうする?」
しかもその相手を女はただ殺したいのではない。苦しめて、絶望させて、希望など微塵にも残されていない状況に追い込んで殺したい。そうするにはどうするか。
「知っている。相手を殺したい。苦しめたい。その二つを合わせればいい」
つまり苦しめて殺す。追い込んで殺す。絶望させて殺す。相手が自分より強いなら、相手を自分と同じところまで引き下ろせばいい。枷をつければいい。
そのためには策が必要で、女はそのための手札を持っていた。女は胸に刀身の真っ黒な刀を抱く。そして刀を抜いて、闇を放つ刃にほおずりをした。
見目麗しい女が凶悪な刀に抱きつく光景は蠱惑的で、目に毒だ。たまたま女のそばを通りがかった家の主人は女の様子をチラリと見る。
だがそれだけでそれ以上何か言うこともなく、通り過ぎて行った。女も主人に構わない。頬が刃に触れ、真っ黒な感情が女に流れ込んでくる。
「妖刀“増鬼夜行”。この子のおかげで私はようやくあの男に……イラ・クリストルクに届く」
妖刀から流れ込んでくる負の情念に女が侵されることはない。なぜなら流れ込んでくる負の情念を女はすでに持っている。海にバケツほどの水を流しても、海が海でなくなることはない。
「準備は九割がた整った。あとはもう一人。あの少年を手に入れればようやく叶う」
女は端正な顔を醜悪に歪めて嗤った。クツクツと腹の底から響くように嗤う。そろそろ約束の時間だ。女は立ち上がり、妖刀を腰に差して家を出て行った。




