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第61話 変異種


「今日はわざわざ時間をとっていただきありがとうございます」

「いえいえ、自分もカールランス商会には世話になりましたからね」

 真琴が依頼に出た翌日の昼。イラとビヘイヨは宿屋一階の喫茶店に向かい合って座っていた。ビヘイヨと約束していた食事だ。


 ビヘイヨは顔にニコニコとした笑みを浮かべ、うまそうに紅茶をすすっている。イラも同じく紅茶で口を湿らせながら、置かれたメニューに目をやっている。

「ここは野菜を使った料理が美味ですよ」

「そうですか。なら旬野菜のピザをいただきましょうか」

「それはお目が高い。私も同じものを頼もうとしていたところです」


 ビヘイヨは呼び鈴を鳴らして呼んだ店員に注文を伝える。店員は注文を聞くと、ペコリと頭を下げて他の客の方へ向かっていった。

 木陰の小鳥亭はどうやら喫茶店としても成功しているらしく、こじんまりとした店内には多くの客が入り、それぞれ話に花を咲かせていた。


「それで、カールランス商会の最近の様子はどうですか?」

「えぇえぇ好調ですよ。私が運んできた積み荷もすでに売れてしまいました。明日に次の積み荷を仕入れて、明後日にはこの町を出る予定です。次の町までの護衛の冒険者も雇えました」

「それはよかったです」

 行商人は町から町へと渡り歩き、積み荷を売り買いすることでもうけを出す商売だ。道中イラと出会ったことでビヘイヨは予定外の行路をたどっている。

 カールランス商会のコネがあることを考えても、彼は十分優秀な商人なのだろう。


 だがビヘイヨは別れる前に、しばらくイゾの町で商売をすると言っていなかっただろうか。


「出立前にあなたと話をする機会ができましたし、私個人も絶好調ですよ」

 ビヘイヨは実際、上機嫌だった。戦後の特需(とくじゅ)でカールランス商会はいまだに経営は好調。次期大旦那になるビヘイヨを勉強のためといって、行商に出せる程度には余裕もある。そしてわざわざ辺境の村に行く前に最大の目的であったイラとも出会うことができた。


「自分は大した人間ではありませんよ」

「何をおっしゃいますか!」

 だから謙遜するイラに、ビヘイヨは大仰なそぶりで答えた。

 イラは大国である帝国と引き分けたオウルファクト王国にたった六人しかいない“玉石”の一人だ。しかもイラ個人も商人の間では優れた精霊器職人として名が知られている。イラの作った精霊器の武器が売りに出された時、それが高値で取引されたことをビヘイヨは知っていた。

 今は関わりが薄くとも、こうしてつながりを作っておいて損のない人物だ。売り手としても、買い手としてもイラは最高級。カールランス商会としてではなく、ビヘイヨ・カールランス()()とイラのつながりをビヘイヨは作りたかった。


 見てくれはあまりぱっとしない男。しかし彼から生み出される価値は計り知れない。

 ビヘイヨは注文した食事が届いてからも、饒舌(じょうぜつ)にイラへおべっかを使う。


 対してイラはビヘイヨの見え透いたおべっかに内心辟易(へきえき)としていた。確かにビヘイヨのおべっかは上手い。人を良く知り、言われて嬉しいと思うような言葉を最適なタイミングで投げかけてくる。

「ですけど、ビルマと比べるとまだまだ経験が足りないようですね」

 ビヘイヨに聞こえないようにこっそりとつぶやく。ビヘイヨの言葉は百人が聞けば九十九人が喜びそうな言葉だ。だが百人全員ではない。


「ですから、精霊器とはイラ様のように、オーダーメイドで高品質の……」

「ビヘイヨさん」

 ビヘイヨの話が、精霊器に移ったあたりでイラは口を挟んだ。


「なんでしょう」

 ビヘイヨは話の腰を折られたことへの不快感を見せなかった。彼はイラの顔を見て、何か失敗しただろうかと、目をほんのわずかに泳がせた。

「あなたはすでに一流の商人だと思います」

 その不安を読み取ったイラは年長者として丁寧に言葉を重ねた。


「ありがとう、ございます」

「ですがまだ超一流ではない」

 戸惑いながらの礼に、イラはゆっくりと首を振って言った。


「それはどういうことでしょうか」

 称賛とも批判ともいえない言葉に、あいまいに答える。


「もしあなたがこれから“玉石”と呼ばれる人間と商談をしたいなら、もっと相手を見るべきです。玉石は普通の人間とは価値観が違いますから」

 ビヘイヨの言葉は百人中九十九人は抱き込める。けれど、残りの一人、並みの感性をしていない人間には通用しない。そして大きな利益を生む人間は、その一人に属するような人間だ。

 イラの言葉にビヘイヨの仮面が砕け、ひきつった顔を見せた。極端に憶病なビヘイヨでもなく、愛想笑いが上手なビヘイヨでもない、プライドの高いビヘイヨが見えた。

 このプライド高い様子がビヘイヨの素だろうか。


「私が、未熟者だと?」

「いいえ。ですが経験はまだ足りないのではないかと。ビルマを知っているからこその言葉ですが」

 ビヘイヨは父の名前を聞いて、顔を真っ赤にした後、感情を抑え込んだのかまたすぐに表情を取り繕った。ビヘイヨはカップに残っていた紅茶を一気に飲み干す。


「……ためになるお言葉ありがとうございます。今後の参考に、させていただきます」

「はい」

 ビヘイヨから吐き出される言葉は震えていた。イラは余計なことを言ったかもしれないと、自分もまた紅茶を飲み干す。


「ところで明後日が出立とは、妙に急ぐのですね」

 気まずさから逃れるように話を変えるイラ。ビヘイヨはカツカツと神経質にカップをたたきながら答えた。

「嫌な予感がしたもので」

「嫌な?」

「えぇ」


 ビヘイヨはぐるりと喫茶店を見渡した。イラもつられて見渡すが、特に変わった様子はない。店はにぎわっており、女性客が多い。というよりもイラ達以外みな女性だ。

「私、これでも勘はいい方でして、憶病だからですかね。ともかく町から妙な雰囲気を感じたのですよ。だからです。特に長くとどまる必要もありませし、なら次の町に行った方がいい」

「……なるほど」

 優れた戦士が勘を大事にするように、ビヘイヨもそうしているわけだ。


「ところでイラ様はお弟子を取られたのですね。……父からは何も聞いていなかったので驚きましたよ」

 予感うんぬんの話を深く聞こうとしたイラだが、それより先にビヘイヨが口を開いた。


「弟子、というわけではありません。リリアーナから言われて一時的に面倒を見ている生徒です」

「生徒、ですか。ふむ」

 ビヘイヨは顎に手を当てて何か考え込む。そしてまたすぐに首を振った。

「そうですか。玉石の生徒です。実に優秀な方なのでしょうね」

「まだまだ未熟ですがね」

 そうして二人の会話は終わった。


   *


「嫌な予感、ね……」

 ビヘイヨと別れた後、イラは一人町の様子を見回っていた。町は昨日来た時と同じ賑わいを見せていた。イラの目から見て、何かおかしなところは見られない。


「一応気にしておくか」

 赤色結晶の削り出しは終わっていない。せめて真琴が帰ってくるまでには終わらせたいと、イラは宿の自室へ帰っていった。


   *


 急いでクイナスたちがいるはずのところまで引き返す。そこに広がる光景に、真琴は眼を疑った。

「あ……」

「真琴逃げろ!」


 足音で察したのか、クイナスが叫ぶ。叫びながら彼は倒れていた体を起こし、長刀を目の前の存在にふるった。

「キシシシッ!!」


 クイナスの長刀をそれは()()()()()()()()。そして刀を握ると、クイナスごと体を持ち上げて、近くの壁にクイナスをたたきつけた。

「なんだこれ」

「くそ……」

 呆然とし真琴はつぶやく。クイナスは力を失い、地面に転がった。クイナスにとどめをさしたそれは狡猾な笑みを真琴に向ける。


 オーガとクイナスたちが戦っていたはずの戦場。オーガの死体が見えた。真琴が最後に見たときよりも深い傷を作ったオーガ。そしてそのオーガの腹は真ん中なら大きく裂かれていた。

 その周りにあるのは倒れた仲間たち。ガッツはかぶっていた兜をひしゃげさせてあおむけに倒れ、ベアの太い両腕はあらぬ方向に折れ曲がっていた。ヘーハイトスも腹を抑えて小さく震えている。

 皆まだ息がある。その事実に安堵するべきか恐怖するべきか。真琴はこの惨劇を生み出したそれに目を向けた。


 背丈は小学生の子どもくらい。真琴の胸のあたりまでしかない。手足も背丈相応で、先には鋭くとがった爪が見える。頭に小さな角を生やし、口から上に伸びる牙が生えていた。

 肌の色が緑で、頭の角がなければ、見てくれはただのゴブリン。しかしただのゴブリンが金級冒険者を複数人相手どれるはずがない。

 それに、と真琴は倒れた仲間たちの負傷の様子に目を向けた。彼らは皆殺害ではなく、無力化されていた。これはたまたまか?金級、銀級の優れた冒険者だからこそ生き延びることができたのか?


 違う。このゴブリンにも似た化け物は()()()をしたのだ。真琴はイラとの訓練でいつもされていること。圧倒的な実力差があるからこそ、実現されてしまう現実。オーガとの戦いで弱っていたとはいえ、こいつは赤子の手をひねるように、上位冒険者たちをなぎ倒したのだ。

「なんだよてめぇは」

「キシシッ!」

 黄土色の肌をしたその魔獣は手に何も持っていない。しかし、真琴の魔眼は魔獣の周りに濃密な黄の精霊が集まっていることが分かった。黄の精霊は鎧のように魔獣に隙間なくまとわりついている。


 手加減などできる相手ではない。真琴は魔獣と目線を合わせたまま、素早く『勤勉』の魔剣を鞘に納め、龍剣に手をかける。

 けれど真琴が剣を鞘に納めた瞬間、魔獣は真琴に襲い掛かってきた。


「……っ!」

 速い。一足で魔獣が間合いの中に入ってくる。黄の精霊の鎧に包まれた手が真琴に伸びる。


「しぁっ!」

 あれにつかまれればまずい。真琴は龍剣を居合の要領で抜き放つ。狙いは魔獣の腕。真琴の放った剣閃はまがうことなく魔獣の腕をとらえる。

「嘘だろ」

「キシァァ!?」

 龍剣は魔獣の腕をとらえ、弾き飛ばした。斬れない。絶対の切れ味と破壊力を誇る龍剣が、目の前の魔獣の細い腕を切り落とせなかった。

 それどころか、龍剣を振った腕がびりびりと重くしびれている。


 しかしこの状況は魔獣にとっても想定外だったらしい。魔獣の目が大きく見開かれる。互いに動揺したことによる一瞬の静寂。先に我に返ったのは真琴だった。

「はぁ!!」

 洞窟の中で白炎は使えない。ならばと真琴は幻影剣を使う。龍剣の刃が消え、不可視の刃が形成される。


「キシィィ」

 知性の低い魔獣なら、そのまま突っ込んでくるはず。特にオーガのような魔獣なら特にだ。しかし目の前の魔獣は危機を読み取ったのか、とっさに後ろに飛びのいて間合いから外れる。

 そして魔獣の赤く光る眼は、そばに倒れているヘーハイトスに向いた。


「まずっ……」

 魔獣がヘーハイトスの首元に手を伸ばした。やろうとしていることが分かり、真琴は加速を使う。真琴の全身が停滞した世界をとらえる。モノクロにも見える世界の中、真琴は魔獣とヘーハイトスの間に入り、龍剣を伸ばして魔獣の手を再び受け止める。


「かはぁ……っ」

 世界が元に戻る。加速の副作用で真琴の心臓が大きくはねた。魔獣はさっきまで距離の離れていた真琴の出現に、警戒するようにまた距離を取る。そして両手をだらりと下げ、前傾姿勢をとった。口元に浮かんでいた醜悪な笑みが消える。

 視線は真琴にピッタリ固定。わずかな動きも見逃さないといわんばかりの表情だ。


「この……こいつホントになんなんだよ」

「へ、変異種だ」

 真琴のつぶやきに答えたのは、息も絶え絶えなヘーハイトスだ。彼は焦点の定まらない目で真琴を見つめると、せめて伝えねばと口を動かす。


「変異種?」

「晶窟で、稀に……げほっ!見る、魔獣だ。よくは……俺も知らない。だがこいつが俺たちを嬲った“ハイオーガ”、だ」

「ハイオーガ、か」


 晶窟に満ちる濃密な精霊の影響で生まれるとされる“変異種”。その存在は冒険者の中でも知る者は少ない。

 なぜなら変異種は存在自体が稀であると同時に、もし発生した場合、大抵の場合冒険者ではなく()が討伐に当たるからだ。


 金級の冒険者でも足りない。聖銀級でどうにか。真金級なら対等に。かつて大陸の南部にある小国でゴブリンの変異種が生まれた時、ハイゴブリンと名付けられたその魔獣は国にいるゴブリン全てを率いて軍隊を作り、人間に牙をむいた。軍勢の王となったハイゴブリンは、三つの町とその国の騎士団の四分の一が壊滅するという決定的な被害を引き起こした。

 ハイゴブリン率いる軍勢は精鋭の騎士に勝るとも劣らない統率具合だったという。


 変異種の魔獣は通常の魔獣にない特性を有する。ハイゴブリンであれば人間の兵法を実現し、軍勢を統率できる異能。また別の地域で発生したハイウルフは、音の速さで駆け続けることができたという。

 影響を受けた精霊と魔獣の持つ性質が混ざり合って生まれる特性は、変異種の魔獣の最大の武器だ。たとえ真琴が対峙しているハイオーガがまだ生まれて時間のたっていない子どもだったとしても、油断はできない。


 その上、元になったのが討伐ランク金のオーガだ。もし成長すれば小国ならば単騎で滅ぼせるだけの力を持つことになるだろう。

 それを知らぬ真琴はしかし、最大限の警戒をもってハイオーガと対峙する。冒険者としてのキャリアの少ない真琴は当然変異種のことを知らない。だが真琴がこれまで培ってきた経験が、目の前の魔獣を以前対峙した魔獣人間並みの存在として認識させていた。


 対するハイオーガも目の前にいる人間を、相応の危機として見ていた。ハイオーガはまだろくに戦ったことがない。晶窟の中で生まれ、外敵のいない中で育ったハイオーガの戦闘経験といえば、両親や兄弟たちを強引に屈服させたことくらいだ。

 しかしハイオーガは頭が良かった。その上、無意識のうちに最適な体の動かし方を身につけていた。戦闘における絶対の知性と戦闘センス。それを助ける肉体。そして変異種としての特性。


 異世界から来た真琴も偶然の結果に生まれたハイオーガも、等しくイレギュラーな存在だ。そんな一人も一匹が黄の精霊の満ちる晶窟で衝突した。

 楽勝ばっかりではつまらないですよね。というわけで、真琴VSハイオーガ始まります。

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