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第56話 晶窟のオーガ討伐戦①


「さて、いくか」

「おう!」

 翌日、まだ太陽も昇り切っていない頃にクイナス達はイゾの町の南の出入り口近くに集合した。


 メンバーは五人。まず町の代表である銀級冒険者のベア。熊のように大柄な彼は背中に大きな戦斧を担ぎ、焦げ茶色を基調とした重厚な金属と革の複合鎧を身につけていた。心臓や腕など重要な部分だけを頑丈な金属で覆い、他の部分を軽い革で覆う複合鎧は冒険者の定番鎧だ。

 筋骨隆々な肉体に複合鎧はよく似合っていて、彼が長年戦い続けてきたことが分かる。


 二人目はクラン“龍王の咆哮”のリーダーで、金級冒険者のクイナス。腰に聖銀合金の長刀『ヒキサメ』を差し、軽い革鎧を着ている。クランの攻撃の要として防御を最低限に、回避と移動に重点をおいた装備だ。


 反面ガッツは重装備である。身の丈ほどの大きさもある黄鉄のタワーシールドに金属鎧。騎士のような装備だ。だがガッツの着る鎧は騎士のもののように傷の少ない小奇麗なものではなく、小さな傷から大きな傷までたくさんの破損の跡があり、その度に修繕してきた跡が見えた。まさしく歴戦の戦士である。


 ヘーハイトスはクイナスよりも軽装だ。革の胸当てなど最低限の防具をつけて、両腰には矢のつまった矢筒。背に黒塗りの大弓がある。それ以外にも小刀やロープなど、こまごまとしたものをあちらこちらに身につけている。遠距離からの狙撃と、探索において斥候をするヘーハイトスらしい、俊敏に動くための超軽装の形だ。


 最後の真琴は両腰に龍剣と大罪の魔剣『勤勉』を差し、複合鎧の上にロングコートを着ていた。コートはそれなりの厚みがありながらも動きやすそうで、裏地には細かく砕いた精霊結晶が編みこんである。精霊術を使う真琴のために、精霊術士のローブの代わりにとイラが作ったものだ。

 他に以前と違うのは、龍剣と『勤勉』の剣を差す向きが逆ということと、真琴の表情だろう。今の真琴の表情は、かつて冒険者として活動していた時と比べて、ずっと落ち着いている。


「懐かしいな。この感じ」

 冒険を目の前にして、口元が緩んでいるのは変わらないが。


「そうか。真琴は依頼を受けるのは久しぶりか」

「そうなのか?」

 納得した様子のクイナスに、質問をしてきたのはベアだ。


「あぁ。秋の頃に冒険者の依頼で……騎士学校に入学しててさ。その後あれこれあって今は先生にあれこれ教えてもらってる」

「そうなのか」

 真琴の答えにベアはどこか不安そうだ。冒険者として戦いから離れたことが気になるのだろう。真琴がまだ若いことも理由にある。


 真琴がイラの生徒になってから、並の冒険者以上の死線を潜り抜けてきたことはクイナス達を含め、真琴以外に知らない。


 金級四人に銀級一人という構成だ。移動は馬車で行う。昨日の時点で予約をしていた馬車に乗り込む。馬車は対面で座る形になっていて、席順は昨日と同じだ。五人で座るには広い馬車の中で顔を突き合わせながら、晶窟に入ってからの段取りを整える。


「まずはお互いの戦闘スタイルからすり合わせようか。俺は長刀を使った前衛だ。メインの攻め手として、相手にダメージを与える役割だ」

「俺はクイナスが動きやすいようにタンクとして相手の注意を引きつけて、動きを止める役だな」

「俺は後ろから二人の補助だな。目を潰したり、関節を貫いたり。ピンポイントに矢で狙撃する役割だ」

 ガッツが受けて、クイナスが攻める。ヘーハイトスはその援護。“龍王の咆哮”は前衛が二に後衛が一の構成だ。


 それから彼らは状況に応じた動きを語っていく。クイナスたちの言葉に、ベアが「むむ」とうなった。細かいところまでそれぞれの役割がはっきりと決まっているのだ。ベアの知る冒険者たちはそうではない。もっと大雑把で流動的、はっきり言えば適当だ。

 クラン“龍王の咆哮”の強みはそれぞれが役割を定め、動きを明確にしていること。毎日を楽しく過ごすことを信条としている彼らだが、戦い方は堅実そのものだ。遊びはあっても過ぎた無謀や無茶はない。それぞれが仕事を十分に果たすという信頼の上に、彼らの戦いは成り立っている。


「俺も前衛だな。戦斧で敵を正面から薙ぎ払う。パーティを組んでいる時は敵の注意を引きつけることが多い」

「ならガッツと同じポジションか。ガッツよりも攻撃寄りだけど、オーガ相手に壁役二人いるのは心強い」

 見た目通り、ベアは前衛のタンクだ。普段魔獣と戦う時も、体格と膂力を活かした戦いで、他の冒険者に安心を与えているのだろうとクイナスは考える。


「……っとマコトはどうだ?」

 最後にクイナスは真琴に話を振った。真琴の戦闘スタイルは同じクランだったから知っているが、念のためだ。

「俺は前衛も中衛もできると思う。武器は剣と精霊術」

「精霊術!?」

 精霊術を使える冒険者。精霊術の使い手は国が確保している以上、その存在は貴重である。ベアは驚きの声を上げた。


「あぁ。つっても大したことはできねぇよ。上限は中級の緑。詠唱の短縮はできないから、剣の合間に使うのは難しいな。四色どれでも使えはするけど、風を操る精霊術が一番得意だ」

「……そうか」

 真琴の言葉にクイナスがおやと思う。

「自信がなさそうだな」

 前の真琴は精霊術を使えることを自慢にしていた。なのに今の真琴は精霊術を苦手としているように見えた。


「ん、先生の精霊術はとんでもないからさ。精霊術の自信なんて全くねぇよ」

「あぁ、そういうことか」

 クイナスもイラが精霊術を使っているところは見たことがある。精霊術にさして詳しくないクイナスだが、あれがただの精霊術ではないということは分かる。あんな相手を師匠に仰ぐのだ。自信をなくしてしまうのも無理はないのかもしれない。


「まぁ、それを言うなら剣でも体術でも敵わねぇけどさ」

「マコト君の師匠は一体何者なんだよ」

 金級の真琴をして、何一つ敵わないと言われるその師匠。正体が気になったベアだ。


「何者か、ねぇ」

 答えるのは簡単だ。イラ・クリストルク。オウルファクト王国の“黄の玉石”で、人外じみた実力の持ち主。

 だがそれは言っていいものだろうか。イラはあちらこちらで兵士の恨みを買っている。もちろん、ベアは冒険者だからイラを恨んでいる可能性は低いが、間接的に“透徹”のことを知っていたヘーハイトスの例もある。


「王国の元兵士で、精霊術士だよ」

 悩んだ末、真琴はイラのことをベアに話さなかった。とやかく口にするものではないだろうし、必要ならイラが自分で明かすはずだ。

「そうか」

 ベアは真琴の歯切れの悪い返事に、間を置いて返事をした。何かあると思ったのだろう。他人に軽々と話せないことがある人間など、この世にははいて捨てるほどいる。


「大事なのはマコトが実戦でどれくらい戦えるかだな」

「その点は問題ない。真琴は俺たちのクランの元メンバーだ。実力は保証する」

 クイナスの言葉にベアは頷いた。真琴は確かにまだ子ども。しかしただの子どもではないことは、彼の首にある金色のギルドタグが証明している。

 冒険者ギルドは実力の伴っていない者に金級を与えるほど腐敗していないのだ。


「分かった。……はぁ、それにしてもこの坊主が金級か。四十半ばになって銀級の俺が恥ずかしいよ」

 馬車に揺られながら、ベアは肩の力を抜いた。これから先は時間つぶしの雑談タイムだ。

「そんなことないだろ」

 というのは真琴。だが十七で金級……それどころか冒険者ギルドに登録して三月ほどで金級になった真琴が言っても皮肉にしかならない。


「アホタレ」

 だからクイナスは真琴の頭をゴツンと叩く。わけが分からず真琴は頭を抑えてパチパチと瞬きした。

「なんで?」

「別にあんたが恥ずかしいってことはない。銀級でも金級並の働きをする奴はいるし、逆に金級でも銀級くらいの働きしかできない奴はいる」

 クイナスは真琴を無視して言葉を重ねる。実力が伴っていない者が金級になることはないが、その実力が本当に金級に達しているかは疑問だ。


 クイナスの言葉はクランとしては金級でも、個人では銀級上位くらいの実力しかないと思っていることから来ている。クイナスたちの持つ個人金級の等級は、連携の精度と役割分担の徹底さがギルドに認められたからだ。誰か一人でも欠けたら降格になる可能性もある。


「等級だけが全てじゃないさ」

「そうだな。だがな、ずっと面倒見てた後輩が俺より先に金級になったのは(こた)えたぞ。俺とあいつの違いは何だろうと何度思ったことか。いや、違いなんてのは分かりきったものだったんだがな」

 ベアはそう言って肩をすくめた。十年前のことだ。同じ戦斧使いの後輩とベアは互いに切磋琢磨する関係だった。ベアは先輩として自分の技術と経験を余すことなく後輩に伝え、後輩もそれに良く答えた。


 その関係に終わりが来たのは後輩が魔剣を手に入れてからだ。

「魔斧『傲慢』の数打ち。それを手に入れてからあいつは一気に伸びたよ。いや、伸びたというか、武器の力で一気に強くなった。武器一つでああまで変わるとは思ってなかったよ」

「それは」

 気のいいベアが沈んだ声を出す。真琴は思わず腰に差した二本の剣を見た。真琴にしか使えない龍剣と、『勤勉』の魔剣。冒険者に限らず、戦う者なら誰でも欲しがるであろう力を持った武器だ。


 まるで武器で強くなることはいけないと言われているようで、真琴の表情も暗くなる。

「それで、その後輩は今は何してるんだ?」

 真琴の表情を見取って、ヘーハイトスが先を促した。するとベアはさらに深いため息をついて言った。

「死んだよ。魔斧の力に取り憑かれちまったんだろうな。よりにもよって“妖刀”に手を出しちまった」


 妖刀の言葉を聞いた瞬間、ベアを除く場にいる四人が「あぁ」と声をもらした。

「そりゃ駄目だな」

「あぁ。結局そいつは頭がおかしくなって、ギルドに殺害依頼を出されて殺されたよ。とどめをさしたのは俺さ。あいつの死に顔は今でも忘れられねぇな」

 妖刀とは、魔剣と同じ異形の力を持つ武器だ。しかし魔剣とは違い、妖刀を使うことは禁忌とされている。


「妖刀を使う奴は心を病むって奴か」

 真琴の言葉にベアは小さく頷いた。妖刀は持ち主に力を与えると同時に呪いを与えるのだ。そしてその呪いの多くが、持ち主の心を壊したり、周囲に害を与えたりするおぞましいものだ。

 大罪と美徳の魔剣に憧れて、数多の刀工たちが再現しようと鎚を振るった。しかしいくら作れども上手くいかずその果てにできたものが妖刀だと言われている。妖刀の呪いは、願いの叶わなかった刀工たちの憎悪と嫉妬の念だとも言われている。


「……強すぎる武器ってのは毒なんだと俺は思うね。やっぱり俺たちにとって大事なのはこいつだ」

 力こぶを作って、はちきれんばかりの筋肉を見せるベアに、真琴は苦い笑いをこぼした。

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