第48話 ”龍王の咆哮”
銀級冒険者クラン“龍王の咆哮”がマコト・カミヤという男に出会ったのは、町の近くの洞窟に住みついたというオーガ退治の依頼を受けた時だった。
育った村の仲良し三人組で結成し、銀級クランにまで昇格した彼らのモットーは「日々を楽しく」だ。国や余計なしがらみにとらわれず、目先の楽しみだけを追求することが彼らの目的。
危険なんて知らないと分不相応な依頼を受けて壊滅しかけたり、逆に楽しいが報酬の少ない依頼を受けすぎて金欠になったり。明日のことより今の楽しみを大事にしようする馬鹿どもの集まりだ。
とにかく真面目ぶったクイナスも、頑固ぶったガッツも、気障ったらしいヘーハイトスも、とにかく酒を飲んで騒ぐのが好きな連中だった。女を引っかけて上手くいったと笑い、失敗しても笑うような連中だった。
そんな彼らがオーガ退治の依頼を受けたのに深い理由はない。丁度金欠で、オーガ退治は実入りがいい。しかもオーガは何度も討伐したことがある。その程度の理由だ。
盾使いのガッツがオーガの猛攻を抑え、背後からヘーハイトスが矢で牽制している間にクイナスが刀で斬る。時間をかけて積み上げてきた連携の形だ。相手がいかに金級相当の魔獣でも滅多に遅れはとらない。
だからたまたま真琴が同じ依頼を受けたと聞いた時、三人は「うへぇ」と思ったのだ。
マコト・カミヤ。自分たちと同じ銀級冒険者。ここ最近ギルドに入り、急激に等級を上げてきている訳の分からない男。しかも噂では自分は異世界から来たなどとのたまい、女の尻をいつも追いかけているときた。
はっきり言って馬鹿じゃないのかこいつと、クランリーダーのクイナスは思っていた。自分たちも馬鹿という自覚はあったが、それ以上じゃないかと。それは実際に本人に会ってからも変わらず、噂通りであると分かった。
「てめぇらはなんもすんなよ。オーガなんざ、俺一人で十分だ」
偉そうに言う幼さを残した顔立ちの男。言動に腹が立ったし、一緒にいるのも正直苦痛だった。確かに銀級まで駆け上がり、このまま金級になるだろうと言われる実力は本物だったが、楽しくはなかった。
狭い洞窟が舞台で、依頼がかちあった場合、臨時のパーティを組むことが多い。誤爆や依頼達成報告の際にどちらが倒したのかともめなくていいからだ。
真琴はぐちぐち言いながら勝手に先に進み、しかもことあるごとに意味もなく「無能」だの「雑魚」だのクイナスたちを馬鹿にしてくる。依頼の最中も楽しむことを大切にしている“龍王の咆哮”にとって、真琴は水を差してくるだけの目障りな存在だ。
しかしオーガと遭遇した洞窟の奥で“龍王の咆哮”たちの真琴の見方が変わった。
討伐ランク金のオーガは強力な魔獣だ。成長しきった個体であれば三メートル近くなる赤銅色の体は筋肉だけで構成されているかのようで、頭に角。口には太く長い牙がついている。太い棍棒を振り回し、死の直前まで暴れまわるそのオーガは、臆病者には決して討伐できない魔獣だ。
“龍王の咆哮”とて、戦っていて楽しいわけじゃない。
だが真琴は違った。
「うぉらぁぁぁ!!」
真琴はオーガを見つけると、即興で組んだ陣形など無視してオーガに斬りかかっていった。そしてあろうことか真正面から斬り結んだのだ。
馬鹿だ。彼らは思った。オーガは正面から戦う魔獣ではない。怪力を殺すために相手の気を逸らしながら戦うべき魔獣だ。なぜなら、そうしないと危険だから。
だがそこではたと気づいたのだ。自分たちは最近安全ばかりを追い求めていなかったかと。冒険を楽しんでいないのではないかと。
“龍王の咆哮”は銀級で足踏みしている。銀級だ。三十代前半の冒険者としては十分成功した部類に入る。だが十分で満足していいのか?いいはずがないだろう。
見ろ。あの馬鹿野郎を。真琴は笑っていた。あの恐ろしい魔獣を前にして笑っていた。彼は本気でオーガとの戦いを楽しんでいた。
だからだ。オーガをたった一人で倒した真琴を“龍王の咆哮”はクランに勧誘した。なぜか真琴もそれを断らなかった。
同じクランメンバーになれば見えてくるものもますます変わる。真琴が偉そうにしているのは自分に自信がありすぎるだけだし、実際腕は立つ。よくよく話してみれば面白いところもあるし、年相応にナイーブなところも純粋なところもある。
何より、戦いに護衛に野宿に、つまり冒険を。真琴は本気で冒険者を楽しんでいた。
そんな真琴が入ったからだろうか。ほどなくして“龍王の咆哮”は金級に昇格し、クランメンバーの四人も金級冒険者になった。それは実力のある真琴がクランの力を底上げしたというだけではない。真琴の存在が、停滞していた“龍王の咆哮”の三人の殻を破ってくれたのだ。連携も上手くなったし、仲も深まった。他のクランとも協力して聖銀級魔獣“森の王”も倒すことができた。
こいつとならいつまでも冒険を楽しめると思っていた。
なのに真琴は突然騎士学校に入るなどと言い出した。クイナスもガッツもヘーハイトスも止めたが真琴は聞き入れず、
あっさりと、クランを抜けてしまった。
*
「ぼ、僕が依頼主のビヘイヨ・カールランスです。と、東部までの護衛よろしくお願いしますね」
真琴が抜けてからしばらくして、“龍王の咆哮”はとある護衛依頼を受けていた。
「あぁよろしく頼む」
「は、ははははい。ほんとお願いしますね?こ、今回の積み荷はとても大事なも、ものなので」
オウルファクト王家御用達のカールランス商会。その商会の取り扱う積み荷の護送だ。対象の男はまだ二十歳になったかなっていないかという若造だ。彼の名前はビヘイヨ・カールランス。カールランス商会の若旦那で、商会の大旦那の一人息子だ。そんな人物が出てくるのだから、相当大事な積み荷なのだろう。だからこそ護衛にも金級のクランの“龍王の咆哮”が選ばれたわけだ。
南部の都市から東部にある辺境の村まで荷を運ぶ仕事。商会の若旦那ビヘイヨは落ち着きのない男だった。遠くを歩く魔獣に怯え、馬車を引きながらずっときょろきょろしている。不安そうな表情は大商会の若旦那には到底見えない。
それどころか“龍王の咆哮”の実力を何度も心配そうに聞いてくる。信頼されていないようで、正直面白くない。だがそれでも仕事ということで黙々と護衛を続けていた。
「最近つまんねぇな」
夜、ビヘイヨが寝付いてからヘーハイトスが言った。
「そうだな」
ガッツもその言葉に頷く。真琴がいなくなってから、どうにも精彩を欠いている。最高戦力だった真琴がいなくなったという理由ではない。いつも楽しんで依頼を受けていた真琴がいなくなってしまったからだ。
「あいつ今頃何してんのかねぇ」
「さぁ。相変わらず女の尻でもおっかけてんじゃなねぇの?」
「ははっ!ちげぇねぇ」
三人は夜空の下で笑った。だがその笑いはどうにも力がなかった。
その翌日のこと。馬車が魔獣の襲撃を受けた。
「くそったれが!」
相手はグラトニーキャット。単体で討伐ランク銅級。群れで金級になる凶悪な魔獣だ。
「なんでこんなところにいんだよ!」
“龍王の咆哮”はいつもの連携で魔獣と戦いつつ、悪態をついた。グラトニーキャットは確かに王国東部に住む魔獣だ。だが生息域が違う。この猫たちは本来森の近くに住む魔獣だ。
グラトニーキャットが街道に現れた理由。それが王国と帝国の争いで、住んでいた森がそこらの場所よりもはるかに危険なところになったからということを、彼らが知るはずもない。
ともあれ、グラトニーキャットは強い。素早い身のこなしに一度食らいついたら二度と離れないとばかりの執念。常に空腹で好戦的。低位冒険者程度なら軽く食い殺し、数多の駆け出しパーティを壊滅させてきた悪名高い魔獣。
それが約三十。ビヘイヨは馬車の奥で震えている。逃げられない以上戦うしかない。ガッツとクイナスで馬車を守りつつ、ヘーハイトスの弓で一匹ずつ射殺す。確実だが時間のかかる作戦だ。それにヘーハイトスの矢だって無限にあるわけじゃない。
じり貧の状況。負けはしないが、勝ちも遠い状況で、救世主は唐突にやってきた。
「らぁぁぁぁ!!」
クイナスが長刀を振る。グラトニーキャットは俊敏な動きで後ろに下がり、下手に深入りできないクイナスは二の太刀を振れない――
はずだったが、その魔獣がいきなり胴と首を切り離した。
「余所見している暇はあるんですか?」
思わず戦いの手を止めてしまう。現れたのは異様な雰囲気の男だった。くすんだ銀色の髪、濃い緑と藍の虹彩異色。旅人がよく着る厚手のマントを着て、手におかしな形の細剣を持っている。
一見すれば凡庸な男。だがそれはありえない。見た目もそうだが、クイナスには目の前の男がどうやってここに来たのか見えなかったし、強さの底も分からなかった。
ただ、その男が自分たちの到底理解の及ばない領域にいることだけは分かった。
男は近くにいた猫を蹴り殺す。そう蹴り殺す。剣でなければ傷つけられないほど強固な毛皮を持つ魔獣を、その男は武器も使わずに殺してみせた。蹴り飛ばされた魔獣は空中に羽ばたきながら口から血やら内臓やらを吐き出す。
それから地面に何度もバウンドして止まった。後はピクリとも動かない。
男の正体は分からない。しかしクイナスたちの敵であるわけではないらしい。もしこの男が襲ってきたとしたら、クイナス達に抵抗する手段はない。
「感謝する」
だからクイナスは男が加勢であったことに感謝をした。
「はい」
そしてクイナスたちはそのことをさらに感謝した。
「エザク エタナウ」
男が精霊術を唱えた。たった二節の、下級精霊術。風を起こすだけの精霊術のはずなのに、グラトニーキャットが風に押されて空を舞う。
クイナスはベテランの冒険者だ。だから同じ精霊術を見たことがある。だがそれは風で体勢を崩したりする程度で、間違っても何十匹の魔獣を一度に吹き飛ばすようなものではない。
「精霊術士か……!?」
この男は本当に精霊術士か?姿を偽った化け物ではないか?一瞬そんな疑問すら浮かぶ。
「さっさとやりますよ」
男はクイナスの動揺など知ったことではないと、無防備な魔獣の腹に剣を突き立てる。そして魔獣は腹から身をぐにゃんと回転させて弾けた。
緑の精霊術で、体内の空気を掻き混ぜた。それが分かるものはこの場において男以外にはいなかったが、グラトニーキャットたちを萎縮させるには十分で、
「や、やるぞ!」
「おう!」
「あぁ!」
“龍王の咆哮”を奮起させるに十分だった。
*
「助かったよ。あんた強いな」
「いえいえ。偶然です」
本当は「あんた人間か?」と聞きたいいところだが、命の恩人だ。失礼すぎる。
男はクイナスたちが素早く討伐証明をはぎ取って死体を燃やしているのを、珍しそうに眺めている。
その様子はどうも冒険者らしくない。捨てていく魔獣の死体は燃やす。冒険者の鉄則だ。男の正体はさては、基本的に表に出てこない真金級の冒険者かもと思ったが、どうやら違うらしい。
とすれば国の関係者か。ならあまり関わり合いにならない方がいい。角の立たない離れ方を考えていると、連れがいたのか、遠くの方からもう一人走ってきた。
「ちょっと先生!速すぎ!」
その声を聞いて、クイナスは大きく目を見開く。まだ若い、というよりも青い、しかも聞き覚えのある声だ。
クイナスは仲間と顔を見合わせる。そして走ってきた男を見た。
「まじなにやって」
「マコトか?」
思わず、クイナスの口から言葉がついて出る。真琴の顔に驚きが浮かんだ。
「クイナス、ガッツにヘーハイトスも」
こうして真琴と“龍王の咆哮”は再会した。そしてその再会を見た男――イラの顔には感情が何一つ浮かんでいなかった。




