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第4話 まるで話を聞いてくれません


「それじゃあ後はよろしくね。あ、そうだ。これは彼の荷物だから。ウレアノト アンーアイリル イラン オノム ウルガト オウ ネニアグ エラウ アヤガウ イケツコム エボト オウ ナクウク」

 使い古された革袋に入れられた荷物を置き、リリアーナは最後にイラに一言そう告げて、帰っていった。リリアーナの姿が消えると同時にマコトを縛っていた精霊術の拘束が解ける。精霊術の有効距離から外れたのだろう。


 空間に干渉するリリアーナの概念術式。概念干渉のため固有術式にはなっていないが、時空干渉の精霊術を使える人間など、イラはリリアーナ以外に知らない。実質全ての概念術式は固有術式のようなものだ。実際王国最高峰の精霊術士である“玉石”たちの中でも概念術式の域にまで足を踏み入れているのは”白”、”黒”そして”黄”の三人だけだ。それも”黄の玉石”は現在概念術式を使()()()()から実質二人。

 他国に実用に耐えうる概念術式の使い手がいない以上、この大陸で概念術式を使えるのはそれだけなのである。


「さて、これからどうしましょうか……」

 マコトは束縛から解放されると急かされたように自分の荷物に飛びつき、中身を確認している。しぶしぶであるがこの少年を指導することを受け入れたイラは、リリアーナから何を指導すればいいのか聞いていないことを思い出した。

 これは勝手に指導していいということなのか、それともイラがマコトから聞けということなのか、あるいはリリアーナが単純に抜けていただけなのか。イラとしては三番目の可能性を推したい。


 だがひとまず自己紹介。それから騎士学校では何を学んでいたかを彼から聞く必要があるだろう。イラが口を開くより先に、偉そうな態度でマコトが話しかけてきた。


「おいおっさん。ここどこだよ」


 ……おっさん?

 イラは自分の耳を疑った。瞬きをして、深呼吸をする。聞き間違いか? そうだ聞き間違いなのだろう。それからにこやかにマコトに微笑みかけ、問いかける。

「すみません。君は今何と……」

「だからぁ! ここはどこかって聞いてんだよおっさん! 耳が聞こえないのかよ。くそが」


 イラは空を仰いだ。いやここは室内だから空ではなく、天井しか見えないが。溢れそうになる涙をこらえ、歯ぎしりしたくなる衝動を必死になって抑える。


 落ち着け。落ち着くんだイラ。俺はもう二九歳。帝国兵をブチ殺す以外のことなら冷静になってもいい年頃だ。クールに。そうクールになるんだ。中途半端に怒りに身を任せては殺せる相手も殺せない。帝国を滅ぼすことなんてできない。そうだろう? そうだ。だからイラ。このクソガキを殴りたくなる衝動を今は抑えるんだ。


「返事くらいしろよ。ったく。なんで俺がこんな目に。あの女今度会ったらぶっ殺してやる」

「その一言はちょっと聞き逃せませんね」

 イラがある意味しょうもない葛藤していると、マコトが(たわ)けたことを言った。イラの頭にのぼった血がすっと引いていく。

「あん?」

「王族への批判は諫言(かんげん)を除き、重く罰せられます。今の言葉は明らかに諫言ではない。ただの暴言です」


 この法律は王国が作られてから存在しているが、「諫言は許す」という一言を付け加えたのは今代からだ。付け加えた当の本人は「王だって間違えることはあるし、完璧じゃない。だから誰にだって馬鹿をやった王族に物申す権利くらいあってもいいだろ?」と言っていた。


 とは言いつつも、形骸化しつつあったこの法律をこの一文を付け加えることで「実」をもたせようとしたかったというのが本音だろうとイラは考えている。後は諫言が多い騎士団長のエクスを、他の貴族の横やりで左遷させないようにか。

 いつだって些細で感情的な暴言から叛逆(はんぎゃく)は始まるのだ。今の王国に些細な叛逆を許す余裕はない。


 マコトはイラの指摘に堪えた様子もなく、腹立たし気にイラをにらみつけるだけだ。

 あぁそうか、とその感情ばかりの様子を見てイラは納得した。つまるところ、この少年はまだ「子ども」なのだ。自分の力だけで何もかもできると信じている「子ども」。そう思えばイラに対する暴言も可愛く思えて……はこないが、多めに見てやろうとは思わなくもなくもない。

 ……やっぱり腹が立つことに変わりはないが。


「説教垂れてくれんなよ。おっさん。いいからここはどこか教えろよ」

「それはいいですが、自分は年上ですよ? 敬語くらい使いましょうよ」

「はぁ? なんでお前みたいな冴えないおっさんに、この金級冒険者の俺が敬語使わないといけないんだよ。むしろテメエが敬語使え。ワキマエロよ」

 わきまえるのはお前だ。


 分かりやすく増長してるなぁ。異世界からの転移者だか召喚者だったか。こいつは。それで規格外な能力を持って? いるんだったか。能力があることと、他者への態度はまた別物だろうに。いや、これも彼が「子ども」だからか。


 実力があればどんな態度を取ってもいいと思っているのだ。昔の自分を見ているようでどこかむずがゆい。恥ずかしい。


「ここは王国の最東部。帝国領にほど近い新ロエ村ですが。それを知ってどうするんですか?」

「東部だとぉ。くっそ遠すぎんだろ。どうするもなにもこんなド田舎になんかいられっかよ。帰るんだよ。俺は。くそが。王都まで馬車でどれくらいかかっかな。十日?いや二十日?ああもうわかんねぇ!」

「は? 帰る?」

 ブツブツと呟くマコトにイラは唖然とする。こいつは一体何を言っているんだ?


「あんだよ。当然だろうが」

「君は馬鹿ですか? いえ馬鹿ですね。簡単にしか話は聞いていませんが、君は冒険者ギルドを経由して、国立の騎士学校に入学した。それで騎士学校からの斡旋(あっせん)という形で今ここにいる。それで間違いないですね?」

「そうだよ。何か悪い事でもあんのかよ」

「自分は冒険者ギルドに登録していないので詳しくはないですが、つまり君は今国からの依頼を無断で放棄しようとしていることになるはずですが、そこのところは理解していますか?」


 間違ってはいないはずだ。冒険者ギルドは依頼人から依頼を請け負い、冒険者にそれを割り振り、やり遂げることで信用を得てきた。ならば冒険者ギルドに持ち込まれる「頼み事」は全て「依頼」ということになる。

 冒険者の独断で依頼を放棄することは、冒険者ギルド全体の信頼低下につながる。命がかかっているならまた話は別だろうが、「面倒だからやめました」ではお話にもならない。冒険者ギルドだって国からの信頼を無くしたくはないはずだ。


「んなもん知るかよ。俺は金級だぞ。それで」

「等級が高いからこそ、依頼の無断放棄は許されないはずですが? ランクの高い依頼はそれだけ危険度の高い、多くの人に影響する問題がほとんどのはずですから。だから」

「うるせぇうるせぇうるせぇ!! 黙ってろこのくそ雑魚が! ああもういいよ。ここは帝国に近いってたな? だったら帝国の方に行って」

「帝国に尻尾を振るというのであれば、遠慮なくひき肉しますがそれでもいいですか?」


 帝国。その言葉を聞いてイラは口調こそ丁寧に、しかし全身からは隠しきれないほど純度の高い殺気が漏れ出てきた。それに当てられてマコトはビクリと身をすくませる。それから信じられないといった表情でイラを見た。

 イラの丁寧な口調は彼が自分に課した(かせ)だ。


「失礼」

 気を落ち着かせるようにイラは眼鏡を外し、ポケットからハンカチを取り出してレンズの部分を拭き始める。


 しかし、と。これまでのやり取りでイラはマコトの大体の性格を掴むことができた。要するに彼はイラが想像する以上に「子ども」、いや「子ども」ですらない。ただの「ガキ」なのだ。それも自分の思い通りに何でもことが運ぶと悪い意味で勘違いしている「クソガキ」。なまじ精神が未熟なのに強い力を得てしまったせいだろう。

 もとあれ、リリア―ナのお願いはもう聞き入れてしまったのだ。仕事と割り切ってマコトの指導を行うとしよう。

 眼鏡を外したついでに魔眼を使ってマコトを観察する。


 基本的な体の使い方はできている。右手で剣を持つ軽装の剣士スタイル。しかし本当に基本だけだ。筋肉の付き方が不自然。目と耳の使い方も未熟そのもの。大体先ほどの殺気を当てられたくらいで身をすくませるのもいただけない。身がすくむということは動きが止まり、しかもその上で硬直から溶けるのにも時間を有するということである。

 全盛期のイラなら先ほどの隙があれば、五回は余裕で殺せる。苦痛すら与えることもない。一瞬だ。せめて正面にいる相手からいつ殺気を向けられてもいいという意識くらいは持っておいて欲しいものだ。


 だが気になるのは精霊の動きか。マコトの内側にある無色の精霊、それに彼の周囲に漂う有色の精霊が不自然に活性、何者かの指揮下に入っている。まるで直接精霊を掴んで振り回しているようだ。

 しかし外に漂う有色の精霊に関しては、数秒から数十秒間隔でその支配が解除される。おそらくはまばたき。目が開いている時だけ、精霊の動きが狂う。これがリリアーナの言っていたマコトの持つ魔眼とやらの力なのだろうか。


 マコトの技量は大体読み切った。なら彼を素直にするにはどうしたらいいだろうか。これも簡単だ。マコトはイラのことをずっとおっさんだの雑魚だのおっさんだのおっさんだの言っている。要するに調子に乗っている。その伸びに伸びた鼻っ柱を折れば素直になるだろうか。


 そうすればイラのことをもうおっさんだなどと言わないだろう。


 考えをまとめ終わり、ふぅと息を吐く。

「分かりました。ここから出て行ってもいいですよ」

「……!本当か!?」

「ただし一つ条件があります」


 イラは笑みを浮かべて言った。

「自分と戦って勝ったら、ここから出て行ってもいいでしょう。責任は全て自分が取ります」


 それを聞いてマコトはニヤリと笑った。

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