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誰か俺に異世界人の指導の仕方を教えてほしい【更新停止中】  作者: クスノキ
第2章 騎士の中の騎士と騎士あらざる騎士
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閑話⑩ とある帝国少女

 これで二章の閑話終了です。閑話ですが、普段よりちょっと長め。


 父の死を知ったあの日から、彼女の八年間は復讐のためにあったと言っていい。


「お父さんが、死んだ?」

 彼女がその連絡を受けたのは王国との戦争が終わって一月が経った頃。告げたのは父の同僚だった一人の軍人だった。


「すまない」

「うそ……うそだ。お父さんが死ぬはずない!!」

 彼女は 取り乱し、涙を流して軍人につかみかかった。彼女は信じられなかったのだ。父、帝国軍少将ヤイバ・ルーンロイドは強かった。鍛え上げた武技に、ルーンロイド家に伝わる二振りの宝剣の一つである『傲慢』の数打ちを完璧に使いこなす。帝国少将の地位は伊達ではなく、彼は間違いなくその地位にふさわしい実力があった。

 そんな父が死んだなど、例え告げたのが父の親友で少女もよく知っている人物であったとしても納得できなかった。


 しかし父は死んだ。軍人の顔を見ればそれを理解せざるを得なかった。涙をこらえるように食いしばられた歯と、固く握りしめられた拳を見れば、彼が冗談で言っているなどと思うことはできなかった。

 父との思い出が蘇る。


 幼い頃肩車をしてもらったこと。大柄な父の背に乗ると、世界がまるで違って見えた。


 剣を教えてもらったこと。ルーンロイド家当主として剣を鍛えた父は容赦なかった。容赦なく、彼女を強くしてくれようとしていた。


 勉学に励んでほめてもらったこと。勉強が苦手だった彼女は、父にほめてもらいたくて必死に机にかじりついた。


 過ぎた悪戯をしてひどく叱られたこと。叱られて、実は俺も小さいころは同じことをしたのだと告白されて二人で笑った。


 怒り顔も、笑顔も、父の見せる表情や優しさ、厳しさその全てが今でもありありと思い出せる。

 しかしそんな父はもういないのだ。


 父との美しい思い出が彼女の中に広がり、そこから()()()()()()()()()()()()。彼女は目から大粒の涙を流しながら言った。


「誰が、誰が父を殺したんですか」

「王国軍“黄の玉石”だ」

「ぎょく、せき」

 彼女はその答えを聞いて唇を噛みしめた。“黄の玉石”。王国軍でも特に悪名高い精霊術士として知られている。その異名は帝都に住む彼女にまで聞こえており、帝国の仲間たちを惨たらしく殺し、ケラケラと笑う悪魔だと言われていた。

 最近では子どもに対して悪いことをすると”透徹”が殺しに来るぞなどという悪趣味なジョークすら流行り出している。


「ヤイバはやつに技を奪われて殺された。あいつは……!無念の中で!!!」

 軍人が涙を流して崩れ落ちる。膝をついて号泣する彼の姿は、父の無念を思わせるのに十分だった。技を奪われた。父は自分の剣を誇っていた。限界まで剣技を鍛え上げ、精霊術を一切使わずに少将まで上り詰めたことが、父の最大の自慢だった。

 だからこそ、その言葉は父が絶望の中で死んだことを理解させるに十分だった。


 最愛の父が絶望の中で死んだ。彼女の心ににじみ出た黒い感情に真っ黒な炎が灯る。


「なら」


 彼女は胸に手を当てて言った。彼女の手は震え、声も涙にぬれている。


「私が、ヤイバ・ルーンロイドの娘、セレナ・ルーンロイドが“透徹”を殺します」


 しかし、彼女の言葉には誰にも否定できない暗い強さがあった。


「セレナ……」

 ヤイバの死を伝えた軍人はそんなセレナの姿を見て、より深く後悔する。伝えなければよかった。軍人は自分の告げた言葉がセレナの生き方を決めてしまったのだと悟った。

 引き止めなければと思った。だが彼の胸に宿る親友を殺された憎しみが、彼が手を伸ばすことをためらわせた。


 セレナ・ルーンロイド。まだ幼い彼女の胸に宿った感情を、人は復讐心と呼ぶ。


 十二歳だった彼女の目には、隠しようのない憎悪の炎が灯っていた。


   *


 それから八年。セレナの頭にあったのは復讐すること。そして復讐のための力をつけることだけだった。

 セレナはそれから戦場から帰ってきた多くの軍人から“黄の玉石”の情報を集めた。ある者は名前を出すだけで震えが止まらず、恐怖でとても話ができる状態ではなかった。またある者は手を出してはいけないとセレナを強くたしなめた。名前を出した途端、泣き出し、失禁してしまった男もいる。

 そんなことばかりで情報はろくに集まらない。それでもセレナは執念深く“黄の玉石”の情報を集め、やがて一つの結論を導き出した。


 “黄の玉石”は強い。途方もなく強い。そもそも玉石と呼ばれる人間は一人の例外もなく化け物であるとは、話を聞けた数少ない帰還軍人が口を揃えて言うことだ。

 奴らには勝てない。奴らとは勝負にもならない。同じ戦場にいたらまず助からない。目をつけられたら生き残れない。死ぬ。逝く。殺される。将兵級の武人でも、何千という数で囲んでも、どれほど策を弄しても奴らは薄ら笑いを浮かべて勝ってみせる。積み上がるのは仲間たちの屍だけだ。

 特に“黄の玉石”は一対一でも多対一でも隙がなく、“透徹の暴霊”という二つ名にもなっている固有術式『透徹』は回避も防御もままならない凶悪な精霊術だという。使う武器も殺しに特化した悪辣なもので、多彩な手札は帝国に反撃を許さない。


 セレナは幸いにして剣の才能があった。父譲りの才能だ。だからこそ、セレナは剣にこだわることを止めた。わかってしまったのだ。本音を言えば父であるヤイバから学んだ剣で“黄の玉石”を殺したい。

 だが剣だけでは“玉石”と呼ばれる化け物には勝てないとも分かった。


 セレナは正攻法を鍛えつつ、戦いにおける搦め手も学んだ。軍に入り、陰険な精霊術師から、父が嫌悪していた精霊術のことも学んだ。自ら精霊術を使い、精霊術師の思考を知るために。他にも隙のつき方。敵の裏切らせ方。毒。暗器。戦いと、戦いに臨むためのものなら恥も誇りも捨てて学んだ。そんな彼女の努力が結んだのだろう。復讐を決意して二年。強さへの執着が認められ、セレナは十四の時に帝の直属部隊に入ることになった。



 “七天将”と呼ばれる帝国最強の七人、の部下の一人。しかしそれぞれ最高峰の技術を持つ“七天将”から教えを受けることで、セレナはその類稀な才能を急速に開花させていった。

 彼女は話かけることすらおこがましいと言われる“七天将”たちに積極的に話かけ、彼らの技術を取り込んでいった。


 無論、ただではない。しかし誇りを捨てて媚びを売り、体を売れば聞き出せないこともなかった。


「憎いのならぁ。徹底的に追い詰めなさぁい」

 “七天将”の一人は、乱れたベッドの中でセレナにそのようなことを言った。


「追い詰める、ですか?」

 薄暗い部屋の中には思考をにぶらせ、情欲を高める香が焚かれている。朦朧(もうろう)とした意識の中で、己の純潔を奪った少女からセレナは学ぼうとする。


「そう。精神的にも、肉体的にも。例えばぁ、私だったら外見にも気を配るわぁ。見た目っていうのはぁ。一番分かりやすく心に来るものだものぉ」

 おぞましい外見はそれだけで相手を萎縮させる。美しい外見はそれだけで人の目を集める。こうなりたくないという死に方はそれだけで相手の動きを封じる。美しい死は人の心を惹きつける。


 事実、彼女の戦い方は相手を追い詰めていたぶり殺すもので、セレナを嬲る少女は気が狂わんほどに蠱惑的だった。

「あなたのこと、気に入ったわぁ。禁忌を侵すことにためらいのない姿勢ぃ。とても素敵よぉ」

 “七天将”はペロリと、セレナの頬を舐めた。セレナは息も絶え絶えにその感触を全身で感じ取る。そうしている間にも“七天将”の手はセレナの純真を嬲っていた。



「相手の心に寄り添うことがなにより大事ですよ」

 また別の“七天将”は言った。


「寄り添うとは?」

 存在も怪しい神へ三日三晩、水も食事もとらずに祈りを捧げ続けるという苦行を乗り越え、セレナは“七天将”から答えを聞いていた。


「相手を殺すということは相手の全てを受け止めるということです。ならば相手の全てを知らなければ相手を殺してはならない」

 断食で体に力が入らず、頭も回らない。言っていることは意味不明だった。彼は“七天将”の中でも変わり者で、言動も「神」一色であったため周囲からことさら距離を置かれていた。

 しかし帝からの寵愛は誰よりも厚かったし、戦いの腕も確かだった。言葉巧みに相手の心に入り込む話術。相手の思考を読んで立ち回る剣術。思考を読み取り、誘導する方法。真っ向から絡め手を仕掛ける戦い方はセレナが苦手としていたもので、その“七天将”は相手の意図を読む技術を惜しむことなくセレナに与えた。


 セレナは彼らの教えを受け、さらに力を高めていった。


   *


 そして時は流れ八年。セレナは帝に呼び出されていた。


「セレナ・ルーンロイド。ただいま参上いたしました」

「うむ」

 広々とした謁見室。セレナは部屋の端で跪く。帝の周りには“七天将”の内、六人が並んでいた。

 帝の姿は御簾に隠れて見えない。影は細身で、声はまだ若かった。帝はいつも御簾の裏から部下に言葉をかける。大陸で最も力を持つ帝国の主だ。セレナのような未熟な一軍人が顔を見るなどおこがましい。言葉をかけてくださることすら最高峰の誉れなのだ。


「お主は“透徹の暴霊”に復讐をしたいということだったな」

「はっ!」

 頭を下げ、跪いた姿勢のままセレナは答える。帝がセレナを知っていた。これはルーンロイド家に末代まで伝えるべき誇りだ。セレナの全身に歓喜がほとばしる。


「その心意気はよし。故にお前にこれをやろう」

 帝が片手を上げると、彼の側仕えの一人がセレナは一着の()()を手渡した。


「これは……」

 軍服といいものだろうか。手渡されたのはあちこちが改造されて、原型をとどめていないものであった。

 臙脂色の生地はそのままに胸元がはだけ、袖は長すぎるのをまくり上げられた状態で固定されている。その他にも不必要なベルトやら、チェーンやらがあちこちに取りつけられていた。

 若気の至りで制服を魔改造してしまったような有様だった。


 はっきりいって帝国軍服を、いや帝国を馬鹿にしている。見る者が見れば、それが非常に高度なセンスによって作られたことがわかっただろうが、セレナは服飾は相手の意識を誘導するためのものとしか考えていなかったし、質素を好むセレナの趣味でもなかった。だが帝からの授かりものだ。ありがたく受け取らなければならない。

「それは帝国で新たに開発した“霊装”という兵器だ。見た目は気に入らんかもしれんが、性能は本物だ」

「ありがたき幸せです」


 “霊装”。噂には聞いていた。数年前に新たに“七天将”になった男が作ったという精霊器の次世代を担う新兵装。まだ試作品段階と聞いていたが、実用レベルまで研究が進んでいたらしい。

 新兵装である“霊装”は貴重なはず。それをセレナは与えられた。彼女の全身に震えるほどの喜びが走る。

「セレナ・ルーンロイドよ。お前に任務を与える」


 帝は低い声で言った。


「“透徹”を殺せ」


「はっ!」

 セレナは喜びと復讐心に嗤い、勢いよく立ち上がった。



   ***   ***



   ***   ***



「さて、報告を聞こうか」

 セレナが去り、部屋には御簾の向こうにいる帝と“七天将”の六人だけになった。帝が問うと、“七天将”の一人である少女が一歩前に出た。

 未成熟な体に不釣り合いな軍服を着た彼女は、妖艶に笑って言う。


「そうですねぇ。確認できたのはぁ“黄の玉石”イラ・クリストルクとぉ、“青の玉石”エクス・ナイツナイツの二人ですぅ」

 ねっとりと絡みつくような少女の言葉。見せる表情は不遜で、間違っても主への言葉遣いではない。しかし彼女に異を唱える者はいない。


 元より“七天将”は帝の信頼に足る力を示していれば、他はどうでもいいのだ。口調などなおのこと。“七天将”に関して言えば、帝はため口を聞かれても文句一つ言わないだろう。

 その分、仕事での失敗は許されないが。


「結果から言えばぁ、両者とも健在。“霊装”の使い捨てたちは一蹴されましたぁ。ただぁ、くふふっ。王国の騎士のレベルはかなり下がってましたぁ。若手ばかりということもありましたけどぉ。あの程度ならぁ、量産型の“霊装”を適当な兵士に着せればいい勝負にはなるかとぉ。最もぉ、今開発されている”霊装”の最新型でも玉石に対抗できるほどの力を与えることは難しいかと思いますぅ」

「そうか」

 少女の報告に帝は眉一つ動かさない。国境にある森での戦闘。その目的は玉石の実力の確認。戦後八年で“玉石”が強くなっているのか、弱くなっているのか、それとも変わらないのかを確かめたかった。


 敵の最高戦力の把握は必要なことだ。特に帝国の誇る“七天将”をぶつけても確実に“玉石”に勝てる見込みなどないのだから、相手の手の内は確実に把握しておかなければならない。

 そのための“霊装”の使い捨てだ。元よりプロトタイプ。使い捨ての駒たちも有益な情報など一つも持ち合わせていない。“霊装”が回収され、王国に分析されるだろうが、“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 結果として王国の騎士を減らせたのだ。成果としては十分だろう。


「ならば、セレナ・ルーンロイドと“透徹”を戦わせるのはどういう理由だ?お前が願うから許可を出したが“色欲”。お前はあの小娘が“透徹”に勝てると思っているのか?」

「うふふ」

 “色欲”と呼ばれた少女は鳥肌が立つような笑みを浮かべる。彼女はペロリと口の周りを舐めてから言った。


()()()()ですかねぇ。もしかすると、もしかするかもしれませぇん」

「八年前、我々帝国軍が手も足も出なかった“透徹”相手に五分か。理由を聞こうか」

「はぁい」


 “色欲”は染み一つない腕で自分の体を抱き寄せ、魔性を込めた言葉で語る。


「今の“透徹”はぁ、実力はそのままでもぉ、心がヨワヨワですぅ。あれならぁ、上手にぃ追い詰めてあげればぁ、セレナ()()の実力でもぉ殺せますねぇ。そのための“霊装”でぇ、私もあの子には色々と教えてますからぁ」

「ほう」

「じゃあぁ、私はあの子に“透徹”の殺し方を教えてくるのでぇ、失礼しますぅ。ついでに殺すための()()もねぇ。うふふ。あの子がぁ、ベッドの上で弱々しく鳴いているのを見ながらねぇ。ふふ、ふふふふ」


 そう言うと“色欲”は帝の返事を待たずに謁見室を後にした。残された“七天将”たちもさすがに苦笑する。

「全く……“色欲”殿は私たちの中でも特に自由奔放ですな」

「いいではありませんか。それが彼女の良さ、子どもらしさですよ。私の孤児院に預けられた時はどうなるものかと思いましたが、立派に成長して何より」


 ローブを着た老人の言葉に、“七天将”の一人、黒い神父服を身につけた男が答えた。彼はかちゃりと眼鏡に触れると、帝に言った。

「セレナ・ルーンロイドは己が目的のために邁進(まいしん)する素晴らしい子羊です。もしこの作戦に失敗したとしても、彼女にはまだまだ伸びしろがある。是非、罰などは与えぬよう、お願いしたします」

「構わん。それで王国を踏み潰せるのであればな」


 自分の腹心たちを前に、帝はやはり低い声で答えるだけだった。

 以上、帝国の復讐を誓う少女の話でした。少女といっても彼女は18歳ですが。女の人って何歳まで少女って言えばいいんでしょうね。

 初の帝国サイドのお話でした。王国に玉石がいるように、帝国にも七天将という精鋭がいるんです。一、二章でさんざんかき乱してくれた“色欲”の原典使いもこの七天将の一人です。


 ではほどなくして三章の投稿を開始すると思いますが、予告的なものを。


   *


 新ロエ村を出たイラと真琴は王都に向かう旅をしていた。


 そこで再会する真琴のかつての仲間。湧き上がるイラの感情。受けた依頼。


 そして真琴は自身の根幹に出会うことになる。イラもまた。


 復讐は復讐を呼ぶ。数多の屍を積み上げてきたイラは花咲いた憎悪と向き合うことになる。


 『誰か俺に異世界人の指導の仕方を教えてほしい』第三章 二人の復讐者 お楽しみに。


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