閑話⑨ 二人のいない村
なくなって分かるものは案外多い。ティアラは変わりゆく村を眺めてため息をついた。
「何か悩み事ですか?」
「ん?いや、悩みっていうかね。イラ君とマコト君がいないと寂しいねぇって思ったのさ」
「なるほど」
ティアラに声をかけてきたのは新ロエ村の村長バクガだ。穏やかな風貌の初老の男性。人の好さが顔に出ている。人格もその通りで、村人からよく慕われている。ただし彼は非常に影が薄い。
「あ、ティアラさん。武器庫を作りたいんですが、どこかいい場所はありませんか?」
二人が並んでいるところに、一人の兵士が通りがかった。彼はバクガに目線をやることなく、ティアラに聞いてきた。
「え?村長は儂……」
「そこいらの平原にでも作りなよ。畑と家のないところならどこでもいい。まぁ、西の方は泉がある。水気が嫌なら避けな」
「ありがとうございます。いつも助かってます」
あくせく働く兵士はティアラに礼を言うと、そそくさとその場を後にした。さっきの兵士にしろ、騎士にしろ、新ロエ村の村長はバクガではなく、ティアラだと思っている節がある。
「儂、村長」
「諦めな。あんたは影が薄いんだ。それはどうしようもない」
「分かってます。分かってはいるんですが」
分かりやすく落ち込むバクガに、ティアラは苦笑する。バクガは事務的なことは大層得意で、村の食料管理や政治全般を一人で把握し運営している。紛れもなく優秀で、戦争の時も後方支援で活躍していたらしい。
ただ生来の影の薄さだけはどうしようもなく、功績は全て他の誰かに取られてしまったらしい。影が薄いから恋人もできず、この齢になるまで妻もおらず、それどころか家族からも度々存在を忘れられてきたらしい。
ここまでくると呪いのような何かに見えてくる。
「……それでイラ君とマコト君のことでしたか?」
「そうだよ。今の村もにぎやかっちゃにぎやかなんだけどね?なんか違うなって思っちまう」
現在新ロエ村は帝国と最も近い村ということで、急速に王国軍の拠点化が進んでいる。それだけ聞くと新ロエ村の築いてきたものがあっけなく壊されそうなものだが、国王から特別な指示があったらしく、極力村には手を入れず、その周囲から開拓していく計画らしい。
もし村に手が入るとなれば、逐一村長の許可が必要になるという念の入れようだ。
「わざわざ国王が命令を下すってことは……もしかするとイラ君は偉い立場だったのかもねぇ」
「何か言いましたか?」
「独り言だよ」
首を振り、話を戻す。
「イラ君がいた頃はなんだかんだでにぎやかだったろう?」
「そうですねぇ。確かにマコト君が来る前も何かと彼は村に色々なものを呼びこんでいましたから」
高い戦闘能力に精霊器職人としての腕前。イラは村にとってなくてはならない人間だった。それに彼は年に一度くらい村に面白い騒動を起こしてくれた。
「マコト君が来てからは毎日がにぎやかでした」
「あぁ。静かだった村にマコト君の悲鳴と剣の音が聞こえてねぇ。なんだかんだでマコト君がいる時が一番楽しかったよ」
トクロにしろ、イラにしろ、マコトにしろ。他の逝ってしまった連中にしろ。いなくなってしまってからそのありがたみや存在の重さが分かる。トクロがいなくなってからは村が妙に静かに感じたものだし、あの二人がいないとどうにもおさまりが悪い。
「……にぎやかさにも色々あるものでしてね」
「何だい村長」
ふと思い立ったように、バクガが口を開いた。
「一口ににぎやかと言っても色々あるのですよ。道端で雑多な人間が口々にしゃべるのも『にぎやか』。酒場で仲間たちと騒ぐのも『にぎやか』。講堂で激しい論争があっているのも『にぎやか』。言葉では全て同じですが、その意味は全く違う」
「そうだね。んで、あんたは何が言いたいんだい?」
「新ロエ村には新ロエ村のにぎやかさがあったということですよ」
バクガの目には懐かしさのようなものがあった。
「辺鄙で静かな村に響く剣がぶつかり合う音。悲鳴と歓声。若者二人が音を立てて、我々老人はその音を聞く。あの光景もまた『にぎやか』だったのですよ」
「今日のあんたは随分と小難しいことを言うじゃないか」
「ですね。もしかすると儂も寂しいのかもしれません」
新ロエ村は戦争で傷ついた人間たちが集まって作られた村だ。村の住民は老人がほとんどで、十年後、二十年後にはきっと村はない。
「いえ、村の外形自体は残るでしょう。ですが中身が違う。住む人間が違えば同じ『にぎやか』はない。関係が変われば同じ『にぎやか』にはなりえない。ロエ村が新ロエ村になったように、この新ロエ村もいずれは違う村になる」
真琴が来る前と後の村は同じではない。トクロがいた頃といなくなった時も村は変わった。イラと真琴がいなくなって、国の兵士が来て、村はどんどん変わっていく。
「流れる川は同じに見えて実は違う。流れる水は別物です」
「そうさねぇ」
バクガの言葉を受けて、それでもティアラは笑った。
「でもさ。それでいいのかも知れないね」
「そうですか?」
「あぁ。村は変わる。人も変わる。私やあんただって後何年かの命だろ。でも私らが残してきたことはなくなんないよ。焼け跡に村を作って発展させて、今の新ロエ村がある。誰かが来ようがいなくなろうが。兵士がいようがいまいが。新ロエ村はなくなんないよ」
バクガは何か言おうと口を開いた後、また閉じた。黙ったまま表情をゆるめて、
「そうですね」
とだけ言った。
彼らの視界の先にはせっせと働く兵士たちがいる。イラと真琴のいない村は少しだけ寂しく、しかし新しいにぎやかさが生まれつつあった。
以上、真琴とイラが王都へ向かった後の新ロエ村でした。老人たちがお話するだけの話。村長は影が薄いです。あれ?村長って誰だっけ。
次話で閑話は終わりです。




