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第3話 異世界人神谷真琴の事情②


 女神様からチート能力を授かって、降り立った場所は吹き抜ける風の心地よい異世界の平原ど真ん中であった。以前読んだパターンだと全裸で召喚なんてこともあったが、制服のまま降り立ったようで、片手に龍剣を持っていると、何とも中二病っぽくて恥ずかしい。だがその制服に剣という中二っぽさがいい。


 ともあれ、ありきたりな召喚場所だが悪くない。無事、異世界に召喚された真琴はひとまず冒険者ギルドのある町を目指すことにした。

 事前の説明でこの世界には冒険者ギルドや、魔獣なるものが存在していることを女神様から聞いていたのだ。そして身寄りのはっきりしない真琴は冒険者として生活するのがいいだろうとも。


 そんなわけで真琴の異世界生活は女神様の万全の説明の元、安全にスタートしたのである。


   *


 それから真琴はおおよそテンプレート通りにことを進めていった。

 冒険者ギルドに行ってガタイのいいチンピラにからまれてから、類まれな身体能力を駆使して大逆転を決めてみせて周囲から驚かれる。

 体系的な学問を学び、年単位で修行しないと使えないはずの精霊術を魔眼の力を頼りにやってみせて周囲から驚かれる。

 偶然ランク不相応な魔獣と遭遇し、しかもその魔獣に勝つという戦果を上げてみせて、周囲から驚かれる。


 特に必要性も感じなかったので、自分が幸運なことに異世界からきたということは隠さなかったから、周囲から頭のおかしな人間だと思われていた。ちなみに真琴自身は気づいていない。

 しかし実力があることは確かだったため、登録してたった数ヶ月で金級にまで昇格することができた。冒険者ギルドは所属年数よりも本人の腕っぷしを重視していた。当然そこに反発する勢力もあったのだが、そこはテンプレ通りの活躍で勢力自体を解体してしまった。むしろその戦果が真琴を金級に押し上げたまである。


 前世とは比べ物にならない力をもったことで真琴も当然のように増長したのだが、そんな性格を許してくれる気のいい仲間にも恵まれ、時に冒険し、時にバカ騒ぎをしながら、それなりに楽しい異世界生活を送っていたと言えよう。ある一点を除いて。


 そう、ある一点を除いてなのである。()のチンピラに絡まれて、()に囲まれながら精霊術を即興で使ってみせ、魔獣討伐をして()たちから称賛され、()だけでパーティを組んで生活を送る。


 お分かりだろうか。真琴の周りには見事に男しかいなかった。冒険者は荒事の多い仕事である。精霊術が使えればその限りではないが、高位の精霊術を使えるような人材は少ないし、まず国が囲いこんでしまうことがほとんど。その傾向は精霊術研究が盛んなオウルファクト王国では特に強かった。

 ならば頼りになるのは高い身体能力であり、そうなるとどうしても男の割合が多くなってしまう。女がいてもほとんどがゴリラか、どこぞのアマゾネスと見紛うような筋肉の持ち主だったり、やはり筋肉を愛でることを愛する者ばかり。


 精霊術が得意な美人もごく少数いるにはいたが、そうした者はほとんどがすでにパーティを組んでいた。あるいはソロの女精霊術士もいるにはいたが、その女はプライドがあまりにも高く、真琴が声をかけたところ、心が折れそうになるほどの罵倒を浴びることとなった。

 真琴は夜枕を涙で濡らした。


 真琴の頭の中では異世界転生というものは、与えられたチート能力でハーレムを形成しながら冒険を送るもの。断じて女日照りの状態で、汗臭い男に囲まれながら、獣臭い魔物と泥臭く切り結ぶようなものではない。

 現状をどうにかしなければ。そんなことを考えていた時、冒険者ギルドに「国が作った騎士学校に入学してみませんか?」という依頼が来たのである。


 これだと思った。この世の男女比率は一対一。だが冒険者のほとんどは男。なら余った女はどこにいるのか?そう国だ。戦える有能な女は皆、国が奪ったに違いない。そんな子どもじみた発想で、パーティからの反対も押しきって騎士学校の入学試験に応募した。


 出会いを求めすぎて、頭がおかしくなっていた。


 その結果、真琴は確かに見目麗しい女たちと出会いを持つことができた。だがそれは真琴が想像したものとはかけ離れていた。

 真琴は初め、自分は金級の冒険者として過酷な戦いに身をおいている上、女神様からチート能力をもらっているのだから、騎士学校でも無双できると信じていた。それは例え教師陣であっても同様であると。美少女に囲まれたバラ色の学園生活が始まるのだと信じてならなかった。


 しかし初日。入学歓迎のあいさつをしていた若い美人の理事長に言い寄った結果、新入生と在校生の目の前で完膚なきまでに敗北した。真琴が数か月間冒険者として鍛え上げた剣技も、魔眼による精霊術の発動も、何一つとして理事長に届くことはなかった。

 当たったはずの剣は理事長に触れているのに空を切り、精霊術は発動すらしなかった。真琴は自分が何をされたのか、理解することすらできずに重量生成の精霊術で押し潰されて惨敗した。

 その理事長が王国最高峰の精霊術士の一角“白の玉石”リリアーナ・ウァンティア・オウルファクトあったことは後日知った。真琴は真新しいベッドと枕を涙で濡らすことになった。


 傷を治して数日後、めげずにほわほわした雰囲気の少女をナンパした結果、全身の骨を砕かれることになった。何もできなかった。真琴はただ少女の肩に触れただけ。その瞬間、真琴の魔眼が緑の精霊の過剰活性をとらえたところで、彼は気を失ってしまった。

 その少女が実は帝国との戦争の際、幼くして単独で王都を守りきった“緑の玉石”フィリーネ・トーラナーラであることは後に知った。

 忘れることなどできそうのない、言い訳のしようもない敗北だった。真琴が冒険者として培ってきたプライドはへし折られ、ついでに心がぽっきりと折れた。



 それから真琴はやるせない気持ちで学校生活を送ることになった。二度の敗北は他の生徒の脳裏にも深く刻まれ、通常なら軽蔑され、馬鹿にされるところだ。しかしそれでも金級冒険者としての確かな実績と実力、それに女神様のチート能力を持つ真琴はその二人以外であれば教師陣を含めて負けなしであった。派手に負けているくせに実力は高い。そんな真琴を皆が扱いかね、周囲から浮いてしまった。

 その上真琴自身、今までの冒険者時代の自由な生活スタイルの感覚を引きずっていたため、規律に縛られた学校生活を余計に窮屈に感じ、授業に真面目に出なくなってしまった。

 そこに至るまでの時間はわずか一か月である。


 浮きこぼれとも落ちこぼれとも違う中途半端な状態、真琴の意欲も地を這うような状態である以上、退学を進めることが正解だったのかもしれない。だがあくまで真琴は冒険者ギルドからの預かりもの。安易に切り捨ててしまっては以降の冒険者ギルドとの関係に亀裂が入る。



 真琴という存在をどうするか。理事長であるリリアーナが悩みに悩み、結果、イラに頼んでみようという発想に至った。

 だがこれはリリアーナがやけになって思いついた浅い考えというわけでもない。リリアーナにはリリアーナなりの願いがあった。イラのところに真琴を送り込むことは、お互いにとっていい影響があると判断したのである。


 まず真琴の戦い方はイラのそれと似通った部分が多い。その上、“玉石”たちの中でもイラは対人戦闘という分野において王国一だ。冒険者として魔獣とばかり戦ってきたせいで、対人戦闘に難がある真琴にとっては最適だと思った。

 特にイラはリリアーナのような天才型ではなく、エクスと同じ努力型の人間だ。リリアーナと違って教えることにも向いている。

 そしてイラも真琴との出会いで何かしら変化が生まれることを望んだ。辺境に隠遁するイラの心の奥底には今もまだどす黒いものがくすぶっている。八年もの間、イラは宙ぶらりんなのだ。


 そんなリリアーナの心情など露知らず、真琴は縛られて床に転がされた状態のままうなりをあげていた。

 授業をさぼり、与えられた寮の部屋で眠っていたらいきなりリリアーナが現れ、精霊術で縛り上げられここに運ばれてきたのだ。拘束を解こうにもリリアーナの組んだ精霊術の構成が頑丈で、真琴の魔眼による精霊の直接操作でもまるで歯が立たない。


(こんなド田舎で、しかも冴えないおっさんから指導を受けるなんてたまったもんじゃない!)

 おっさんというにはまだ二九歳。童顔のイラは二十代ギリギリとはいえ、若々しい外見をしているからそれはともかく。「全力でお断りしたいですが無理なんでしょうね畜生!」などと叫び声を上げながらも真琴を受け入れようとしているイラに、真琴は焦りを感じる。

 そもそもこんなおっさんから自分が何を教わるというのか。真琴はイラの来歴を知らないし、その実力の程度も知らない。またイラの外見は強者には到底見えない上に、真琴は努力なしにチート能力を持ったせいで、他者の実力を見計らう実力が伴っていない。


 それからイラはしきりにため息をつき、額を指でもみながらリリアーナの話を聞きつつ、真琴の教師になることをしぶしぶ了承した。


 真琴の了承してくれるなという願いが聞き届けられることはなかった。


「それじゃあ私は帰るから」

「そうですか。面倒ごとはもう持って来ないでくださいね」

「保証しかねるわ」

「そこは嘘でも保証してくださいよ……」

 そう言ってリリアーナに笑いかけるイラは、随分と彼女と親し気だ。こんな冴えないおっさんがいつ国の妃と知り合う機会があったのか。


 縛られ、床に転がされたままふと、真琴はそんなことを疑問に思った。

 テンプレから外れてしまった真琴の未来はいかに!

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