第42話 新ロエ村防衛戦④
「なん、だと……」
「こいつは」
目の前の異形に真琴とトコイルは絶句した。真琴の龍剣にトコイルの精霊術。二つの炎は確かに魔獣人間を焼き尽くした。単純な破壊力で言えばエクスの精霊術をも上回る真琴の炎だ。溜めに溜めて撃たれた炎に魔獣人間は殺されて然るべし。
だが現実はそうはならなかった。
「燃えてやがる」
「ィィィィィィィィィィ……イィッ!」
魔獣人間は炎に焼かれ……肉体が炎へと変化した怪物へと変化していた。真琴の魔眼にはこの魔獣人間の内界位階は赤と黒が多く、無色の精霊が青や白といった他の精霊と同じくらいにまで数を減らしているように見えた。
その中でも『憤怒』の魔銃は壊れる様子はない。ガチンと引金が引かれる。燃えた弾丸が魔獣人間の周囲から飛び出してきた。
「っ!さっきと能力がちげぇぞ!」
「とにかく避けろ!」
ついた炎の色は白。そのことに嫌な予感を感じつつ、真琴は回避に徹する。弾速は今までのそれよりも遅い。だがさっきから嫌な予感が止まらない。
「ガァァァァァリリィィィィ!!!」
撃った弾丸を追いかけるように魔獣人間が全身から炎を噴き出した。トコイルが顔を大きくしかめる。
「森が……」
真琴たちは炎を戦いの中で使いながらも、森に火が移らないように制御していた。燃やすにしても、飛び火しないように燃やしつくしていた。炎は強力な武器だが、制御を離れた炎は自分たちを苦しめるだけだからだ。だが半ば理性を失った魔獣人間がそんなことを気にするはずがない。
メラメラと真琴たちのいる範囲に炎が広がる。避けた弾丸が木をかすめ、そこからも燃え広がる。
あっという間に周囲は一面火の海と化した。
「ヒ、ヒヒ、ヒヒハハハァァァァモエロ゛ギエ゛ロ……キヒヒヒヒ」
「マジモンの化け物だな」
熱い。周囲に赤の精霊が満ち、それは魔獣人間を中心に取り巻いていた。そしてその赤の精霊が魔獣人間の元に集まり、陣を作る。
「やっべ」
「ガヒィアアアァァァァ!」
真琴とトコイルは魔獣人間を中心にやや離れた位置に立っている。魔獣人間が向いた先はトコイル。とコイルに精霊を見る目はない。
「逃げろ!」
「キヒッ」
「んな」
トコイルは未だに状況を読みきれていない。不気味に笑う魔獣人間の目の前には陣が編まれ、解放間近の精霊術がある。
オーノウ エタナウ。中級の精霊術が無詠唱に、トコイルに向かって放たれた。
*
「……ぁ」
「トコイル!」
劫火がトコイルのいる空間を通り抜ける。炎に焼かれたトコイルは全身焼け焦げ、がくがくとその身を震わせている。重症だ。真琴はキッと魔獣人間をにらみつける。
「てめ……」
「キヒアァ……」
まずは一人と、魔獣人間は愉悦に顔を歪ませる。その顔は炎と同化していても、まさしく醜悪。醜いと言う他ない。
「マ……コト」
「トコイル!」
息も絶え絶えな様子でトコイルが口を開いた。だがトコイルが言葉を発するよりも先に、魔獣人間が真琴に跳びかかる。
「アァ!」
「……この」
上から振り下ろされた拳を、真琴は両足でふんばって正面から受け止める。足元にはトコイル。避けられない。全身がきしみを上げるような怪力。食いしばった歯がギリギリと音を立てる。真琴を構成する筋肉と骨が悲鳴を上げる。
「くぅ……」
魔獣人間は上から拳を落としながら、もう片方の拳を大きく後ろに振り回し、横から薙ごうとしている。これは避けきれない。まずい。そう思った時、真琴は青の精霊が動くのを感じた。
「ウ……ジム」
「ガァ!」
魔獣人間の顔面に水が吹きかけられる。炎が消えかけた魔獣人間は苦悶の声を上げる。拳から伝わる力が弱まった。真琴はどうにか拳を横に受け流し、緑の精霊を集める。
「エザク」
トコイルと一緒に風に乗る。真琴はそのまま魔獣人間から離れていった。
*
「大丈夫かよ」
「何、とかな」
水を撃ったのはトコイルだ。受け答えも意外としっかりしているし、髪は燃え、肌は黒ずんでいるが見た目ほど重症ではないのか。
「この鎧は……適性属性の攻撃を弱める、効果がある。そのおかげ、だな」
「なるほどな」
だがトコイルはこれ以上戦えそうにない。シイナの時と同じだ。真琴は歯痒そうにする。トコイルにまとわりつく赤の精霊。熱を奪い取るために、それを魔眼で引きはがしながら真琴はこれからを考える。
(シイナん時とは状況が違う。トコイルは動けないし、助けが来るとも思えねぇ。少なくとも皆助けは欲しいはずだ)
それでも一応救難信号である緑の狼煙を打ち上げる。ダメ元でも、せめてトコイルを戦場から離脱させたい。
(相手はどうやりゃ死ぬのかもわかんねぇ怪物、もとい魔獣人間。多分……いや絶対俺じゃ力が足らねぇ。玉石クラス、先生かエクスがいる。でも先生は村にいるしエクスだって戦ってるはず……)
「いや、エクスが来ないとも限らねぇのか?」
考えをまとめるために、真琴は顔を手で覆い目をつむる。
「魔獣人間のせいで少なくとも森は火の海……になりかけてる。目立つ、よな。ならあの堅物が動かないと言いきれるか?」
言いきれないはず。確信を持つために真琴はトコイルに目を向けた。
「なぁ、トコイル。エクスってクソ真面目だよな」
「クソ真面目……言いたいことは色々あるが、まぁそうだな。団長は常に真剣だ」
トコイルは焼け焦げた眉を顰め、答える。
「ならこの炎を見て、あいつが来る可能性はどのくらいだ?」
「……」
トコイルは目を瞑り、考え込む。
「かなり高いと思う。だがかけの要素が強すぎるな」
仮にエクスが他の敵に手を取られていた場合、まず彼は来ないだろう。それこそエクスはクソ真面目だから、直面している問題を無視しないはず。
だがもしエクスの手が空いていて、なおかつ近くにいればすぐにでも来られる。
「つっても俺らだけであいつを倒せると思うか?」
「無理、だな」
「だろ?だから倒せそうな奴の力を借りんだよ」
この際、森が燃えてしまうのには目を瞑る。いやむしろ積極的に燃やすべきだ。激しい戦闘が行われているというアピール。それでもってエクスを呼びよせる。
その考えを話すと、トコイルは難しい顔をした。
「危険だぞ。炎に寄ってくるのは団長だけではない」
「分かってる」
敵が呼びよせられる可能性の方が高いことは十分承知だ。その上で真琴は言っている。
「しかし、いや……あれこれ言っている時間はないのか」
「そういうことだよ」
「リィィィッ!!ガアアァァァァ!!」
すぐ近くに魔獣人間の叫び声が聞こえる。逃げ出した真琴とトコイルを探しているのだ。真琴はトコイルを木にもたれかけさせて立ち上がる。
「とにかく、お前はそこで隠れてろ」
「……すまない。できるだけのフォローはいれる」
「無理すんなって」
真琴はふっと息を吐くと、魔獣人間に向かって走り出す。魔獣人間の声は次第に大きくなる。
「死ねやオラァ!!」
そして魔獣人間の前に出ると、真琴は龍剣の白炎を空に撃ちあがるほどの威力を打ち放った。
*
「ひどい有様だ」
森の中を駆けるエクスは憎たらし気に呟いた。
残り二体の怪物も倒し、彼は今狼煙の上がっていた場所を回っている。だがどこもすでに戦いが終わっていた。
冬の森に広がる騎士と軍服の死体。切り裂かれ、砕かれ、満足に見られる死体は一つもない。
死体。死体。死体。死体。死体。生物の気配のない森は死の森にふさわしい有様だ。
背後から気配。見もせずに水槍を放つと、木の影を伝ってきていた軍服は勢いに負けて薙ぎ倒された。とどめを刺すためにエクスは男に近づく。
「あ……ぐそ。どうして」
「む」
エクスは軍服を槍で突き殺そうとして、止めた。軍服が声を発したからだ。エクスは石突で軍服の腹を殴りつける。
「あぐぁ」
「答えろ」
軍服は震える顔でエクスを見た。その目に浮かんでいるのは間違いようのない恐怖。
ずっと無感情だった軍服姿たちの見る影もない。
「どうした。しゃべれたのか」
「あぅ」
エクスは冷たい殺気で男を威圧する。彼の顔の血の気が失せる。
「しゃ、しゃべれた」
「なぜだ」
「仲間、死んだから。分かち合う、仲間」
「仲間?分かち合う?」
男の言葉からは嘘は感じられない。察するに軍服の数が減ったから話せるようになったということだろうか。
「なるほど。ならば貴様らの仲間は後何人いる?あぁ、ついでにお前の名前も聞いておこうか」
「な、なまえ?はは」
名前という言葉を、男は笑い飛ばす。
「名前、なんてない。俺らにも、隊長にも」
「隊長?」
「我々は駒。偉大なる帝国のために自分をもたずに働く、駒。こま……こまこまこまこま」
男の目から正気が失われる。
「おい。どうした」
「こまこまこまこまこまこまこまこまこまこまじょうほうもたないこまかたらないこまこまこまこま」
もしエクスが精霊を見る目を持っていたら分かっただろうが、男の着る軍服から黒の精霊術が発動していた。捕虜にされてもいいように、正気を失わせて口止めするための精霊術。エクスもすぐその可能性に気づいて、舌打ちをした。
「後処理まで完璧か」
これでは情報を引き出すこともできない。せめて介錯をしよう。エクスは槍で男を殺そうとして、ばっと後ろに飛びのいた。
同時にべちゃんと気味の悪い音が耳に入る。それは正気を失った男に覆いかぶさると、瞬く間に男を溶かしてしまった。
「……ふざけるなよ」
新たな怪物の襲撃。だがエクスはそのことではなく、別のことに目を向けていた。
「リリィ」
現れたのは不定形の怪物。そいつは騎士の鎧を身につけて、体から八本の腕を生やしていた。そしてその腕一本一本が槍や剣といった武器を携えている。
その武器に刻まれている王国の紋章。その意味を理解できないエクスではない。
「部下を。私の仲間を殺したな」
「リリリィィィィッリィィ!!」
激しい怒りを抑え込み、かみしめるような呟きの返答は八の剣撃。エクスはその攻撃を槍の一振りで薙ぎ払った。
少し離れたところで炎が爆発する音が聞こえる。エクスは鋭く尖った殺気を、仲間を殺した怪物に向けた。
「消えろ。怪物」
「リリリリィィ!!」
エクスの槍が迸り、怪物を穿つ。怪物は槍を打ち合うべく、怪力で剣を振り切った。
*
森の中で起きた戦いは当事者たちも気づかぬうちに収束しようとしていた。騎士。軍服。玉石。怪物。そして真琴。そのうち騎士はほとんどが命を失い、軍服も全滅した。
時間がかかると思われていた戦いがこれほど早く収束してしまったのは怪物が原因だ。『色欲』の魔剣によって生み出された不完全な不死の怪物。玉石でなければ殺すこともできず、しかも敵味方無差別に食い散らかす。そして食べた分だけその性質を取り込み、自らを強化する。
残った戦士は少なく、森の戦場も二つに分けられた。
一つ目は未だ何者でもない異世界人真琴と、玉石の副官トコイル・ラン・ベルウッド。対するのは『色欲』の能力であり方を歪められた軍服たちの隊長、狙撃手と呼ばれていた男。
二つ目は“青の玉石”“騎士の中の騎士”エクス・ナイツナイツ。対するのは数多の騎士と軍服を喰らい、短期間で技術と経験を蓄積した無名の怪物。
二つの戦場はほど近い。間もなく合流するだろう。“青の玉石”エクス・ナイツナイツという鬼札がいる以上、王国側に敗北はない。
だが勝利もない。なぜなら真琴が魔獣人間と名付けた狙撃手を彼らが殺しきれる可能性はゼロだからだ。
殺せない怪物相手に勝利を収めることはできない。しかし、しかしだ。王国側にはまだ鬼札が二枚、残っている。
*
「どうするべきか」
イラは迷っていた。想定外に想定外が続き、戦場は明らかに森の中で展開している。その状況下で自分は一体どう動くのが正解か。
「万が一に備えるべきか、それとも自分も森に向かうべきか」
イラの見立てではもう村には敵は来ない。しかしもしものことを考えると迂闊には動けない。この村には戦えない村人と負傷したシイナがいるのだ。迎撃用の狙撃銃は置いてきたが、怪物どもがここに来る可能性を考えると戦力が足りない。
「俺は……いやでも」
「たまには信じてみるのもいいんじゃなくて?」
ピタリと、イラの動きが止まった。耳に柔らかく入り込む声。風に吹かれて彼女の長い黒髪が揺れる。
「どうしてここに?」
「非常事態だから、かしらね」
パッと振り向くと、彼女は真剣な目で遠くの森を見つめていた。彼女――“白の玉石”リリアーナ・ウァンティア・オウルファクトがいつの間にかにそこにいた。
リリアーナは約二か月ぶりに出会ったイラに向けて、優雅な微笑みを見せる。
「エクスからの応援要請で、軍を派遣できるのは十日後。でもグランも十日では遅いと考えたみたいね。私が先行したの。そしてそれが功を奏した」
「……なるほど。そういうことですか」
未来予知でもできるのかと言わんばかりの先読みされた計画。戦争中グランヘルムが稀代の策士扱いされた所以だ。彼がおせっかいを焼く時、それは確実におせっかいではなくなる。
「しかしリリアーナがいるなら尚のこと自分は森に行くべきでは?」
リリアーナがいるならあえてここに陣取る必要はない。しかしその言葉に彼女は首を振る。
「いいえ。森へは私が行くわ。その上であなたにはこれを渡しておく」
「これは……まさか」
イラはリリアーナが差し出した刀を見て、目を見開いた。その刀こそイラの根幹にして、彼を玉石足らしめた武器。
鞘に納められた装飾のない武骨な刀。長すぎず、短すぎず、手にすれば程よく馴染む。鞘を抜けば、肺銀の刀身があることをイラはよく知っている。イラがかつて戦場で使い、数多の死を形成してきた武器――『憤怒』の原典だ。
「いいんですか?これは」
『憤怒』は戦争が終わると同時に国に奪われた。厳密には『憤怒』は国の所有物だから奪われたというよりも取り返されたと言った方が正しいが、ともかく今は持ち出せないように固く封印がされていたはずの武器だ。
「心配しなくても、グランが必要な手続きはしたわよ。あなたが心配することは何もない。強いて言えばそうね」
リリアーナはいつになく真剣な様子で、しかし顔に微笑みを浮かべて言った。
「久々の全力に、おっさんが疲れてしまわないかの心配だけしなさいな」
「言ってろ。三十路手前」
「ふふ」
リリアーナの周りにいくつもの陣が形成される。その一言を残し、リリアーナは戦場に向かって文字通り飛んでいった。
戦況管理
王国 帝国
真琴・トコイル VS魔獣人間
(トコイル戦闘不能) (炎と同化)
エクス VS怪物
(無傷) (八本腕)
イラ
(村近くで待機・根幹を取り戻す)
リリアーナ
(森へ)
シイナ
(村で待機)
戦況管理の形式を変更しました。うまく表示されるといいのですが……




