第38話 その頃王都では
息抜き&伏線回です。
先日第0話を投稿しました。最新部分数にズレがあるかもしれません。
「ふん、ふふ~ん」
その日、フィリーネは騎士学校での授業を終え、王都のメインストリートでショッピングに勤しんでいた。
「あ、これ可愛い」
フィリーネは金髪碧眼のぽわぽわした感じの少女だ。その足取りと視線はフラフラとあちこちを彷徨い、どうにも頼りない。
「あ~でもこれもいいなぁ。いやでもこっちだって……」
フィリーネは今まで入ったことのなかった髪飾りを売っている店であれやこれやと品定めをしていた。
「主へのお探し物ですか?」
「え?」
そんなフィリーネに声をかけてきたのは三十代くらいの女性店員。ニコニコと顔に愛想笑いを浮かべている。
「主?」
「あら違うのかしら。メイド服を着ているからてっきりそうなのかと」
小首を傾げるフィリーネに、店員もおやと首を傾げる。
「違いますよ。確かに私はメイド服を着てますけど、メイドじゃないです。確かにメイド服は私の存在理由にして、生まれてきた意味ではありますけど」
「え……」
フィリーネが今着ている服は黒無地のワンピースに、白いフリル付きエプロンドレスのメイド服。そこにモノクロのカチューシャを付けているから外見で言えば完璧にメイドだ。
しかしフィリーネはメイド服を愛しているだけでメイドではない。別にメイドに対して深い感慨を抱いているわけでもない。
メイド服を完全無欠に着こなす一流のメイドは、それはそれで素晴らしいとは思っているが。
ちなみに店員はフィリーネのグルグルと渦巻く瞳に宿るメイド服への狂愛と妄執にたじろいでいた。
「今日はお仕事で遠くに行ってる友達へのプレゼントを買いに来たんです。その子、おしゃれとか全然興味がない子で、だから私があの子を可愛くしないと」
「そ、そうなんですね」
店員は無意味にメイド服を着ているお前がそれを言うなと内心突っ込んだ。だがよくよく見ればメイド服の存在感を邪魔しない程度に、小物やバッグなどでおしゃれをしている様子が見て取れた。
それに着ているメイド服の生地もかなりいいものを使っている。
(この子は変わりものの貴族の娘さんとかなのかしら?)
なら金は持っているはず。店員の目がキラリと光る。
「ならお客様、こちらの商品などはいかがでしょうか!」
「は、はぁ」
急に商品を勧め出した店員に、今度はフィリーネがたじろぐ番だった。
*
「あぁ~ちょっと買い過ぎちゃったな」
四十分後。フィリーネは両手に紙袋を持った状態で店を出ることになった。背後ではほくほく顔の店員が手を振っている。
「ま、いいか。いいものたくさんあったし」
買った品物はどれもフィリーネの納得のいくもので、センスのいいものばかりだった。その分結構な額がかかったのだが、フィリーネが毎月国からもらっている“給料”からすれば、大した額ではない。
「おい!そこのメイド」
「はい?」
そろそろ寄宿舎に帰ろうかとしていると、フィリーネの目の前に三人の男が立ちはだかった。
「へへっ。結構な美人じゃねぇか。俺たちと遊ぼうぜ」
「なんなら俺の家に雇ってやろうか」
フィリーネに声をかけてきたのはどれも身なりのいい男ばかりだ。しかし顔には下卑た色が浮かんでおり、さきほどからフィリーネの顔やら足やらに好色な視線を向けている。
ただ、フィリーネの胸を見る時だけ男たちは残念なものを見る目を向けていた。
「あの……私はメイドじゃ」
「余計なことを言うなよ。平民が貴族に逆らうもんじゃない。だろ?」
やはり貴族か。しかし王都に住む貴族なら、フィリーネの顔と名前は知っていて当然のはず。そうでないということは彼らは地方から昇ってきたばかりの貴族か、跡継ぎでもなんでもない末っ子かドラ息子か。
どちらの可能性もありえそうだ。
フィリーネの周囲を囲い、絡みつくように話しかける男たちにフィリーネはむっとした様子で答えた。
「確かに私は平民ですけど……でも王は貴族と平民をひとくくりに分けることを何より嫌っていますよ」
「なぁにが王だ!王に会ったこともないような女が偉そうな口を叩くな!エルケンドに逆らうつもりか!」
「エルケンド……確か地方の中級貴族。そっか。明後日のパーティのために来たから私のこと……」
フィリーネは頭の中にある貴族名鑑をめくりつつ、男たちの素性に思い当たった。その横ではいつの間にかに通りを歩いていた人々が、騒ぎの種を感じてフィリーネたちから距離を取っていた。幾人かは両手を合わせて目を瞑っている。
そのうちの半分は温和そうなメイド少女の無事を願って、そしてもう半分は男たちの無事を願ってだ。声をかける勇気はない。しかし心の中で祈るくらいのことはできた。彼らはフィリーネが一体何なのかをたまたま知っていた。
そしてフィリーネに手を出した男たちの末路も。
「いいから来い!」
「あ、私に触らない方が……」
苛立った男はフィリーネに手を伸ばす。その手がフィリーネに触れた瞬間。
「ネトナウ」
ぐしゃりという音と共に、男の手が砕けた。
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!い、いでぇぇぇ!!」
「あぅだから触らない方がいいって言ったのに……」
平和な王都の大通りに悲鳴が響き渡る。フィリーネに触れた男は手から大量の血を流し、裂けた皮膚の合間から砕けた骨を覗かせている。見るからに痛そうだ。通りに崩れ落ち、もだえ苦しむ男にフィリーネは場違いにも思える弱気な声を上げた。
「私はメイドじゃないのでごめんなさい。あなたたちの誘いには乗れません。後、手は早くお医者さんに見てもらった方がいいと」
「てんめぇぇぇぇ!よくも兄貴をぉぉぉ!イウ エタナウ!!」
「許さねぇ!ウジム エタナウ」
どうやら彼らは兄弟だったらしい。二人はフィリーネに精霊術を放つ。
王都の中央通りでの精霊術の無断行使は貴族、平民問わず重罪だ。それは彼らも重々分かっているはず。
なのにそれをしてしまったのは、得体の知れないフィリーネへの恐怖からか。
ただ少なくとも、今確実に分かることは彼らにとっての最善が、兄を担いでフィリーネから逃げ出すことであったことは間違いない。
少なくとも、フィリーネは自らの意志で追撃することはないのだから。
「あぁ……ネトナウ」
飛んできた火と水にフィリーネは、吐息のような呟きをした後、一言詠唱する。その一言はまるでフィリーネの意志とは関わらず唱えられたようであり、しかしその効果は絶大だった。
二つの精霊術がフィリーネに触れようとする瞬間、ヒュルリと風が吹いた。その風は火と水を捉えると、そのままの勢い、いやそれ以上の力を伴って術者に精霊術を撃ち返した。
「あ……ごぇ」
「うぼぼ」
男たちは突然反射された自分たちの精霊術を避けることもできずに直撃をくらった。水に撃たれ、火に焼かれ、男たちは3人とも通りを転がることとなった。
「うぅ、どうしようこれ」
そんな男たちを前に、フィリーネはおろおろと視線を彷徨わせる。その姿はやはり大の男三人を軽くあしらった少女とは到底思えない。
フィリーネの素性を知らない人々は、予想外の光景にあ然としていた。
「何があった!」
そこに一人の騎士が野次馬をかき分けて出てきた。騎士はフィリーネと男たちを交互に眺めて、納得した様子で頷いた。
「お、おい!そこの騎士、俺を助けろ!そいつは貴族の俺たちに歯向かったメイド女だ!」
負傷した3人の内、水に撃たれるだけで済んだ男が声を上げた。彼は醜いプライドを隠そうともせずにフィリーネを糾弾する。
けれど騎士は逆に貴族の男を強く殴りつけた。
「ぐべらっ!」
「黙れ!」
殴りつけられた男は通りに熱いキスをして意識を失った。その男には目もくれず、騎士は重症の男二人を蹴りつけようとする。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!なんでそんな……」
「当然です。我らがアイド……いえ、王都の守りの要たるフィリーネ様に手を出そうなどとは無礼にほどがある。千回死んでもまだ足りません」
「ふぃ、ふぃりーね?……まさか」
腕を砕かれた男が騎士の言葉に反応する。男はフィリーネを見てがくがくと震え始めた。
「玉石の……ふ、“風結城塞”……」
「えぇと、はい。私が“緑の玉石”フィリーネ・トーラナーラです。ええと、どうしましょうこの状況」
ひとまずは自己紹介をしたものの、これはどうするべきか。顔に笑みを貼り付けてフィリーネは困り果ててしまった。
*
結局、その後他の騎士も到着し、周囲の野次馬たちの証言もあってフィリーネは無罪放免とされた。
そうでなくともフィリーネは王都の守りを一手に担う“玉石”だ。罰することなどできない。その上物理的な罰をフィリーネに与えられるものすらそうそういない。
それにフィリーネが自ら誰かを害するような少女でない(ただしメイド服に関することは除く)ことは、彼女を知る者たちからすれば当然のことだ。
フィリーネは遅れてきた騎士の一人から、王が呼んでいることを聞いて、急ぎ王城へ足を運んでいた。
「お、お久しぶりです」
「フィリーネか。すまんがすぐ来てくれ」
フィリーネは顔パスで王城の中に入ると、謁見の間ではなく会議室の一つに通された。そこではグランヘルムが山のように積まれた書類とにらめっこをしていた。
「緊急事態だ。玉石過半数のサインが必要な書類が多くてな。エクスはいないし、ニントスも今王都を離れているから、頼むわ」
グランヘルムは山のように積まれた書類の束を一つ指さした。広い机にはサイン用のペンが置いてあり、書類を見ればすでにグランヘルムとリリアーナのサインはしてあった。
「は、はい」
いつもは豪気に冗談の一つ二つ飛ばしてから話に入るグランヘルムが、真面目に話をしている。これはよほど余裕がないに違いない。フィリーネはそそくさと近くの椅子に腰かけてサインをし始めた。
さらさらと、書類の内容に目を通しつつサインをする。……いつの間にかに温かいコーヒーが置いてあった。脇に灰色の髪をした初老のメイドが控えていた。王城のメイド長のムカマだ。音も気配もなく最高のタイミングでおもてなしをするその姿は、凛然としていてかっこいい。
それにムカマはメイド服の着こなしも最高だ。
「フィリーネ様。よろしくお願いしたします」
「は、はい」
ムカマのメイド服姿にしばし見惚れていると、ムカマが柔らかくも冷たく促された。サインを続ける。カリカリ、カリカリ。広い部屋の中にしばらくサインをする音だけが響く。
その沈黙が息苦しく、書類の山を一つ片づけたところでフィリーネは休憩がてら口を開いた。
「あの……何があったんですか?」
サインをした書類にかかれているのは、各地に派遣している中央軍への応援要請と配置の転換要請だ。本来、中央軍、地方軍、議会の承認の後動かすような大移動をグランヘルムはそれらを王権限と“玉石”権限による強権で動かそうとしているらしく、書類の量を見れば、かなりの人数が動員されていることが分かる。
「この前の玉石会議のことを覚えているか?」
「はい。……えっ。もしかして」
フィリーネがサインの手を止め、顔を上げた。
「あぁ。数は極小だが帝国が攻めてきたらしい。しかも訳の分からん新兵器を引っ提げてな」
対するグランヘルムはサインをする手を止めないままに口を動かす。顔も声も冗談の入る余地なく真剣だ。フィリーネの頭に銀色の髪の男の顔がよぎる。
「イラさん……」
「心配するな。あいつは簡単に死なねぇし、エクスやシイナだっている。不安なのは数がいないことくらいだが、そのためのこいつだ」
不安そうな声を上げるフィリーネにグランヘルムは柔らかい声をかけた。そしてニヒルに口の端を吊り上げて、書類の山脈に視線を送る。
「それにリリーにも先に動いてもらってる」
「分かり、ました。……ならリリアーナさんは」
「あぁあいつは――」
*
王城の地下にある宝物庫。薄暗くかび臭いその部屋にリリアーナは足を踏み入れていた。
ギギギと音を立てて開いたその先には未だに貧しい王国の、わずかな宝石や美術品などが無造作に置かれている。精霊器を使って物の状態自体は管理されているが、それだけ。いかにグランヘルムが宝物が重視されていないかが伺える。
リリアーナもまたそんな宝たちには目もくれず、宝物庫のその先へ、オウルファクト王国の国宝の一つが置いてある場所へ向かう。
その部屋の入り口は一見するとただの壁のように見えるが、実は“玉石”級の精霊術の技術がないと入れない仕様になっている。開錠に複雑な精霊術の技術がいる六つの鍵を開け、その先にあるのは、石で囲まれた二メートル四方の狭い寂寞とした部屋。
その中心にあるのは、淡い光に照らされた、部屋の壁から伸びた鎖で盗まれないように縛りつけられた一振りの刀。武骨で一切の装飾のない、味気ない刀だ。
「さて」
リリアーナは鎖に手を振れる。この鎖を作ったのはリリアーナだ。ピンと張っていた鎖は手に触れると同時に力が抜けて、ジャランと床に落ちた。解放された刀をリリアーナは手に取る。
何の変哲もないただの刀。だがそれはリリアーナにとっては、である。持つべきものが持てばこの刀は恐るべき兵器と化す。そしてその兵器は今必要なのだ。
「行きましょうか」
その刀を片手に、リリアーナは王都から見て東部、新ロエ村へ転移するための精霊術を編み始めた。
戦況管理
王国
イラ(新ロエ村で待機) 真琴(森へ) エクス(森へ) トコイル(森へ) シイナ(新ロエ村で待機・負傷で戦闘不能) 騎士たち(森へ) リリアーナ
帝国
狙撃手(???) 軍服たち(森にて) 怪物
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