第22話 プロローグ・東部に向かって
第二章の始まりです。
カタカタと音を立てながら、小石混じりの道を馬車が走る。王都から出発し、向かう先は王国の東部だ。目的は東部の領主たちの監査。そしてもう一つ。
「どうしてこうなった」
「諦めるといですよ。王のけていは、ぜたいです」
「分かっている。分かっているさ。それと君はもう少しきちんと話しなさい」
「ひどい、です。私ちゃと、話してますよ?」
騎士たちの乗った馬車の中でもひときわ立派な造りの馬車には、向かい合って座る一組の男女の姿があった。
一人は青と白銀の甲冑を着た、厳格そうな顔立ちをした壮年の男。脇に置いているのは余計な装飾のない武骨な槍で、銘は“節制”。彼の名前はエクス・ナイツナイツ。オウルファクト王国“青の玉石”にして、王国騎士団長と軍の憲兵長を兼任している男だ。
エクスはただでさえ額にしわが寄っている顔をさらにしかめ、しきりにため息をついている。
そんなエクスと向かい合うのは小柄な少女だ。灰色のフードつきのローブを纏い、そのローブの下に細身の短刀を差している。苛立ちを隠さないエクスと向かい合っても臆する様子は欠片も見せない。
彼女の名前はシイナ。若いながらも王国暗部“影衆”の筆頭代行を務める“謙譲”の数打ちの使い手だ。
彼女はため息ばかりついていると幸せが逃げるのになぁと、のんきに思っていた。
エクスとシイナは王命により、数名の騎士を従えて東部へ、ひいてはイラのいる新ロエ村へと向かっていた。だが普段はどんな仕事を与えられても粛々とこなすエクスの機嫌はすこぶる悪い。
「話せていないから、そう言っているのだ」
「……はぁ、そう言われも、困ります。私、話すの苦手で。それになで、そなに怒てるですか?」
「別に怒ってはいない。ただ」
「王に罠はめれたの、気してます?」
「……」
シイナの問いかけにエクスはブスっとした顔で視線を逸らす。図星らしい。シイナはあははと苦笑した。
*
事の発端はつい先日行われた玉石会議。そこでイラから上げられた報告だった。
「……“色欲”の魔剣から生み出された怪物、ですか」
「ああ、らしいな。何でも無色の精霊の代わりに黒の精霊で動く、糸状生命体、いや生きてはいないらしいが、ともかく群生体でイラが概念爆発を使っても倒せなかったらしい」
嘆息するエクスにグランヘルムが補足する。その言葉に参加者たちは眉をひそめた。にわかには信じがたい話だ。全ての生命は無色の精霊を有しているもの。それは精霊術士の常識だ。そうでないと言われても「はいそうですか」と軽く頷くことはできない。特に精霊術を極めた“玉石”たちであれば尚のこと。
そしてイラの概念爆発は復讐心を露わにしていた彼ですら、滅多に使わなかった奥の手。それだけに概念爆発の破壊力の恐ろしさは”玉石”の誰もが知るところだ。その概念爆発を受けて斃れないというのもまた、尋常ではない。
「ふぅん。イラちゃんも中々面白い化け物と出会ったのねぇ。私も一度見てみたかったわぁ」
イラの報告を聞いてのニントスの感想がこれだ。イラの報告にある怪物はニントスの精霊術研究魂を十二分に刺激したらしい。
「お、面白いですか。私はそんな怪物と遭遇したくないです」
逆にフィリーネは話を聞いて委縮してしまったらしい。
「それで、だ。俺はこの怪物及びイラの概念爆発の影響が森に出ていないかを調べる調査団を派遣しようと思っている」
「グランの意見に賛成ね」
あらかじめ裏で話を通していたのだろう。リリアーナは即座にグランヘルムの意見に賛同する。グランヘルムはイラの委任状を持っているからこれで実質賛成が三。過半数が賛同したことになるので、調査団派遣は決定事項になる。
他の玉石たちも特別反対することでもないので、特に何も言わない。
「王と王妃が賛成なら私も反対する理由はありませんが、誰を派遣するおつもりですか?」
生真面目な口調で問うエクスに、グランヘルムは悪戯小僧のような笑みを浮かべる。エクスは嫌な予感がした。
その予感はすぐさま当たることになる。
「おう。そのことなんだがな、ほら新ロエ村って東部にあるだろ?」
なんでもないようにグランヘルムが言った。
「は? ええ。そうですね」
「それでよ。そろそろ東部の領主どもの視察の時期だよな」
「そうで……お、王、まさか」
エクスは続くグランヘルムの言葉が理解できて頬を引きつらせた。
「俺はイラの概念爆発でも倒しきれなかって言うし、万が一に備えて俺はできるだけ強い人間を派遣してぇ。それもイラと同じ“玉石”クラスのな。ついでに視察もできれば一石二鳥だ。てなわけでエクス。お前ちょっと東部まで行ってこい」
「何を言っているんですか! 確かに視察の時期と重なってはいますが、調査ならニントスの方が」
「う~ん。ごめんなさいねぇ。あたしが行きたいのはやまやまなんだけど、ちょうど総学会があるからねぇ。無理だわん。でも安心して! 人員は貸し出すから」
「てなわけで」
「ですが私には王と妃を守るという……」
「エクス」
いきり立って反論するエクスにリリアーナが冷たい声を投げる。
「貴方は私達に護衛が必要だと考えていますか?」
リリアーナとグランヘルムの視線がエクスに刺さる。“白の玉石”と“赤の玉石”。二人の実力は人外の化け物レベルといっていい。エクスは護衛として二人の近くに侍っているが、実際この二人に護衛は必要ない。
むしろ護衛がいる方が足手纏いだ。
「必要、ありません」
エクスの顔は屈辱に歪んだ。
「でしょう? 今の王国に有用な人員を遊ばせておく余裕はありません。そしてエクス。貴方が騎士団長として私たちを守護し、よく諫言をくれていることはわかっていますし、慣例としてそれが必要なことも分かっています。ですが私達には本来護衛はいらない。……王国でも特に優秀なエクスを私達の近くに置いておくことは無駄が多いですし、それになにより」
リリアーナは最後の一言で言葉を和らげた。
「イラを王都に戻したい、ですか」
「そういうことです。それにエクスが言ったじゃありませんか」
リリアーナが満面の笑みで言った。
「彼が王都へ向かうと言うのなら、私が彼を見定めることにしましょうって」
「決まり、だな」
上手く行ったと言わんばかりのグランヘルムを前に、エクスはがっくりと肩を落とした。
*
「でもそなに落ち込むことです? 別に……」
「今回に限って言えば王の方が正しいとは分かっているさ。だがそれとこれとは話が別だ。こう上手くはめられてはな、それに私にもプライドというものがある」
「そですか。……本当にそれだけです?」
シイナはエクスが責任感の強い男だと知っている。だからどうにも仕事に乗り気でない彼の態度が不思議でならなかった。シイナの言葉にエクスは少し考え込んだ様子を見せる。
「そうだな。私はイラに会いたくないのかもしれない」
「会いたくない、ですか?」
「ああ。私の彼に対する心情は複雑なのだよ」
エクスの見せる表情は岩のようで、シイナはその奥底にある心情を見通すことができない。
イラは強いが狂ってるってことだろうか。だがイラは前とは違う。
イラは八年前のような狂人ではない。今では落ち着いて、しかも教え子までできている。エクスは何を考えているのだろうか。
二人を乗せた馬車は冬の初めの道を進んでいった。
*** ***
*** ***
初冬のの森は静かだ。彼らはゆっくりと森の中を巡り、根を張る。彼らは使い捨ての駒。だが主に対する忠誠心だけは一等品だった。なにせそのように教育され、そのように洗脳されている。
だから彼らは主の命令を命がけで遂行しようとするし、実際命を落とすことを厭わない。
全ては主――帝のために。来るべき戦争の礎となり、帝国に勝利をもたらすために。
「諸君。そろそろ目的の連中が来るぞ。貴様らの存在理由は分かっているな?」
彼らは何も答えない。ただ無表情のままに立ちつくすのみ。否、答える必要すらないのだということを、彼らの統率者はよく知っている。
「くく。よろしい。それでは作戦は理解しているな? それならば……」
計画を、遂行しよう。




