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閑話⑤ トクロ


 秋が終わって初冬に入ろうかという頃。トクロが()()()()だという連絡が真琴たちのもとへ届いた。

 急いで駆けつけると、そこにはすでに村人たちのほとんどが集まっていた。


「じっちゃん!」

 真琴は村人たちを掻き分けてトクロの元へ向かう。それに気づいたのか、うっすらと開けられたトクロの目が真琴を捉えた。


「や……ぁ、マコト君。元気かい?」

 元気かと問うトクロの声に力はない。それだけで真琴の目尻が熱くなった。

「元気だよ。見りゃ、分かんだろ」

「そう、だねぇ」

 もうトクロは咳込んでいない。咳き込む力も残っていないのだ。イラはスッと眼鏡の位置を直した。


「もう、命が……」

 今のトクロは致命傷を負った負傷兵と同じだ。傷を治す術もなく、ただ命の尽きる瞬間を待つだけの。


「はぁ。ねぇマコト君」

「何だよ」

「君に会えてよかった」

「は?」

 トクロの穏やかな目が真琴を捉える。真琴の間の抜けた顔が映る。

 黒髪黒目の少年。齢の割に幼く、その心はまだまだ未熟だ。でも。


「俺の……話をきちんと聞いてくれてたのはマコト君、くらいなものだったから、さ」

「え、いや……そんなことは」

 ない。真琴はいつもトクロの話を聞き流していた。


「うんにゃ」

 なのにトクロは首を振る。


「マコト君くらいなんだよ。俺の話を何回目、とか……ちゃんと覚えててくれたのは。みぃんな俺の話は聞き流すけど、マコト君だけは……ちゃんと聞いてくれた」

 真琴はこらえるように口を一文字に結んで押し黙る。真琴の目元は真赤に腫れていた。


「なぁに湿っぽい話してんだい!」

 二人の会話にティアラが割って入った。臨終の間際であってもティアラはいつもの調子でトクロに語りかける。


「笑えよトクロ。そんであの世で嫁さんに長話すんだろうが。んなシケた面して会いにいくつもりかい!」

 ティアラの言葉にトクロは呆気にとられた顔をする。しかしやがてその顔に笑みが浮かんできた。


「そりゃ、そうだ。死んであいつにずーっと長話すんだ俺は」

「そうだろ?」

「あぁ。じゃあさ、最後にいいかい?」

「……なんだよ」

 腕組みしたティアラにトクロは言った。


「あんたは俺の母ちゃんみたいだったよ。今まであんがとな」

「誰があんたのかぁちゃ……なんだよくそ。湿っぽいのは無しって言っただろうに」

 ティアラは目元を押さえてうずくまる。その声は濡れていた。トクロは次にイラの方に目を向けた。


「イラ君。頼みがあんだ」

「何ですか?」

「俺が死んだらさ。俺の体を燃やして空に舞いてくれ。そうすりゃ一等速くあいつのところにたどりつけるだろ?」

「じっちゃ……」

「分かりました」

 真琴が何かを言う前にイラはその願いに頷いた。口を開こうとする真琴を目で制し、イラは言葉を続ける。


「なら折角です。とびっきり綺麗に空に遺灰をまきましょう」

「おぅ。そりゃぁ嬉しいねぇ」

 トクロは目を細めて喜ぶ。最期に、トクロは真琴に伝えた。


「なぁマコト君。お前さんはすんげぇ優しい子だよな」

「そ、そんなことっねぇよ」

 目から大粒の涙をこぼしながら、真琴は強がる。


「優しい子だよ。マコト君みたいな子が俺たちの息子だったら、もっと毎日が楽しかったろうになぁ」

「うっ。ひぐ、じっちゃん」


「あぁ? 何だよお前そんなに近く……」

 ポツリと、トクロが呟いた。それっきり、長話のトクロの口から言葉が紡がれることはなかった。


「じっちゃん……」


「この馬鹿が……」


 トクロの死に、集まった村人たちは泣いていた。長話が玉に(きず)だけど人のいい、みんなから好かれていたトクロの死に村人たちは涙を流した。

 その中で一人、イラだけは乾いた目でトクロを見つめ、やがて長い時間彼の冥福を祈って黙祷した。


   *


「あなたの約束を果たしましょう」

 イラはトクロの亡骸を抱えて、外に出ていた。空は生憎の曇り空。トクロを送り出すには少しだけ不満が残る。


「まぁいいでしょう。曇っているなら、晴れにすればいいだけのこと」

 イラは眼鏡を外して右の魔眼を活性化。精霊の動きを把握する。

 真琴やティアラを含めた他の村人たちはこれからどうするのかと、イラの周りを取り囲んでいる。


「先生……」

「安心しなさい真琴。自分がトクロさんをしっかりと弔いますから」


 イラは赤と緑の精霊を集めて陣を編む。作った陣の数は二つだ。一つは戦闘でも使う中級の精霊術。もう一つは滅多に使わない()()()の精霊術だ。こちらは少しのミスもあってはならない。特に慎重に陣を編んでいく。


「まずはこの邪魔な雲を払いましょう。エガイツ オウ ウウハク アロス オレラウ」


 ドンッ! という音と共に風をまとった火の玉が空に打ちあがった。火の玉は上空に達するとバッと広がり、周囲の雲を散らした。

 初冬の雲が裂け、そこから晴れ間がのぞく。村人たちの驚く声が聞こえた。


「では。オイ オーノウ アン アカラワイ エカイオウ アラギカン オン エラ」

 イラの詠唱と共にトクロの亡骸を柔らかな炎が包んだ。赤い炎がトクロを灰へと変えていく。その様子を村人たちは寂しそうに眺めている。

 ほんの一分ほどで、トクロの体は灰になった。灰になったトクロはイラの手の平の上で漂っている。


「今からこの灰を空へ」

 イラは村人たちに一声かけてから、今度は六色の精霊を集める。使うのはイラだけに使うことを許された“透徹”の固有術式。

「ウレアノト アリ ウテツオト エリチアム」


「きれいだ……」

 村人の誰かが呟いた。イラが生み出したのはキラキラと虹色に輝く砂粒状の透徹。戦いには全く使用できない運用の仕方だ。


「では……さようならトクロさん。あの世で再会、できるといいですね。エザク」

 下からつきあげるような風。トクロの灰は透徹の砂と流麗なダンスを踊りながら舞い上がっていった。

 曇り空から覗く晴れ間に向かって、六色の美しい砂が混ざった灰が飛んでいく。寂寥(せきりょう)を感じるだけの遺灰が清らかで美しいものに見えた。


 グス、グスという声はまだ聞こえてくる。トクロは空に消えていく。その様子にイラはわずかな寂しさと羨望をにじませていた。


   *


「ありがとな先生。じっちゃんを弔ってくれて」

 家に帰って、真琴はイラにそんなことを言った。

「別に君のためにしたわけではないですから。あくまでトクロさんに頼まれたから。それだけですよ」

「それだけでもだよ」


 目は赤くはれ、鼻を時折すすってはいるが、真琴の顔はどこかすっきりとしていた。

「先生のおかげでじっちゃんは迷いなく、次の命を送ることができるんだ」

「そうですか……そうだといいですね」


 イラは窓の外から空を見た。イラが裂いた空はまた元通りになり、雲から初雪が降り始めた。

 そこにはもうトクロの姿はない。


 村から一人、住人が減り、一人の青年が成長した一日であった。

 これで一章終わりです。ここまで読んでくださりありがとうございました。作者の活動報告のところにキャラ紹介などを載せてるので、よろしければ是非。


 感想、ブクマ、ポイントなどをいただけると作者の励みになり、しかも号泣して喜びます。よろしくお願いします。


最後に二章の予告などを。


 怪物の跋扈により生命の息絶えた森。そこに蠢く影があった。彼らは恐怖を持たず、喜びを持たず、如何なる感情も持たずに淡々と命令に従う『駒』。その魔の手が王国に迫っていることを知るものは誰もいない。


 新ロエ村ではイラと真琴が修行に励んでいた。冬の気配漂う村の来訪者。イラを想う者。イラを憎む者。彼らはイラと真琴を新たな戦いへといざなう。


 冬の森で起こる戦闘。それはきたる戦争の前触れでもあった。


 第二章 騎士の中の騎士と騎士あらざる騎士 お楽しみに。

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