閑話① 真琴とトクロ
「つっかれたぁ」
これは真琴とイラが先生と生徒の関係になってからしばらくしてからのこと。真琴はイラの家の庭で大の字になって倒れていた。
何と言うこともない。朝の訓練で動けなくなるまでしごかれただけだ。今の関係に落ち着いてからというもの、最近の訓練は随分厳しい。自慢の龍剣を地面に放られているが、それを取りにいく力もない。ちなみにイラは真琴を放置し、先に家に戻っている。
冒険者時代は龍剣を抜き身のまま地面に捨てておくなんてありえなかったことだ。
「おんやぁ。マコト君でねぇの」
「……おっす。じっちゃん」
頭の上に声がかかる。真琴は自分を覗きこんできた男に声だけで答えた。手ぶりだけでも挨拶したいところだが、疲れ切ってしまって動けない。
「盛大にぶっ倒れてんなぁ」
「今日もやられちまったよ」
「そうかぁそうかぁ。俺も若い頃には……」
また始まった。真琴は愛想笑いをしつつも内心うんざりする。新ロエ村に住むじっちゃんこそトクロは「長話のトクロ」と呼ばれるほど話が長い。
トクロ自身は悪い人ではないのだが、何分トクロは同じ話を何度も繰り返したり、オチのない話を延々するのでずっと聞いているのは苦痛だ。トクロ自身は悪い人ではないのだが。悪い人ではないのだが。
「あの頃は大変でよぉ。最前線だとロクに食うものもなくて、そのくせ敵の数ばっかり多くてなぁ。ホントに大変だったよ」
「そっか」
真琴は体力を回復させながら、話半分にトクロの昔話を聞いている。戦場の苦労話はもう十八回目だ。
「……マコト君は羨ましいなぁ。イラ君みたいな立派な師匠がいてなぁ」
「お?」
「俺たちには師匠なんていなかったからよぉ」
これは初めての話だ。真琴は空に向けていた視線をトクロの方に向ける。そしてドキリとした。
トクロの顔には形容しがたい苦悩が浮かんでいたからだ。
「もし俺たちにも、イラ君みたいに真剣に鍛えてくれる師匠がいたら、死なんですんだ仲間もいたのかなぁ……」
「じっちゃん」
「悪いのぉ。しんみりしちまった」
真琴が声をかけると、トクロはいらんことを言ったとばかりに表情を和らげて、ぼりぼり頭を掻く。それから思い出したように真琴の近くに甘いオレンジのような果物を置いた。
「ほれ俺の話を聞いてくれた礼じゃ」
「あ、ありがと」
どうやら話はこれで終わりらしい。トクロはまた村の道に戻って行った。その最中、囁くようなトクロの声が、真琴の耳に入った。
「俺がも少し強かったら、あいつらも死なんで良かったのかねぇ……」
その呟きを、真琴は聞かなかったことにした。
*
「あぁ、体力は戻りましたか?」
「ばっちりだよ」
真琴が家の中に戻ると、イラは台所の竈で鍋を掻き混ぜていた。家の料理はイラの仕事。真琴は台所に入らせてすらもらえない。
主夫かと、真琴はたまに思う。
「何作ってんの?」
「最近疲労が溜まっているでしょう? だから滋養がつくものをと思いまして」
イラは小さく「できた」というと、鍋敷きの上に鍋を置いた。
「え……肉?」
「はい。これを食べて精をつけてください」
鍋は肉たっぷりのシチューだった。イラの家で肉が出てくることは滅多にない。イラは肉が嫌いということはないが、まずもって肉が手に入らないのだ。
獣が出る森は例の怪物のせいで生き物のいない土地になってしまったし、老人ばかりの新ロエ村では肉を好む人が少ないから、稀に来る行商人も肉はあまり持って来ない。
「この間来た商人がたまたまいい肉を持っていましてね。買っておいたんです」
「へ、へぇ」
真琴の目はシチューから離れない。時間は丁度昼飯時。肉を食べるなんて久しぶりだ。イラが皿に注ぐのも待ちきれずに自分で皿によそって肉を食べる。
「うんめぇ……」
久方ぶりの肉だ。厚切り肉をスプーンで口に運ぶ。コトコト煮込まれて肉は柔らか、素朴な味が口一杯に広がる。ルーを啜れば肉のうまみが控えめに主張してきてこれまた美味い。
「どうですか?」
「まじうめぇ。先生料理上手だな」
「お粗末様です」
答えながらイラもシチューを食べ始める。だがイラの皿には肉がほとんど乗っていなかった。
「先生」
「はい? ……あぁお気になさらず。単に自分が肉を食べ慣れていないというだけです。久しぶりなので胃にもたれるんですよ」
「そういうとホントにおっさんみたいだな」
「次言ったら殴ります」
そう言って二人は朗らかに笑う。ふと真琴はトクロの言葉を思い出した。
「いい師匠、か。俺と先生は師弟関係じゃないけど」
師弟ではないから一生面倒を見てくれるとは限らない。真琴だって、もしかしたら明日イラの家を出て行ってしまうかもしれない。
でも少なくとも今は、先生は俺のことを鍛えようとしてくれてる。
「先生。じっちゃんがこれくれたんだけど」
「あぁ、トクロさんがレンジの実をくれたんですね。これはいい」
「どうして?」
「レンジの実は疲労回復にいいんですよ」
レンジの実に向けるイラの顔は慈しみに溢れていた。何となく照れくさくなって真琴は鼻をこする。
「なぁ先生。せっかくだから俺が皮を剥くよ」
「え……?」
真琴の言葉にイラは驚いた様子で瞬きをする。だがすぐ表情を和らげた。
「分かりました。ならお願いしましょうかね」
「まかせろよ」
シチューを食べ終わり、真琴はレンジの実を持って立ち上がった。
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「真琴。君は料理に向いていませんね」
「う、うるせぇ!」
しばらく閑話が続きます。




